第3話 トラブル・マジック



「ヨーダ先生。デモンストレーションをするのは構いませんが、事前に言っておいていただかないと……」

 オレも恐縮するばかりである。まさか炎の初期魔法で、天にもとどく火柱が上がるなんて、オレですら思っていなかった。

 目の前にいるのはドリー・オルレアン校長――。ふっくらとした人のよさそうな女性だけど、気が小さくて心配性、いつもおろおろする印象だ。

 その隣にいるメイア・スタギフィールド教頭――は、痩せぎすで目つきも鋭く、いつもカリカリする。

「聖女候補生をケガでもさせたら、取り返しがつきませんからね!」

 そうぐちぐちと小言をいわれつづけ、やっと解放された。

 オレはこの世界で、レント・ヨーダ――と名乗っている。元の世界……鬼族の名前ではバレてしまうので、偽名にしている。レントは自分の名前だけれど、フォースを教える師匠といえば……と、偉大な大ヒットSF映画のキャラクターからパクらせてもらった。

「ヨーダ先生」と呼ばれると、何だか不思議な感じだが、今のところ聖女候補生たちに呼ばれたことはない。

 それは、リーゼント頭のグラサン教師がもの凄い魔法使いで、畏敬どころか異形と受け止められたからだ。

 より親密になりたい……とも思わないので修正する気もないが、今は予想外の大魔法となった、その後始末が大変である。


「先生、今日はどうして外に?」

 フェリシアが不機嫌そうに、そう訊ねてくる。ブレシド・セインツ学園には制服があり、それは可愛らしく清楚で、人気もあるけれど、体育などの外授業はジャージでうける。

 そのジャージが可愛くない……と聖女候補生たちに不評で、それも不機嫌の原因の一つのようだ。

「フェリシアは曲がりなりにも炎の初期魔法をつかえた。おまえたちに校舎を燃やされたら堪らん」

「校舎を燃やすほどの大魔法は、先生しかつかえませんよ……」

 フェリシアもそう愚痴るが、今日は聖女候補生たちにどれぐらいの魔法適性があるか? を確認するため、グラウンドに集まっている。

 みんな、紋章百様という革表紙の本と、杖を手にしている。

「まずは二十三ページ目にある、炎の初期魔法Ⅲ……。昨日、フェリシアがつかった魔法をやってみよう。

 杖でその紋章を宙にえがくイメージで……。そのとき、杖を通して魔力を籠めようと意識して……」

 フェリシアのような経験者から、まったく知識のない子まで……。魔法学は聖女になるための必須条件ではなく、個人差が大きい。

 それはまるで、受験のときは参考にもされなかった音楽や体育で成績をつけられても……という感覚と同じだ。

 同じレベルの子が集まっているわけではないので、こんなことも起こる……。


「ちょ……ちょっと! 何……ですの⁉」

 フェリシアが隣にいた少女の目の前にひろがった、バスケットボール大の紋章に、慌てて逃げだす。

「ファイア!」

 少女が杖をふると、激しい炎がふきだし、辺りを火でつつむ……。

「ラウロ・ペテ・ハギル・リューエン・アイシェント!」

 オレがすぐに反対の、水魔法でその炎を打ち消す。そうでなかったら周りの生徒も危ないところだった。

 反対魔法は、相手の魔力を上まわらなければならず、魔法消滅(マジック・キャンセル)のような魔法もない。炎の初期魔法Ⅲということが分かっていたこともうまくいった理由で、反対魔法で相手の魔法を消すのは、この世界ではかなり難しいこととされた。

 みんなが少女の魔法に驚き、オレの反対魔法がどれだけすごいことか? 気づいておらず助かったが、そうでなかったらまた大騒ぎになるところだ……。

 でも、放った少女本人も自分の魔法に驚いている。

「キミ、名前は?」

「アイネス・エラ――です」

 アイネスは庶民の出で、十四歳――。

 すぐに名前でぴんと来たのは、逆に他の教科であまり目立っていないからだ。学業の成績ばかりでなく容姿、歌、ダンスなど、あらゆるものに点数がつけられ、成績がでる。

 教師はそれを見ることもできるが、平均より下をいつもうろうろする。それがアイネスだ。


「アイネスにできるんだったら、私だって!」

 アイネスの魔法に驚き、途中で紋章軌道を止めてしまったことが悔しいのか、そういってふたたび紋章をなぞり始めた少女がいる。でも「ファイア!」と杖をふっても何も起きない。

「何でよぉ~! もうッ‼」

 どうやら負けず嫌いらしい。オレも「キミは?」と訊ねると、口をむん! と尖らせて「ライカ・ザーネット!」

 ライカ……。十二歳で、彼女も庶民の出だ。

 こちらは逆に、どの成績もよいが、トップをとるほどではない。そんな立場にイラつくのか? 

 とにかく気の強そうな子だ。

 魔法という意味では、面白い子は何人かいる。でも、その中でも特段、興味深い子をみつけた。

 最年少の……これは名を聞かずとも、外見をみればすぐに分かった。

 リーリャ・ウェル――。八歳で、最年少だ。

「キミは……魔法が好きか?」

 彼女はまっすぐにオレを見つめ「別に……」

 でも、オレはさっき紋章軌道をつかわず、魔法を発動させようとしていたのを確認した。

 彼女は、すでに詠唱列叙をつかえる……と。

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