第三部 地の果てと空の深淵 第三話
エレベーターで2階分ほど下り、白く曲がりくねった通路を進むと監視員がいる鉄のドアがあり、そこを通ると正に獄舎とも言うべき同じような狭い監房が通路の両側に並んでいた。
そしてその奥に電子パネル付きの部屋があり、ナイトレイに続いて中に入っていった。
スパイ?は頑丈そうなパイプ椅子に座って本を読んでいた。
彼はナイトレイを一瞥したあと、俺の方を見て
「うん?初顔だな。ナイトレイの連れならどうせろくな奴ではないいんだろうが、よろしく。あ、俺はコンラッドだ。」
「須山という者だ。あまり宜しくはしたくないが、とにかく話を聞かせてくれ。」
俺が手を差し出すと彼も渋々といった体で俺の手を掴んだ。
途端に彼の顔が歪む。
「・・・これはこれは・・仇敵SBさんではないですか。」
「ほう、手を掴んだだけで分かるんだな・・。まあいい。確かに俺はSBだ。」
「生きて、いたんだな、やはり。」
「そうだな。そう簡単に消滅するわけにはいかない。」
「・・そうか、死ぬ、とは言わないんだな。やはり君は精神体か。それで実体を持つ誰かに乗り移って活動している、と。」
「ほう、それなりに知性はあるんだ。いや、技能以外の思考も普通に出来るんだな。」
「失礼だな。我々の世界にもこの星で言うところの哲学的な思考もあるし、感情もある。」
「その割には問答無用で地球を殲滅しようとしていたじゃないか。」
コンラッドは俺から目を逸らし、
「ナイトレイ。悪いが俺はこの人とだけ話したい。席を外してくれないか?」
ナイトレイは渋ることなく、あっさりと了承した。
「SB、あとは頼んだ。私は仕事に戻るよ。」
ナイトレイが出て行くとコンラッドが話を続ける。あっさりしてるなあ、とは思ったが、今はその方が助かる。
「・・そうだな。この星の人間はあまりに複雑過ぎる。我々が単純だと言っているのではないぞ。ただ、この地球にいる人間という存在は、なんというかパターン化するのが難しいんだ。俺たちだって、生かしておくべき人間達が数多く存在していることは分かっている。分かってはいるが、選別が出来ない。」
「ほう、だから、面倒だから全員殺してしまえ、と」
「・・まあ、全員という訳ではないが否定はしない。そうならないために我々移植者がいるのだが、それでも難しかった。おまけに地底人とか、わけの分からない奴等まで出てくるしな。だがな、SBさん」
「なんだ?」
「君がこの星の有害物、核爆弾を全て葬り去ってくれたことには本当に感謝しているんだ。放射能は、我々の除染力をもってしても結構な時間と労力がかかる。そもそも地球程度の文明で核分裂などといった技術を持つべきではないんだ。しかも同胞を大量に殺すために使用するとか、本当に考えられない。」
・・・この男は、この男の考えは案外真っ当だ。
「戦いというのは、どの生命体でも避けられないことだ。もちろん、我々だってここまで来るのに幾多の争いがあった。それこそ地球で言うところの国全部を滅ぼしてしまうような争いも、な。だが、私達はそこで多くを学び、少なくとも同じ種族による争いは全面的に廃止するようになった。地球人はどうだ?そもそも彼らは何一つ学ぼうとしていない。学んだフリをするだけだ。」
そこまで話すとコンラッドと名乗る男は一息入れて、
「すまない。つい熱が入ってしまった。お茶も出してなかったな。君は、お茶の味は分かるのか?」
「そっちこそ失礼な奴だ。分かるに決まっている。まあ、この宿主の好みに依るが。」
「なるほど。ナイトレイ達は結構、紳士的でな。私のお茶の好みも理解してくれている。このウバはなかなかいける。」
彼はそう言って、カップに紅茶を注いでくれた。
彼が煎れてくれた紅茶はなかなか美味かった。須山の味覚によれば、の話ではあるが。
「それで?君がここに来たということは、我々の次の手を探るためなのかな?」
「まあ、それもある。だが、多くは個人的な興味だ。」
「・・君は面白いな。君の本質は何なんだ?いや、言いたくなかったら別にそれで構わない。」
本質か。そんなの分かるはずがない。なにせ俺は気付いたら地球にいたんだから。ただ、地球に生まれたから、俺なりに良かれと思って世界のために動いている、つもりではいる。まあ、世界が俺のことをどう考えているかは分からないが。
「その話は今はやめておこう。一応、敵である君たちに正体をばらす訳にもいかないからな。」
コンラッドは笑って
「そりゃそうか。いや、つい気になってね。」
「それで・・君は、さっき地球人は複雑だと言った。君たちが地球人を忌み嫌っているのはそのせいだけ、なのか?」
「忌み嫌っている?それはどうだろう・・・。」
「違うのか?俺にはそう思えたんだが。」
「まあ、一部の、いや、我々の大多数は確かにそうかもしれないな。そうか。君たちの考え方によれば、多数が代表意見となるんだったな?」
「君は違うと?」
「少なくとも嫌ってはいない。ただ、複雑過ぎて我々との共存は不可能だとは思っている。」
「そうか・・だからいっそのこと殲滅させると・・そういうことなんだな?」
「未来に確定している災禍をわざわざ見過ごすことはできない。我々はこの星に住む権利があるのだからな。」
・・・権利だと?・・いや、待て。
そうか・・もしかすると、こいつ等は・・。
コンラッドはゆっくりと笑って
「何となく気付いたかい?でもね、これは事実なんだ。まあ、私が直接見たわけではないが、我々の史実としてはそうなっている。もう数千万年前のことだけど、我々は確かにこの星にいた。」
「・・どのくらい、ここに住んでいたんだ?」
「一千万年ほど、となっている、歴史上ではな。」
一つの種が生まれ育ち繁栄し、そして滅亡するには十分過ぎるほど長い期間だ。
「これから話すことは、あくまでも我々の歴史上、事実とされていることで君たちにとっては信じられないものかもしれない。だがな、記録は山ほどあるんだ。青い星・・君たちが地球と呼んでいるこの星のことだが、最初は酷いものだった。大型の隕石がこの星を襲って、殆どの生物が滅亡寸前だった。空は灰色の雲で覆われ、表面の燃焼によって酸素は希薄となり空気は酷く淀んでいた。水も枯渇し、気温も今と比べるとかなり低かった。それでも、これまでに我々が見てきたどの惑星よりもこの星は大きな可能性を秘めていた。何よりこの太陽系という理想的な全体構造は他では滅多に見られない。我々は数年に及ぶ慎重な調査を行い、移住を決断した。我々の母星は遠い。そこから順次、移住船が多くの同胞をここに運び込み、本格的な開拓が始まった。」
コンラッドは少し苦しげに言葉を切り、下を向いた。
「一千万年だぞ。今の人類が、人類としてここで生きてきたのは何年だ?よくぞわずかな期間でここまで発展したものだし、よくぞここまでこの素晴らしい惑星を壊してしまったものだと感心してしまう。」
コンラッドの目に激しい怒りが浮かんでいる。
「・・我々は長い間、何千、何万世代に亘ってこの星で生きてきた。だが、また災禍が襲ってくる事がわかったんだ。今度は単体の小惑星ではなく数百にも昇る小惑星群が確実にこの星に来ることがわかった。その頃の我々の科学力であれば少数程度の小惑星なら軌道を逸らしたり破壊することも出来たのだが、相手は数百だ。そして、我々はこの星から逃れることを決断した。もちろん、長い間居住した愛すべき惑星だ。ただ何もせずに逃げ出すのは忍びない。だから我々は総力を挙げて小惑星群を殲滅すべく行動に移した。」
「ある程度成功・・したんだな?」
コンラッドは哀しげに微笑み、小さく溜め息を吐いた。
「ああ。小惑星群の殆どは破壊することができた。それにこの星の軌道を少しだけ変えた。ほんの数千キロメートルだけだが、それでもその効果は大きかった。」
「軌道を変えた・・当時でさえそこまでの事が出来たんだ。地球の損害は?」
「地表の3~4%の損害で済んだ。だが、それでも海辺にある都市は、多くが巨大な津波に襲われ壊滅した」
「数億以上の物理体を移動させるんだ。いかに地球が安全になったからとは言え、今更それを撤回することも出来なかったか・・・」
「そうだ。そのとおりだ。しかも我々は随分前からこの銀河系内に我々が居住するに相応しい惑星を見つけ出しテラフォームもほぼ完了していたんだ。先んじて移住していた者達も多かったしね。」
「なるほど。なんだか少しだけ分かったような気がするよ。長年幸せに暮らしてきた家を出る前に、頑張って災害から守った。そして久しぶりにその家を訪れると、知らない連中が住んでいて好き放題やらかしていた。何故、君たちが地球人を忌み嫌い、憎んでいたのか・・。地球人にしてみれば、当の昔に家を捨てた奴等が何を言っているんだ、ここは俺たちの家だ、と言いたいんだろうがな。」
「嫌ってもいないし、憎んでもいない、とさっき言っただろう?少なくとも私はね。だが、これで我々の思い、のようなものを少しは理解してくれたかな?」
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