第二部 国境なき正義 第二十話
ある時、江橋、町田、俺の3人で、いつものように晩飯を食いに行ったのだが、江橋君が仕事とかいって途中で消えてしまった。あとに残された町田嬢と俺はそれでも楽しく飲んでいたが、状況が少々まずい方向に動き出した。
「SBさん、どうかしましたか?」
「・・いや、なんだか楽しいと思ってな。」
「ふうん・・。私は、どんなふうに感じているか、分かりますか?」
「・・・・」
「めちゃくちゃ楽しいんですよ、分かっているでしょ?」
やばい。例によって少し酔ってきている。
「宇宙から帰還したときとか華国から帰って来たとき、私を抱きしめてくれましたよね。ああいうの、もっと欲しいなあ。」
「そんな事でいいのなら、いつでも。」
「・・ちゃんと気持ちを込めてくれないとダメなんですよ、わかってます?」
「俺は町田嬢に関しては、いつも気持ちを込めている。本当だ。」
町田嬢は、しばらくじっと俺を見ていたが、
「もう・・ずるいです。」
そう言って照れたように下を向いた。
「SBさんって、私の名前、知ってます?」
段々、話に脈絡がなくなってきているような気がする。そろそろお開きにするか。
「もちろん知ってるよ、涼子さん。さ、そろそろ帰ろうか?送っていくから。」
「いやだ。帰らない。それに、さん、はいらない。」
「帰らないって・・もう閉店だよ。帰らなきゃ、ね。」
俺は町田嬢の血液中のアルコール成分を少しだけ消滅させる。
「・・・ん?なんか身体が変。なにこれ?」
「飲み過ぎだよ、さあ、帰るぞ。」
「うーん・・そうなのかなあ・・。その割には頭がすっきりしてきたような気がするんだけどなあ・・。」
「はいはい。気のせい気のせい。」
俺はそう言って、町田嬢の手を取って椅子から立たせた。
この際だからきちんと話しておくか。
「ここ出たら、ちょっと散歩しないか?酔い冷ましも兼ねてさ。」
「いいよ。私も歩きたい。」
店を出て地上に上がる階段をゆっくり昇る。時間は22時を少し過ぎたくらい。人の波は相変わらず多く、それでも無駄にガタイのいい俺と町田嬢の連れ合いには自然と人は近づいて来ないようで、比較的ゆったりと歩くことができた。
「涼子は今の俺のこの姿、好きか?」
「うん、好きだよ。元々、須山さんの体つきとかゴツい顔とか嫌いじゃないし。でも、私が一番好きなのは、その中身。知ってるくせに。」
「内緒だけど、君にだけは伝えておく。実はこの須山君、君のことがかなり好みみたいだよ。」
町田嬢が訝しげに俺を見る。
「わかるんだよ。こうやって寄生していると宿主のことが、さ。君と会っているときのこの身体、アドレナリンが無駄に放出されているんだ。」
「えっと・・それって、私はどう受け止めるべき?」
「もう一つ言うと、寄生体は宿主の感情に大きく影響を受けることがあるんだ。」
町田嬢は生真面目に俺の言葉を真剣に理解しようとしている。そして、そのうちハッとしたように俺を見た。
「涼子は俺とどうなりたい?知ってると思うけど、俺はずっとは一緒にはいられない。また何処かにふっと出かけて数ヶ月帰って来ないこともあるし、前みたいに何年も眠りにつくこともある。もちろん、その間、この身体は素の須山君に戻ってしまう。外見は同じ須山でも中身は俺と須山君が入れ替わったりするんだ。それでも君は俺と一緒になりたいと思うのか?」
「・・えーっと、なんかちょっと複雑ですね。私が一番好きなのはSBさん。で、私は須山さんの外見も好きです。SBさんがいる時には、私はSBさんと付き合っていて、SBさんがいない時には須山さんと、その付き合うってこと?・・・え?なにそれ?それって二股にならない?いや、違う?同じ人物だし、でも・・・」
町田嬢は腕を組んで真剣に考えている。
ああ、そうか。俺は、いや、須山かもしれないが、いや、やっぱり俺か、こうやってくるくる変わる彼女の表情を見ているのが好きなんだ。彼女の顔が、声が、考え方やその行動力が好きなんだ。
俺は思わず町田嬢を抱きしめた。
「もう何も考えるな。俺は涼子が好きだ。それだけでいい。」
町田嬢、いや涼子は、下に延ばしていた手を俺の背中に回してきた。
「私も好き。大好き。SBでも須山さんでも、もうどっちでもいい。私は貴方が好き。どうしようもないくらい好き。」
これ以降のことは、さすがに差し控えることにする。
翌朝、俺と涼子は報告も兼ねて一緒に官邸に出向いた。
江橋は俺たちを見ると普通に挨拶をしてきたが、そのうち二度見するように俺たちを見て、大きな溜め息を吐いた。
「そうか、そうなっちゃったか。まあ、とにかく良かったな、町田君。」
涼子は少し緊張していたようだが、江橋の言葉に顔を赤らめ消え入るような小声で「ありがとうございます。」と応えた。
「しばらくは日本を拠点にするということでいいのかな?」
江橋の問いに俺は、そうだ、と応える。
「君を宇宙に送り込んだ奴はどうする?まだ見つからないんだろう?」
「それについて、話しておきたいことがある。涼子も一緒に聞いてくれ。」
涼子、という言葉に江橋も涼子もぴくっと反応した。
「前にも少し話したが、今回の主犯はゲインチャイルドのオズワルドという若造だ。彼は非常に優秀だが、それでも俺を監禁したあのシステムは彼や地球上のどんな天才科学者でも作れない。もちろんNASEもだ。おそらく他にオズワルドに知恵を授けた奴がいる。そして、そいつは、地球人ではない。」
さすがに江橋も涼子も声に出せないほど、驚いていた。あの時の恐怖が思い出されたのかもしれない。
「前回の宇宙人だと、SBは考えているのか?」
「いや、そうとは限らない。もしかすると襲って来た奴等とは別の宇宙人か異世界人が以前から地球に潜んでいたのかもしれない。」
「別の異世界人・・・そんなこと・・。」
涼子が絶句している。気持ちはわかる。
「今回、華国の連中を片っ端から始末していったんだが、彼らの中にも異世界人が確実にいたんだ。」
「殺したのか?」
「いや、何故か事前に察知されたみたいでね。見事に逃げられた。それも一切の痕跡を残さずにね。」
「・・華国にもいた・・え、それって日本国とか、他の国にもいる可能性があるってことなの?」
涼子がそう考えるのは至極当然のことだし、実際そうなのだろう。
「前に、今回目覚める前だが、ほんの少しの違和感を覚えていたんだ。なにか異分子の存在を感知したような、何度かそんな気がしたことがある。だが、そんな気がしただけで、俺でもその詳細は分からない。」
「・・もし、SBが言うように、そんな奴等がいたとして、そいつ等は俺たちに危害を加えようとしているのだろうか?」
「それも分からない。ただ、宇宙人の襲来のとき、彼らが何か動こうとしている気配はなかった。まあ、完全に味方というのではないのだろうな。」
「じゃあ、なんなんだ?そいつらは何のために地球にいるんだ?」
江橋が疑問を投げ掛けるが、こればかりは俺にも分からない。
「なんだか気持ち悪い。不気味だわ、それって。」
そう、不気味なのだ。俺はその辺りをはっきりさせる必要がある。
そのためにも、まずはオズワルドだ。彼を見つけ出し、彼の背後にいる存在にたどり着かなければならない。調べれば調べるほど、オズワルドという男は大人しく隠居しているような奴ではない。功名心に溢れ権勢欲も強い。もちろん高い才能と優れたビジネス感覚も持ち合わせている。あのマダムやミスターが、そしてレディまでもが認める逸材なのだ。恐らく表に誰かを立てて、裏でそいつを操っているのだろう。俺が世界中の通信網に入り込めることも、もしかすると知っているのかもしれない。
まずは彼が最も得意とする分野で、これまで彼が関与した事案や取引きを調べてみるか。その上で、現在動いている案件を精査してみる。その中で彼の関与が疑われるものをピックアップして一つずつ潰していく。
まあ、今のところそれくらいしか思いつかない。
「で、どう動くんだ?そのオズワルドという奴を見つけないといけないんだろう?」
「そうだ。まあ、取りあえずゲインが絡んだ事案を片っ端から調べてみるよ。」
俺がそう言うと、江橋が何かを考えるようにしている。
「経済省に白井、という男がいる。マーケット調査の課長をやっているが彼ならゲインの動きもよく知っていると思う。」
すぐに江橋が経済省に電話をかけてくれた。
「SBのことは俺の大事な友人ということにしておく。一度彼と会って話を聞いてみたらいい。」
持つべきものは江橋である。俺は感謝を伝えると、その足で経済省に向かうことにした。
「SB、今日は家に来る?」
町田・・いや、涼子にそう言われて、改めて彼女を見た。
なるほど、俺はもうこの女性に惚れてしまったのかもしれない。
「うん、行くよ。7時頃でいいか?」
「わかった。待ってる。」
誰かが溜め息を吐いたようだが、俺はその方向は見ずに部屋を出た。
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