第二部 国境なき正義 第十九話
「SBだ。絶対にあいつは生きている!」
オズワルドは神経質そうに爪を噛みながら目の前の男に言い放った。
「約束が違うじゃないですか!?貴方に言われたとおりにやれば確実にSBが殺せるって。わ、私はどうすればいいんですか?」
オズワルドの必死の形相をじっと見ていた男は表情を変えないまま
「まあ、待ってください。まだそうと決まったわけじゃないでしょう?」
「劉首席やその取り巻きが消えたんですよ。それに、あのマダムが指揮を執って華国の経済に全面的に介入しているんです。あの方が自ら指揮を執るとか絶対にあり得ないんです。おまけに死に体だったレディまで、今や嬉々として動き回っている。それにヘキサゴンからの情報によると華国の解放軍にも何か大きな動きがあるそうです。わかるでしょう?こんな事できるの、SBしかいないんです!」
無表情の男はオズワルドを哀れむように見ていたが、小さく溜め息を吐くと
「もし、彼が生きていたとしても、この場所は見つかりません。全ての通常の通信は遮断されていますし、それにここは地下200メートルにある特殊合金で作られた部屋の中です。いかに彼が優れたセンサーを持っていたとしても、ここには辿り着けません。」
オズワルドは震えながら男を見た。
「・・じゃあ、しばらくは、私はここから出られない、ということなんですね。それって、いったいどのくらい・・」
「そうですね・・相手はあのSBですからね・・余裕を持って3年、いや5年といったところですか?」
「ご、ご、5年ですって!?冗談じゃない!1年だって何もしなければ、この目まぐるしく変化している現代から取り残されるのです。それが、5年・・私のキャリアが全て消えてしまう・・」
「何かをすればいい。今やリモートでも何でもできる時代ですよ。」
「え、いや、ここには通信手段がない、と」
「そう、リアルタイムではね。ここと我々の基地とはオフラインで、ここだけのローカルラインで繋がっています。基地に貴方の子飼いを置いて、その者に指示を出せばよろしい。数十秒から数分のタイムラグは出ますが、その程度であれば問題ないでしょう。」
オズワルドは少し考えるようにしていたが
「・・そうか、それなら何とかなるか・・。」
「ただし、分かっているとは思いますが、君の名前を出すのはNGですよ。何処で誰が聞いているか分かりませんからね。」
そうか・・。私の名前では指示できないのか。まあ、それでも出来ないことはないが、我々のグループにおける私の実績が表に出ないということになる。それは少し、いや、かなりまずいような気がする。この男が言うとおり、本当に3年とか5年とかこのままだとすると、その間に私の指揮の元で上がった実績を確実に留保しておく必要がある。そのためには、全て私の思い通りに動いてくれ、且つ、絶対に裏切らない人間が必要となる。誰かいたっけ・・。
シュミット・・彼なら・・。
「それはそうと、私はちょっと出てきますね。ヴィンスを置いてきますから、ご要望があれば何でも彼に申しつけてください。おい、ヴィンス。」
オズワルドの思考を断ち切るように言った男に続いて、ヴィンスと呼ばれた男がオズワルドの前に出てきた。
「オズワルド様。ご紹介に預かりましたヴィンスと申します。私に出来ることであればどのような事でもおっしゃってください。」
ヴィンスか・・
「わかった。こちらこそ宜しくたのむ。」
オズワルドが返事をするとヴィンスは鷹揚に頭を下げた。
「数日で戻ってくる。それまでに、今後の体制をどうするか具体的に考えておいてくれ。いいな。」
そう言うと、男は仕切りが全く見えないドアから出て行った。
そもそも、あの男、ナイトレイとは何者なのだろう。ただ、シリコンバレーズで燻っていた類い希なる才能を持て余していた男。それをオズワルドが拾い上げ、相応の仕事を任せ、着実に実績を積んできた。そして、今やこのシリコンズバレーに本社を置くIT企業の創始者兼責任者であり、そこそこの地位と莫大な富を有するまでに至った。目立つことを嫌う男だが、その才覚は凄まじいものがあり、瞬く間に彼は大きくなったのだ。
だが、これまでの彼をずっと見てきたオズワルドでさえ、彼の本質は本当には理解出来ていない。それはオズワルド自身が一番分かっていた。それでも彼はナイトレイを頼った。ナイトレイの誘いに乗った。おそらくSBが私を見つけ殺したとすれば、彼も間違いなく同じ目に合う。死なば諸共、日本国の言葉だったか・・。
まあ、尻込みしていてもしょうがない。覚悟を決めて前に進むだけだ。
オズワルドは気を引き締め、これからの事に思いを馳せた。
華国の経済政策は、思ったより障害は少なかったように思う。もちろんそれはマダムとレディ率いるゲインの、悲壮とも思えるほどの懸命な働きに依るところが大きい。それに笙と丁の働きで生かしておくべきメンバーのリストアップも終わった。当初は2万人と想定していたが、現場で働いている奴や、企業でそれなりに活躍しているメンバーも多数いたため、結局5千万人程度は残しておくことになった。残りの4千万人は、財産を全て没収してから殺す。これは笙が調べてくれたのだが、この没収した財産だけで、華国の全国民が数年は食っていけるほどの金額だったらしい。これだけあれば華国経済の復興も早まるかもしれない。
まったく、ロクなもんじゃない。逆に言うと殺し甲斐があるってもんだ。
解放軍の処理も大方終わりそうだし、ようやく長かったトンネルの出口がはっきりと見えてきた。
しかし、これでしばらくはあのゲイン帝国の連中には頭が上がらなくなった。まあ、いいか、しばらくは自由にやってもらおう。道を踏み外しそうになったら、また少し物言いをすればいい。
とにかく、華国の状況は悪くない。いや、むしろより透明性が増し、全てがよりスピーディに進むようになったと言ってもいい。慌てたのはアメリアとヨーロップだが、彼らも負けてはいないだろう。
ヨーロップの方はスタンリーが中心となって、加盟国が頑張ってくれた。華国に足下を見られていた国や取引も多数あり、それが解消されただけでもヨーロップにとっては大きな利益となったそうだ。
スタンリーが何故か自慢げに話していたから間違いないのだろう。
さあ、あとはオズワルドだが・・。あれから半年が経つが未だに彼の行方は杳として知れない。こればかりはマダムやレディに聞く訳にもいかないし、自分で探し出すしかない。
ああ、それとインダとパキストンの緊張状態も緩和されたようだ。華国の応援が突如として消えてしまったのだ。パキストンにしても単独で戦争に突入するわけにはいかない。あとはラバトアとメルドシア。パーティンは、さすがである。俺の存在が消えても、何も事を起こさなかったし、ただ粛々と自国の経済発展に邁進していた。
俺が帰還したことは、江橋君や町田嬢、ゲインチャイルドの上層部にインダのメヒデアさん、それにスタンリーくらいしか話していない。だが、おそらくは世界中の要人が知るところとなっているのだろう。マスコミは俺に触れるのがタブーだと分かっているし、それはそれでいいのだろう。まあ、その分、SNSでは俺が復帰したことは事実であるかのように様々な書き込みがあった。もちろん、それは放ったままにしてある。
ただ一つ問題があるとすれば、オズワルドの背後にいる存在だろう。ここまで何一つ、情報が掴めていない。もちろん俺なりの仮説はあるが、それを検証する術もない。そのためにも俺の復帰は謎のままにしておいた方がいい。
俺はしばらくの間、日本国でゆっくりすることにした。
今では財政省を通じて江橋を殺させたのはオズワルドで、実行犯は華国の手の者だと分かっている。そのオズワルドが失踪したのだ。しかも華国の共生党は潰した。もう親華派の連中も財政省も下手に動けるはずがない。それに俺が復帰したことがまことしやかに囁かれている状況で、事を起こすことは考えられない。自国党の議員もかなり大人しくなっている。まあ、共生党と繋がっていた奴等は、俺が殆ど消してしまったからな。暴れようにも暴れられるはずがない。
あとは、どうも俺は須山の身体に長くいすぎたようだ。この須山の好みはどうやら町田嬢のような女性みたいで、寄生している俺まで町田嬢と会うと少し嬉しくなってしまう。町田嬢もまんざらではないようで、盛んに俺を飯や飲みに誘ってくる。それを横目でみている江橋君はにやにやしているだけだし、少し困ったことになったかもしれない。
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