第二部 国境なき正義 第十八話

西部は広い。国境から各自治区まで広大なエリアを任されている。

駐屯所や基地の数も多いが、弱小民族の支配が主な責務であるため危機感が足りない。要は一瞬の隙で死地に立たされるような戦場の怖さを知らない者が多いのだ。いずれにしても、アイグルの収容所と連絡が取れなくなっているのだ。すぐに中央部が不審に思い何等かのアクションを起こすだろう。ただ、あのエリアは俺が作った粒子遮断フィールドと特殊な磁場が回りを囲んでいる。あそこに入った戦車や装甲車、それに戦闘機も全て操縦不能となる。何故ならそこに入った人間は記憶をなくすか精神に異常を来すからだ。もちろん無線や全ての通信も不通になる。だからいつまでも連絡が取れないままだ。俺は後顧の憂いもなく、ゆっくりと順番に西部地区の基地に入り込み、解放軍を殺して回った。まあ、どの道、華国の解放軍の構成員は一部を除いて全員殺すのだからどこから始めてもいいんだが、そこは端っこから順番にね。あ、一部、というのは宇宙人との戦いのときに俺と一緒に戦おうとした勇気溢れる者達、百人くらいだけどね。もっともそいつ等は、どうもあまり良い目は見ていないみたいだ。まあ、腐った組織にはよくあることだけどな。

さて、次はどうするか?東部にするか南部にするか、それとも一気に中央を攻めるか。

マダムに会ってから2週間が過ぎている。そろそろ連絡をしてみるか。

「あら、ちょうど、こちらからも連絡を入れようかと思っていたのよ。」マダムの声が心なしか弾んでいる。自ら陣頭指揮を執って事を進めるのは久しぶりなのだろう。

「2週間経ったのでね。というか、そっちはもういいのか?」

「まあ、殆ど、といったところかな。あそこの負債を一部こちらで引き受けてもいいという餌に食いついてくれたの。でも思ったより彼らが広げた手、複雑で大きいのよ。特にヨーロップも巻き込んだシングルラインがね。」

「連合のスタンリーとは?」

「え?あの偏屈男と?冗談じゃないわ。少なくとも私は話したくない。」

「そうか。マダムにも苦手な奴がいたんだな。わかった。彼とは俺の方で話をしておくよ。」

「ええ、頼んだわ。それで?そっちの方は?」

「まず、アイグルの収容施設に行ってアイグル人を解放してきたよ。ついでに西部の解放軍を潰してきた。これからどうしようかと思っていたところだが、共生党本部に乗り込むのはもう少し後の方がよさそうだな。まずは解放軍を全て潰すことにするよ。」

「・・全て殺すつもり?」

「いや、災害時の救助や支援が主業務の部署もあるし、人として優れた武人もいる。それに共生党が潰れたあと、国内で騒動が起こるかもしれない。それを抑えるとか、警察の機能も相応数必要となってくる。まあそうだな、ざっとだが、50万くらいは残しておくつもりだ。」

「・・まあ、そこは貴方の思うようにして。もう決めているんでしょう?」

「まあな。深く考え出すと何も出来なくなるし、少なくとも華国に軍人は必要ない。そこはマダムも黙認してほしい。」

「分かっているわ。それで?笙や丁とは連絡を取った?」

「ああ。取りあえず笙だけな。あの男は優秀だな。電話で話しただけだが、すぐにこちらの意図を理解してくれた。それに、彼はもう俺がSBだと見抜いているんだと思う。彼と丁で有能な党員をリストアップしてもらっている。もう少し時間がかかるようだ。」

「いいんじゃない?こちらは、うちの総力を挙げて準備しているから心配しないで。」

「わかった。じゃあ、そうするか。」

「・・・劉は私も好きじゃない。やり方がスマートじゃないし、それにあの男は邪悪だわ。まあ、私も人のことは言えないけど。」

俺は笑って、

「それに対するコメントは差し控えよう。それじゃ。」

「ロマネ・コンティ、楽しみにしているわよ。」

マダムが元気になったということは、ゲインチャイルド家は、しばらくは安泰だな。それにシャーリーまで復活すると・・。

まあ、今回は助けてもらう立場だ。詮索はしないでおこう。



国務院の首席執務室。

劉首席と軍部総大将の陳、それに共生党ナンバー2の王と中央司令部総監の楊が集まっている。

「どういうことだ。西部戦区と連絡が取れないとは。」

「それが、我々にも分からないのです。通信は一切繋がりませんし、西部管区に飛んだヘリも警戒機も行方が分からないのです。」

陳総大将が応える。

「アメリアか?それとも他の?」

今度は中央部の楊が応えた。

「恐れながら首席、アメリアの行動は逐次監視対象となっておりますので、我が国内に入った時点で判明します。他の国も同様かと。」

「そんな事は分かっている!楊、貴様は何が言いたいんだ!」

「我が国に何の痕跡も残さずに入り込み、西部戦区やアイグル地区との連絡を遮断した。この世界にそんな馬鹿げたことを出来る者がいるとすると・・・」

「楊、何を言っている!SBは死んだ。それに、万が一SBが生きていたとしても我々が彼から責められる謂れはない。」

劉首席が黙ったまま、楊と陳のやり取りを聞いている。

「二人とも落ち着け。陳総大将の言うとおり、我々がSBから何かされることはない。そうならないように、全てを秘密裏に進めているのだからな。あと数年で我々はアメリアを抜いて世界最大の経済国家となる。国内の負債についても私の方で何とか出来そうだし、今は下手に騒ぎ立てないことだ。」

そこまで言うと劉は一拍おいて、

「とにかく、西部地区及びアイグルの収容所には引き続き調査隊を送り込め。」

陳と楊が恭順の意を示す中、王だけが3人をじっと見ている。

「うん?どうした、王」

劉が訝しげに王を見ると、その王が冷笑を浮かべている。同時に陳と楊が、うぐっ、と声にならない声を上げた。そのまま二人はもがくように宙に手を伸ばしソファからよろよろと立ち上がった。顔色が徐々に青ざめ顔や手の血管が浮き上がってくる。王が手を上げると、いくらかマシになったのか、陳も楊もはあはあと苦しそうに大きく息をしている。

劉は突然理解した。こいつは、王の中身は間違いなくSBだ。

劉は青ざめ、少し震えながらも気丈に笑顔を浮かべ、

「ミスターSB、やはり生きておられたのですね。そうではないかと思っておりました。おい、陳、楊。貴様等も挨拶しなさい。」

二人は息を荒げながら、何とか姿勢を戻しSBを見た。

「な、なにをするんだ、突然。」強気の言は陳。

「こ、こんにちはミスターSB」と卑屈な笑顔を浮かべたのは楊。

俺は3人をゆっくりと見回し、

「アイグルの収容所に行ってきたよ。なんとも酷いものだった。命令したのは劉首席、進言したのは陳総大将で間違いないな。もちろん、今俺が身体を借りているこの王も関与している。」

劉と陳がお互いに顔を見合わせた。

「いやあ、久しぶりにあんな地獄を見たよ。ホロコースト以来だな、あそこまでのは。さすが華国の人間は人の苦しめ方をよく知っている。四千年の歴史があるからな。いや、感心したよ。」

劉が落ち着いた表情で応える。

「ええ、そうですよ、ミスターSB。彼らは危険で陰湿なテロリスト達です。我々には彼らを厳しく再教育する必要があったのです。これは、あくまでも我々華国の内政上の問題であり他国に迷惑をかけたわけではありません。それはおわかり頂けますよね、ミスターSB。」

「そうだね。でもね、アイグルもマンゴルもチベッタも、元は別の国家だったんだよ。もう忘れちゃったの?これって侵略以外のなにものでもないよね。強大な軍事力を背景とした一方的な暴力行為なんだよ。俺、前に話したことあるよね?そういうの、俺がいる限り許さないって。」

「世界中の国家は、これまで経済的な戦略と軍事的な戦略で領土を広げてきました。これは歴史上、どの国もやってきたことです。それを今更責められても困ります。それにさきほど貴方がおっしゃった国々は、貴方が現れる前には既に我が国に組み込まれていました。ですから、ミスターSBの言いつけに背いたことにはならないと思量致しますが。」

「そうだね。それが単なる略奪ではなく協調精神に則った併合であればね。百歩譲って、マンゴルとチベッタは、まあある程度の犠牲はあったものの、現在でも過去の歴史が多少は残されている。だが、アイグルは違う。華国はアイグルという民族ごと滅ぼすつもりで侵略し実行している。これは見逃せないな。」

劉は、少し考えるようにしていたが、

「そう、ですか・・わかりました。ミスターSBがそこまでおっしゃるのであれば、我々も考えましょう。アイグル人は少しずつ解放していきます。それで手を打ってもらえませんか?」

「シングルラインによって奪った他国の港や空港も返してもらえるかな?大湾や日本国への干渉も全てやめてもらえるかな?あとは東シナ海からも手を引いてくれる?今後一切、他国へは干渉しないと、ここで約束してくれるかな?」

劉は引きつったような笑みを浮かべて

「それは困ります。今はアイグル地区の件を話していたはずです。

それが何故、我々の国家戦略の根本を覆すような事まで遡上に上がっているのでしょう?それは、いかにミスターSBのご依頼とあっても承諾できません。我々、華国にとっての最重要事項なのですから。」

「それはどうかな?華国という国家ではなく、華国共生党として、ということだろう?俺は別に華国そのものを潰そうと言っているのではない。華国にはこれまでどおり元気に経済活動を行ってほしいし、13億の、いや12億になるのかな?とにかく華国の国民にも元気で生きていてほしいと思っている。」

劉や陳、楊は、困惑気味にお互いを見合っている。

「ミスターSB。それはどういう意味なのでしょう?」

「わからない?簡単なことだよ。君たち共生党のメンバーには全員退席してもらう。それと陳。貴様だ。軍人の風上にも置けないクソ野郎。おまえは簡単には殺さない。たっぷりと苦しめてから殺す。」

劉に関しては、いろいろ思うところはあるが、これでも国家主席である。苦しめず瞬時に殺してやろう。俺はまず、劉の首を落とした。

次に悲鳴を上げながら逃げ惑う楊も同じように首を落とす。

陳は目の前で繰り広げられる惨劇を見てカッと目を見開き口をあけたまま何かを言おうとしているが言葉になっていない。俺はゆっくりと陳に近づき、彼の周りの空気を薄めていく。

「陳、おまえの周りの空気は、あと5時間で全てなくなる。少しずつ薄くなる空気を頑張って吸い込むことだ。これはな、相当に苦しいぞ。これまでに殺されたアイグル人を想いながら死んでくれ。」

俺はそれだけ言うと陳の両足と両腕の骨をずたずたに粉砕した。

「最後に言っておくが、ここには誰も来ない。ゆっくり死んでいってくれ。それと、解放軍に所属する人間は全員殺すつもりだ。もちろん、共生党のメンバーもな。それじゃあな。」

俺はそれだけ言うと、執務室を出た。そして国務院にいる解放軍のメンバーを全員殺した。

劉も酷いものだが、陳はその先を行っていた。チベッタ侵略時、彼はまだ一士官に過ぎなかったが、自ら率先してチベッタの僧侶に残虐極まりない仕打ちを行っていた。彼と彼の部隊だけで殺戮したチベッタ人は千を下らない。マンゴルでは、さすがに抵抗が熾烈だったためチベッタ程ではなかったが、それでも彼らが殺した人数は数百に上る。今回のアイグル地区における残虐行為も彼の示唆によるところが大きい。

今回の華国における一連の俺の行動は、確かに行き過ぎなのかもしれない。共生党がいてもいなくても、いずれにしてもこの世界の連中は戦うことが好きだし他人から奪うことが好きだ。それはヒューマンという人種に予め組み込まれた本能なのだろう。さすがの俺も、特定の生物における遺伝的特性にまで口を出したり矯正したりする訳にはいかない。本来なら為すがままにしておくのが当然なのだろうが、共生党はやり過ぎた。それも姑息で卑劣な手段でもって他国に介入し乗っ取ってしまうとか、見ていて怖気が振るう。

まあ、過去を見れば華国に限らずヨーロップやアメリアも同様のことをしてきたのは認める。だが、今は世論というブレーキが多少は効くようになっているし余りに過激なことは出来ない。一方、独裁国家は違う。支配者達の思惑一つで民心の意までコントロールし、好き放題にやっている。監視と強制と苛烈な罰で国民を操っている。許されるはずがない。

俺は一部の独善的な支配者のために宇宙人と戦ったわけではない。地球に住む普通の人達のためにそうしたのだ。俺が宇宙人を排除しなければ、どちらにしても人類は滅んでいた。もちろん、そこには共生党や解放軍のメンバー全員も含まれる。

まあ、それでも文句を言ったり批判する連中も出てくるだろう。そんなことは分かっている。だが、俺としては最善の手段を取った

つもりだ。それに、昔から文句は言うが何一つ具体的な行動を起こさない連中は山ほどいる。そんな奴等をいちいち気にしてはいられないし、いない方が人類のためでもある、と、俺は信じている。

さあ、自己肯定も終わった。思い切り殺しまくるぞ。

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