第一部 目覚めと制裁 第六話
携帯が鳴った。
画面を見ると小林健吾とある。
ん?小林・・誰だっけ・・?
あ!!
と、町田は慌てて受信ボタンを押し、はい、町田です、と元気よく答える。
ちなみに、雄さんこと大山さんの出番は終わっている。彼が必要とされるのは、この世界にSBが出現して初めの一度きりだからだ。
雄さんだけは、こちらから勝手にSBを呼び寄せることが出来るのである。凄い人だけど、出番は極端に少ない。
『お願いがあるんだけど、聞いてもらえる?』
・・・うううう・・・出た。
「はい。なんなりと」
『考えたんだけどさ、イジメ対策室とか作れるかな』
え、なんて言った、今?
「えっと、イジメ、ですか」
『うん、イジメ。なんかさあ、高校生になって分かったんだけど、ほんっとに多いみたいだね、イジメ』
「はあ、確かにそうかもしれませんが・・」
『それでね、どこ主導でも構わないんだけど、いじめられている人が簡単に電話したり、メールで実情を報告出来る部署を作ってほしいんだ。』
「えっと・・確か、そういうのは今でもあるんじゃないかと思うのですが」
『うん、知ってる。厚生省とか文化省とかがやってるヤツだよね。』
「あ、はい。それだとダメなんでしょうか?」
『まったくダメだね。何より本当にイジメられている人たちの救いになっているとは思えないんだよね。』
「はあ・・。そうなんですか?」
ここは下手に逆らわない方がいい。長年の経験で、SBが何かとんでもないことを言い出そうとしているのが分かる。
『相談室、とかその名前からしてダメだね。彼らが求めているのは相談じゃない。すぐにでもイジメがなくなることを願って、本当に頼れる相手を探しているんだよ』
話がよく見えない。だからどうしろと・・。
『いい?イジメ相談室、じゃなくてイジメ対策室にするんだ。報告されてきた事案は全て俺の方で対処するから』
ものすごーく、嫌な予感がする。特に「対処」って言葉がどちゃくそ怖いしやばい。ここは冷静にならなきゃ。
「えーっと、それ、もの凄い件数になると思うんですが、SB様お一人で、その大丈夫なのでしょうか?」
『大丈夫。何とかする。まあ、ずっと続けるわけでもないし、半年もやれば相当な効果が出ると思うんだよね。』
わからない・・面倒だから聞いちゃお
「えーっと、報告から対処までの全体の流れというか、仕組みみたいなものをお教え願えますか?」
『もちろん。まず、俺の方からSNSでイジメ対策室を開設する旨を発信。その際に、そこの電話番号とアドレスを提示する。真剣に悩んでいる人、もしくはそんな人が身近にいて本人は連絡する余裕すらないため、その人に代わって連絡したい人は、迷わずすぐに連絡してほしいことも伝える。
あとは、そうだな、この告知を見て、いじめているヤツが先取りしてイジメの対象者に脅しをかけるとか、冗談半分で連絡してくるとか、虚偽だったりとか、そういうのはすぐに分かるから痛い目に遭うってこととかね。あ、それと一番大事なこと。イジメが確定したら、いじめている奴らには連絡があった数日中に、まあ、イジメの程度によるけど、手酷い罰が与えられる、学校も親も司法も全て関係なく確実にそうなると。取りあえずはこのくらいかな』
なんともまあ・・本気かなあ・・SBだしなあ、本気だな、これ。
「だいたい分かりました。それで相談・・いや、電話担当とかメール担当はどの程度の数をお考えですか?」
『取りあえず百人くらいでお願い。そっちの用意ができ次第SNSで発信するからさ』
「わかりました・・至急・・ですよね?」
『そうだね、誰か文句言ったり渋ったりしたらすぐにこの携帯に連絡して』
いや、そんな恐ろしいことできるかいな。
『あ、それと、これ大事なことだけど、電話やメールを受ける人たちさ、人の命がかかっているかもしれないんだから真剣にやって欲しいと念押ししといてね。面倒だからこちらに報告しないとか、連絡を忘れてしまったりとか、電話をかけてきた人にアドバイスしたり指導したり、とかも、絶対にやめてって言っておいて。実際にイジメられてる子にとって一番苦痛なのは、知ったかぶりしたアドバイスなんだよ。いい?これ、俺との約束だからね』
でた、SBお得意の一方的な約束。この言葉が出たら何があっても従わざるを得ない。
破ったら、いきなり素っ裸で砂漠や南極に放り出される。まあそれはいい方で、あとは月とか太陽とか・・・ぶるぶる。
「わかりました。大至急で手配します。」
『あ、相手の所在地や連絡先、必ず聞いておいてね。それとイジメられている場所もね、学校とか会社とかアルバイト先とか』
「あの、もしかするとSB様が直接そのご本人と連絡を取られるということですか?」
『うん?そうに決まってるじゃん。俺がそっちの官僚さんとか政治家さんを信用していると思う?』
思わない。それは私だって思わない。いっそのことSBに消してもらいたい奴等だっているくらいだ。
『あれえ、町田さん、今、俺に始末してほしい人がいる、とか思わなかった?別にいいけど、誰?』
「め、め、め、滅相もございません!!あの、イジメ対策室の件、さっそく動きますので、準備が整い次第ご連絡させて頂きます。それでは失礼致します。」
『うん、わかった。じゃあ、よろしくね」
あーびっくりした。寿命がちょっと縮まったしオシッコも少し漏れそうになった。漏れてないけど。
油断も隙もあったもんじゃない。なんてドキドキしていると、今度は部長からの電話が鳴った。
『あ、町田君、SBからなんか連絡なかった?』
まただ、この人、ほんとに危機感ない。
「部長、以前からお願いしていますよね、普段でも口に出すときはSB様を呼び捨てにしないと。習慣って怖いですよ、本当に分かってますか?」
『・・(ちっ、うるせえな、ったく)分かった、わかった。それで連絡は?』
「たった今、至急の要請がありましたので、すぐにそちらに伺います。」
『え?要請?あの磔(はりつけ)事件のことじゃなくて?』
ハリツケ・・?なにを言ってるんだ、こいつは
「とにかく今から伺いますので。それと人事省の責任者の方を呼んでおいてください」
『な、おい、待て・・』
面倒なので、切った。こいつ、本当に消してほしい。
あとで聞いたのだが、なんでも飯島という男が口に覚醒剤を目一杯突っ込まれて国道の歩道橋から吊されていたらしい。ちなみにその男の両腕は肩から切断されていた、とのこと。
ああ、これ、SBだわ、と事情を知ってそうな人達ならきっとそう思ったのだろうなあ。
SB、大麻以外の麻薬を極端に嫌ってるしね。特に製造者や売買組織のことは虫唾が走るほど大嫌い、だとのこと。
それと、飯島の件でSBから直接警視庁長官に連絡があったらしい。詳しくは教えてもらえなかったが、この飯島という男、かなりあくどい事、というかエグい事をやっていたみたいで、警察からも目を付けられていたらしい。
まあ、これ自体は悪いことじゃないけど、いつもどうやって調べあげるんだろうと不思議に感じてしまう。
ま、いっか。考えないようにしよ。
それにしても、さっきは怖かった・・・。
本当に、心底怖かった。
途中までは、胸がすっとして良かったんだけどね。
部長ではらちがあかないと思って総理に直接連絡を入れた。総理直々のご命令で、思ったより早くかなりのメンバーが集められた。部長はぶつぶつ言っていたが、知ったこっちゃない。文句があるんならSBに直接もの申せ。
厚生省の大臣と次官、文化省の次官、人事省の次官、そして財政省の大臣。ちなみに総理はアジア圏内を外遊中とのことで幹事長が代行として出席。
私がSBに言われたことを、そのまんま説明すると
「相変わらずふざけた事を言ってくるヤツだ。」
と、厚生省の大臣が憮然とした表情でのたまった。そして、それに追随するように文化省の次官も同調し、
「ひまなんでしょうねえ。全く、はた迷惑もいいとこだ。」
あーあ、言っちゃった・・。さすがにうちの部長は顔を青ざめて関わらないように下を向いている。
すると幹事長が苦笑しながら、
「まあまあ、彼が我々を救ってくれたのは事実なんですから、ね。ここは彼の顔を立ててあげましょうや。」
「幹事長、そうは言ってもねえ。ほんとに彼があの宇宙人たちを排除したんですかねえ・・。なんか疑わしい、というか。まあ、もし仮にそれが事実だったとしても、何故彼が国政にまで口を出してくるのか理解に苦しみますよ。」
まだ言うか、このアホ大臣。
「今度はイジメですか。全くふざけてる。何がイジメ問題を解決する、だ。もういい加減、あの男を祭り上げるのはやめたらどうですか、ねえ、幹事長」
もう私、この部屋出ようかなあ、伝えるべきことはもう伝えちゃったし。悪口が、SBに対する不満がどんどん出てきそうだし、このままだと私まで巻き込まれそうだし・・なんて考えていると・・
突然、高校生とおぼしき地味な男の子が会議室に現れ、厚生大臣の両肩に手を置いた。
「っ!なんだ君は!?」
大臣はビクッとしながらも虚勢を張って怒鳴った。
「あ、まだ紹介してなかったね。俺、SB。よろしくね、大臣。」
あー、わかった。散々悪口言っちゃったから引っ込みつかなくなっちゃったんだあ。どきどき。
「・・な、なんだ、急に。失礼じゃないのか」
と。そこまでは何とか体面を保てていたのだが・・
SBは大臣の肩を掴んだまま、無言で全員を見回した。
「え・・あ・・ぐぐぐ・・ぐえ・・」
突然、大臣の顔が苦悶に歪みだした。くわっと目を見開き、ぶるぶると震えだした。大臣はそのまま、ぐ、ぐ、ぐと悲痛な表情で喘いでいる。誰もが何も、一言も発することが出来ずに恐怖に引きつった顔で大臣とSBを見ていた。
大臣のふっくらとした顔が徐々に、まるで風船がゆっくりと萎んでいくように干からびていった。
気付くと大臣は既に白目をむいて気絶しており、ゆっくりと椅子から転げ落ちた。
見ると、顔だけではなく、体全体が萎んでしまったようで、さっきまでパツパツだったスーツが今はぶかぶかである。
「良かったねえ、大臣。奥さんからもっと痩せて、って言われてたでしょ。これで家に帰ったら奥さんに褒められるかもよ。」
SBは、優しげな表情で大臣を見ていたが、ふと顔をあげて、
「そこの君、確か文化省の人だっけ?君も痩せたいんだね。あれ、でも君って結構細いから、今のをやっちゃうと骨と皮だけになっちゃうかも。どうする?それでもやっちゃう?」
文化次官はもの凄い早さでかぶりを振りながら椅子から立って、そのまま土下座しながら何度も謝罪の言葉を口にした。
SBはその様子をしばらく無言で見ていたが、
「幹事長、この大臣、もう使い物にならないみたいだから総理に言ってすぐに代わりの人を選んでね。それと、そこで土下座している人も俺のやり方が気に入らないみたいだからクビにして。」
幹事長はテーブルに手をつき、
「はっ、かしこまりました!」と言ってテーブルに頭を擦りつけた。
SBはそれだけ言うと、その場にいる出席者全員を見回して
「さっき、町田さんが言ってたこと、1週間以内でやっちゃって。それと、今回のようなことがまた起こったら、今度は少し本気で暴れさせてもらうよ。もちろん、その時は、ここにいる君たちも逃げられないから。それと、俺、前に言ったよね。町田さんは俺の代弁者だって。そこの部長も分かってる?」
部長は突然の名指しに、椅子からひっくり返りそうになりながら
「ひっ!・・は、はいっ!わかっております!」
「ほんとお?ほら、町田さんって優しいからさ、君たちに怒りを感じても俺に報告しようとはしないんだよ。まあ、それはそれで町田さんが俺との約束を破った、ってことになりそうなんだけど、どう?町田さん」
ぐお・・な、なんでこっちまで・・
「い、いえ、そ、それはあくまで私の怠慢によるものです。決して約束のことを失念したわけではございません!」
するとSBはにっこり笑って、
「うん、それなら良かった。でも、今後は忘れないように気をつけてね。君は俺が信用する数少ないうちの一人なんだから。」
今度こそおしっこ、少しちびったかもしれない。
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