第23話 親友エンゲージ③〜虹陽Side〜

『己の罪をもっと自覚しなさい』


 こうまで言われたら、いつまでも年下の女の子に殴られて、膝を屈しているわけにはいかない。

 しかもロボ子さんの親友相手だ。

 自分の足で立たなければ。

 ……想像以上に重すぎる一撃にまだ腹筋が痛いが足に力を入れようとする。

 だが俺が立ち上がる前に篠宮葵が前に出てきた。


「あの……ちょっといい?」


「あっ! お店の前でお騒がせして申し訳ありません」


 米俵コーヒーの店員に話しかけられて、バツが悪そうな表情を浮かべた汐見花恋は素直に頭を下げた。

 服装や言動は奇抜だが、ちゃんと常識はあるらしい。

 少なくとも目の前にいる長身の米俵コーヒー店員よりは常識がある。


「いいのいいの謝らないで! 私は感動したんだから! 誰もが躊躇してやれなかったこと、一切の手加減なく全力でやり切る姿に私は痺れた憧れた! さすがはロボ子さんの親友の汐見花恋さん! お会いできて光栄です!」


 篠宮葵が少し腰を折りながら汐見花恋の右手を掴んで強引に握手する。

 少し戸惑い固まっていた汐見花恋はギロリと俺を睨みつけてきた。

 名前を呼ばれたことで俺の関係者だと勘違いしたのだろう。

 残念ながらそれはロボ子さんの関係者だ。

 ようやく痛みも引いてきたので、全力で平静を装いながら立ち上がった。


「その子はロボ子のクラスメートだよ。たまたま米俵コーヒーでバイトしていて、偶然ここに居合わせただけの」


 そう伝えると汐見花恋は、一度俺をギロッと睨みつけたあと、篠宮葵に向き直った。

 自分で説明しておいてなんだが、本当にどうして篠宮葵はこういうシチュエーションに居合わせるのだろうか。

 なにか呪いでも持っているのか。


「あなたが篠宮葵さん。……であってる?」


「篠宮葵です。知ってもらえているなんて光栄!」


「真白から電話で聞いている。頼りになる人と友達になれたって。慣れない土地に一人で進学しちゃったから、引っ込み思案な真白に友達ができるか心配だったのよ。だからあなたには感謝しているわ」


「いえいえこちらこそロボ子さんには仲良くしてもらっている立場なので」


「それに……ほら新しい学校生活が始まる前に、真白は変な男に引っかかったから」


「あ〜そうだったね。私もお昼とか一緒にご飯食べたかったんだけど教室からすぐいなくなっちゃうし」


「変な男で悪かったな」


 年下の彼女の友達達に貶される彼氏。

 ここまでぞんざいに扱われるのは初めての経験かもしれない。

 灰花病にかかる前も含めて記憶になかった。

 灰花病かかってからは、腫れ物を触るような扱いを受けることの方が多い。

 むしろ新鮮だ。

 新鮮すぎて本気で心配してくれるだろうロボ子さんが恋しくなってきた。

 もちろんただの開き直りだ。

 篠宮葵との挨拶を終えると次は俺の番らしい。


「そういえばまだ名乗ってなかったわね。改めて私が神岸真白の親友の汐見花恋よ」


「……俺は神岸真白と交際している佐久間虹陽だ」


 差し出された小さな手。

 この身体であのパンチ力かよ、と戦慄しながら握手する。

 すぐに手を離されるかと思いきや、汐見花恋は俺の右手首に巻かれた包帯をじっと見ていた。


「真白が巻いたテーピングね。相変わらず綺麗な巻き方」 


「誰が巻いたかわかるんだ」


「そりゃあね。中学二年のとき私は腕全体に包帯巻いて登校することにハマっていたのよ。でもそんなの一人で巻けないでしょ。だから毎日真白に包帯を巻いてもらっていたから」


「……そうか」


 どこからツッコミを入れたらいいのか。

 なぜロボ子さんが包帯巻くのが上手いのかという謎が解明されたが、新たになぜ腕全体に包帯巻いて登校していたのかという謎が生まれてしまった。

 出てくるエピソード濃いな。


「骨が脆くなってきている。真白からそう聞いていたから腹筋の上から殴りつけたけど。大丈夫ですか? 他に痛いところはない?」


「え……心配してくれんの!?」


 というか腹を殴りつけたのは病気を配慮した結果だったのか。

 そんな驚愕から本音が漏れてしまった。

 俺の失言に汐見花恋は怒る様子もなく呆れた視線をくれた。


「あんたに後遺症を残すような怪我をさせたら、私が真白に怒られるでしょ」


「そういう理由かよ」


「それ以外なにがあるのよ。まあそれだけ話せるならば骨に異常はなさそうね」


 花恋は優しい。

 ロボ子さんの親友だし、ロボ子さんもそう言っていた。

 ただ行動が読めない。

 手を離された俺はさらなる攻撃に備えて警戒の構えを取る。


「安心しなさい。もう殴らないから」


「お……おう」


「殴るのは一発だけ。思いっきり。これは私のけじめよ」


「そうですか」


 その一発のためだけに、何ヶ月も前からボクシングジムに通うのか。

 なんというか凄いなロボ子の親友。


「出会い頭の一発ならば誤魔化せるけど、二発目を殴ったらさすがに真白に怒られるもの」


「ずいぶんとロボ子に怒られることを恐れるんだな」


 そう零したらまたギロッと睨まれた。


「真白は滅多に怒らないけど、一度怒ったら本当に怖いのよ」


「そういえば怒ったところも見たことないな」


 泣いているところも怒っているところも見たことがない。

 ロボ子さんの表情は豊かなはずなのに。

 わざわざ泣かせたり怒らせたりはしたくないが、知らないことは気になってくる。

 俺が困惑していると、横で話を聞いていた篠宮葵が遠い目をしていた。


「……わかる。ロボ子さんだけは絶対に怒らせたくない」


「えっ!? 篠宮妹は見たことあるの?」


「……お姉ちゃんとのやり取りで少し」


 どうやらツカサ関連で俺の知らないロボ子さんが出現していたらしい。

 怒るときは怒るらしい。


「真白は絶対に自分を曲げないし。大体は私に原因がある時だから罪悪感も凄い。私も子供の頃はヤンチャだったというか、加減を知らなかったからついつい調子に乗ってライン越えして怒られて」


 話を聞いていると汐見花恋が悪いみたいだ。

 というかその服装と言動で今はヤンチャじゃないとでも?

 ただ昔を思い出しながらガクガクブルブルと震えているところを見ると、本当に怖かったのだろう。

 しかしその内容は友達関係より、娘を叱る母親や妹の面倒を見る姉の話に聞こえて微笑ましい。

 そして羨ましい。

 俺はそんなロボ子さんを知らない。

 もっと子供の頃に出会えていれば知ることができたのだろうか。


「なに笑っているのよ!?」


「笑っていたか? すまない」


「ちっ……いつまでも店の前で騒いでいたら迷惑だし、さっさと米俵コーヒーに入店するわよ。本題を話して私も久しぶりに真白に会いたいし」


「本題? 俺を一発殴ることじゃなかったのか」


「それは私の天命よ」


「……天命なのか」


 いっそ清々しいくらいの断言だった。

 言っていることは無茶苦茶なのに、天命の内容が『親友を泣かせる奴は病気だろうと容赦なく殴る』ことなので、本当に清々しくて頼もしいのはなぜだろうか。


「そうじゃなくて真白のことで、あんたとサシで話があるから呼び出したのよ。わざわざ真白との時間を削ってね。感謝なさい」


「ロボ子のことで?」


 そう言うとまたギロッと睨まれた。

 そして苛立ちを隠そうともせずに言い放つ。


「佐久間虹陽。あんたが今の真白を『ロボ子』と呼ぶな。不愉快なのよさっきから。今日はその話をするために私は来た」

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る