第10話 ロボ子さんは浮いている

 ロボ子さん交際記録ダイジェスト。

 すでに交際二ヶ月が経過。

 高校生活も始まって二ヶ月だ。


 波乱万丈のゴールデンウィークはすでに終わった。

 コーヨー先輩のご自宅にご訪問。

 毎日お弁当を作っていたので、コーヨー先輩のご両親にはお付き合いがバレていた。

 顔合わせのご挨拶と自宅に招かれたのだ。

 コーヨー先輩のお母様の深雪みゆきさんは近くの観光ホテルに勤めている。

 仕事の関係から、フラワーアレンジメントをしているロボ子さんの両親のことをご存知だった。

 深雪さんが勤めるホテルで披露宴の花を飾ったことがあるらしい。

 そんな縁で気に入られたのか、顔合わせのあとも深雪さんに呼ばれる形で何度もコーヨー先輩の家にお邪魔している。

 コーヨー先輩とは直接会うので、あまりスマホを介してやり取りしない。

 そのせいかコーヨー先輩よりも深雪さんからのスマホの通知が多いくらいだ。


 最近のロボ子さんの悩みといえばゴールデンウィークに帰省しなかったせいで、妹の夕衣がプリプリと可愛らしく怒っていること。

 最近は突発的電話がかかってきて、今日あった出来事の流れや不満をぶちまけてくる。

 締めはいつも『いつ帰ってくるの?』と圧が強い。

 色々と探りを入れられており、すでに恋人ができたことは悟られている。

 妹と彼氏のどっちが大切なの状態だ。


 夕衣は可愛い。

 だが現在ロボ子さんは優先順位第一位をコーヨー先輩に据えている。

 決して妹の夕衣よりも大切なわけではないのだが、こればかり仕方がない。

 ロボ子さんは器用ではない。

 今はコーヨー先輩以外に使う時間が惜しい。

 さすがのロボ子さんも家族にコーヨー先輩の余命のことを告げることができないでいる。

 説明できないから妹が拗らせる負の連鎖。

 可愛い。

 ただ親友の花恋には相談も兼ねて、全て逐一報告している。


『なんで!? なんでロボ子はいつも変な方向にばかり思い切りがいいのよ!』


 そんな風にお説教されたのも記憶に新しい。

 ロボ子さんの悩みといえば夕衣の件くらいだ。

 ただ身辺に問題が起こっていないわけではない。

 なぜならばロボ子さんの高校デビューは盛大に失敗していた。

 二ヶ月経ってもクラスで友達がゼロである。


「…………」


「…………テヘ」


「この件に関しては、可愛いらしく作り笑い浮かべても誤魔化されないから」


「手厳しい」


 被告ロボ子さんは黙秘権を行使したが、原告コーヨー先輩はジト目で逃がしてくれない。

 少し考えればわかるが、ロボ子さんがクラスで浮くのは必然的な理由がある。


 毎日の登下校をコーヨー先輩と一緒にしている。

 日傘をさした背の高いコーヨー先輩と相合傘の状態だ。

 非常に目立つ。

 初日から目立っていた。

 そのうえランチタイムもお弁当を持って教室から姿を消す。

 白砂州高等学校は進学校だが、やはり地元から進学してくる生徒が多い。

 入学前からコミュニティができている。

 知り合いがいない外部受験の新入生が、クラスに馴染もうとせずに交際相手とべったり。

 これでは孤立するのも当然だ。

 しかもロボ子さんはわかっていて改善の努力をしていない。


 妹の夕衣の件もそうだが、ロボ子さんは人間関係に器用ではない。

 判断に迷うと動けなくなる。

 行動に移してから色々と悔やむ。

 わかっているから事前に優先順位やルールを決めて、徹底することにしている。

 一度決めたら融通が利かない。

 もちろん毎日挨拶はしているし、ロボ子さんから拒絶することはない。

 ペア行動やグループ行動でハブられることもなかった。

 でもクラスにお友達と言える人はゼロだ。

 ロボ子さんは納得済みのことだが、それをコーヨー先輩に悟られるわけにはいかない。


 だから話題を避けていた。

 しかしコーヨー先輩はどうもロボ子さんの現状を把握していると見える。


「クラスの友達から言われたんだよ」


『お前の彼女が女バスと揉めて、クラスでハブられているみたいだぞ』


「そいつはバスケ部の部長をやっていてな。いい加減なことを言う奴じゃない。それにバスケ関係なら俺にも関係ある可能性が高い。女バスなら伝手はあるし、困っているなら相談してくれないか?」


「女バス?」


「女子バスケ部だけど、違うのか?」


 クラスメートがどの部活に属しているのかも知らなかった。

 ただ女子バスケットボール部と言われたら納得できることがある。

 ロボ子さんのクラスは背の高い女子三人組を中心として回っているのだ。

 男子顔負けの身長。

 この三人は背が高いぐらいにしか思っていなかったが、女子バスケットボール部と言われれば納得できた。


 だがクラスで浮いている原因はロボ子さんにある。

 そして三人になにかされた記憶もない。

 むしろ三人のうちの一人からは仲良くしてもらっているぐらいだ。

 二人組やグループワークのときはその子に誘われることが多い。

 他の二人からは疎まれている気がしないでもなかったが、仲良し三人組の仲に混じらせてもらっている身からすれば当然の反応だと受け入れていた。

 あの三人が女子バスケットボール部所属だとしても、ロボ子さんとコーヨー先輩の認識に齟齬がありそうだ。


「女子バスケットボール部に心当たりはあるのですけれど、その子達からなにかされたことはないです」


「本当か?」


「はい。むしろ仲良くしてもらっているぐらいです。もしかしたら私のせいで女子バスケットボール部に迷惑をかけている可能性もありますね。私からクラスメートに確認してみます」


「できるの?」


「私もクラスで話す相手が一人はいるのですよ?」


「……一人だけなのか」


 失礼な。

 元々交友関係が広くないし、小中学校は親友の花恋とほぼ一緒にいた。

 花恋の交友関係は広かった。

 その親友として側にいるロボ子さんもクラスで浮くことはなかった。

 けれど元々ロボ子さんは孤立しがちなコミュニケーション不全の欠陥品だ。

 クラスに話し相手が一人でもいることは誇れることである。


「そういうコーヨー先輩はクラスで馴染めているんですか。ずっと私といるのに」


「まあな」


「解せない」


「俺は三年だし、ずっと地元だからな。クラスには小中から一緒の奴もいるし。まあ灰花病の影響もあって一部とはギクシャクしているけど。俺も腐ってたし」


 灰花病発症直後、コーヨー先輩は周囲を拒絶して一ヶ月ほど家に引きこもっていた。

 余命一年。

 そして太陽光を浴びると体調が悪くなっていく体質になった。

 誰も外に出てこいとは言えない状況だった。

 コーヨー先輩もその周りもどう接すればいいのかわからない時期があった。


「ただ病気のことなんかなかったみたいに接してくれるバカ共がいるんだよ。そのバカ筆頭がバスケ部の部長だ」


 笑みが柔らかい。

 男子バスケットボール部の部長さんのことを本当に信頼しているのがわかる。

 ロボ子さんに花恋がいるように、コーヨー先輩にも笑って語ることのできる友達がいるみたいだ。

 その人に言われたから疑うことなく、ロボ子さんにクラスのことを聞いてきたのだろう。


「いい友達なんですね」


「そのバカのせいでロボ子の手作り弁当を教室で開けることはできないけどな」


「どうしてですか?」


「そのバカに弁当のおかずに手を出されたら、顔面を殴り飛ばす自信がある。ただでさえ『部活にも顔出さないくせに恋人とイチャつきやがって』とかやっかまれているのに」


「……あははは」


 お弁当で暴力沙汰。

 なんとも男同士の付き合いだ。

 コーヨー先輩が学校生活を満喫できているのであればなによりである。

 迷惑になるから。

 そんな理由で男子バスケットボール部を辞めてしまったことを残念に思うほどに。


「そういえば先ほど、女子バスケットボール部に伝手があると言っていましたけれど誰か親しい人がいるんですか?」


「気になる?」


「……コーヨー先輩。その返しは嫌われる返しランキング男女両方の部門で上位に入りますよ?」


「うわ……ごめん。さっきの発言取り消しで」


「削除依頼を承りました」


 気になると言えば気になる。

 でもそれ以上に二人の間で変な含みを持たせた面倒な言い回しを約束だった。

 隠し事もしない。

 お互い質問されたら素直に答えるようにしている。

 時間がもったいないから。


「女バスの部長とは中学からの知り合いなんだよ。篠宮司しのみやつかさっていって。少し前までは昼休みとかにも一緒に体育館でバスケやってたんだけどな。最近はあんまり話してないけど」


 昼休みに友達と体育館でバスケットボール。

 なんというか凄く青春の香りがする。

 だが今はそれよりも気になることがあった。


「……しのみやさん」


「どうかした?」


「あの……篠宮先輩には妹がいたりしますか?」


「いたと思う。俺が中学三年のときに女バスの一年生部員だったからロボ子と同級生か」


「クラスメートです。さっき言ったクラスで話す相手が篠宮さんです」


 篠宮葵しのみやあおいさん。

 カラッとした笑顔で男子よりも女子にモテそうな長身の麗人。

 ロボ子さんがクラスで孤立しないのも、無視などのイジメには発展していないのも篠宮さんのおかげだ。

 朝教室で挨拶すると大きな声で「おはよう」と返してくれる。

 だから他のクラスメートも挨拶してくれる。

 そんなムードメーカー的な存在だった。


 特別仲良くなったきっかけはない。

 少なくともロボ子さんに心当たりはない。

 けれど初対面からロボ子さんには特別フレンドリーに接してくれた。

 グループの輪に入れてくれたし、クラスのグループチャットでハブられなかったのも篠宮さんのおかげだ。

 コーヨー先輩の話から推測するに、篠宮さんは女子バスケットボール部所属で間違いないだろう。

 そこからどうして『ロボ子さんがクラスでハブられる』話になったのかはわからない。

 ロボ子さんには自業自得以外本当に覚えがないのだ。


 でも火のないところに煙は立たない。

 コーヨー先輩が信頼する男子バスケットボール部の部長さんが、いい加減なことを言うとも考えにくい。

 どちらにしても篠宮さんと一度話す必要があるのだろう。

 ここまで考えたところで、ロボ子さんはコーヨー先輩にも確認しておかなくてはいけない可能性が頭をよぎった。


「もしかして篠宮さんのお姉さん、篠宮司先輩がコーヨー先輩の元カノだったりします?」


「ぶっ……いや、違う。それは違うから!」


 少しの焦りと迷いのない否定。

 言葉に嘘はなさそうだ。

 けれどなにもないわけではない。


「つまり以前コーヨー先輩が仰っていた気になる異性が篠宮司先輩なわけですね。ふむ」


「なっ!?」


 元カノだったらある意味シンプルだったのに、余計に面倒な構図になった気がする。

 ロボ子さんが考え込んでいると、目の前のコーヨー先輩が信じられないものを見たかのように瞳を見開いている。

 髪色と同じで少しだけ黒みが薄くなってきたかもしれない。

 サングラスやカラーコンタクトを勧めたほうがいいのでしょうか。


「どうかしましたか?」


「いや……ロボ子は恋愛感情が死んでいると主張するわりに鋭いと思って」


「ミステリーで犯人を見つけるのは得意です」


「……女の勘とかではないのか。一応言っておくけど一番仲の良かった女友達ってだけで、本当になにかあるわけじゃないから」


「そこは疑っていません。契約に従って平日は登下校とお昼と放課後。休日も毎日一緒にいるので」


「そうですか」


 なぜか少し不満そうだ。

 男心は複雑だ。


「えーと中学時代からそんな女と遊んでいたのね。バスケットボールで。虹陽先輩の不潔。……みたいな感じのほうがいいですか?」


「そのままのロボ子さんでいてください。似合わない。似合わなさすぎて俺が惨めになった」


「そうですか」


 できる限りの嫉妬の感情を込めたはずなのに、コーヨー先輩に頭を抱えられてしまった。

 解せない。

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