第7話 告白
「ど、どうかしたの?」
「そっか……中二病かぁ」
困惑された。
目の前でいきなりテーブルと頭をごっつんこさせる人がいたら当然だろう。
佐久間先輩からすれば何気ない指摘だった。
けれどロボ子さんからすれば重大な宣告だった。
この一年近くの言動を反省するほどに。
「灰花病のことを主に調べていたのは、中学三年生の春から夏にかけてだったんです」
「あ、うん」
「さすがに私も死病に憧れるのはいけないとわかっていました。でもこんなことは誰にも相談できない。いよいよ自分の精神状態が限界なのかもしれない。色々と深刻に悩んだわけです」
「……まあ思春期だからね」
「だから環境を変えようとしました。両親や妹や親友の大反対を押し切って、遠くの高校に受験した。家族と離れて一人暮らしを始めるために」
「…………そっか」
「全部中二病だったんですね」
「………………その行動力は凄いね」
目を逸らしながら佐久間先輩がポツリと呟いた。
慰めの言葉すら思い浮かばなかったらしい。
佐久間先輩が米俵コーヒーの無駄に大きなマグカップを口に運ぼうとするが、ロボ子さんはそのマグカップが空であることを知っている。
かける言葉もないとはこのことか。
なんとも気まずい沈黙が場を支配する。
ロボ子さんはガバっと立ち上がって告白した。
「先輩! 私とお付き合いしてください!」
「えっ……えっ!?」
「元々そのつもりで今日来ました。そのためのマッチングです! なにもおかしな話ではないはずです!」
「なんかヤケになってない? 顔真っ赤だし。あと声を抑えて」
ロボ子さんが急に大声で愛の告白をしたので、店内が静まっていた。
物凄く注目を集めている気がする。
でも気にしている場合ではない。
少し声は抑えたけれど!
「実は昨日この街に引っ越してきたばかりです。荷解きを終えたのも昨日。先輩が第一村人です」
「第一村人!?」
「新生活の始まり。私はAIさんに聞きました」
『妖精さん妖精さん。荷物の荷解きが終わりました。この地域で新生活を始めるにあたってロボ子さんに必要なことを教えてくれるかな?』
「そう聞くとAIから返ってきた答えが――」
「――妖精さん?」
「その説明はおいおいします」
今は『気まぐれフェアリーズ』の可愛さを熱く語っている場合ではない。
佐久間先輩もそんな細かいことで話の腰を折らないでほしい。
聞きたいならばあとでいくらでも時間は取るから。
「返ってきた答えは『命短し恋せよ乙女。ロボ子よ。恋愛しなさい』でした。私はその場でアカイイトに登録しました。すると即座に先輩とマッチングして、今に至ります!」
「まさかAIから下された無理難題を完遂するために今日ここにきたの!?」
佐久間先輩が驚きの声をあげる。
その疑惑をロボ子さんは即座に否定した。
「いいえ。実はAIにも反対されました。AIは灰花病にかかっている先輩とマッチングしたこと困惑して機能停止していましたし」
「……AIが思考停止状態になるほどの反対。それなのにロボ子はどうして俺なんかに会いに来たの?」
「それは運命を感じたから」
思い込みかもしれない。
中二病の延長線上かもしれない。
けれどその言葉に嘘はない。
「引っ越した当日。本来ならばあり得ない相手とマッチングする。その人は私が調べていた灰花病を患っていた。私は決めたんです。私が決めたんです。この人と会おう。会って悪い人じゃないなら、この人と付き合おう。そう覚悟して今日この場に来ました」
「一年も生きられない相手になぜ馬鹿げた覚悟をしたのか。ふざけているわけでも、憐れんでいるわけでもなさそうだし」
「どうせするなら前のめりの後悔!」
「それは?」
「親友の座右の銘です」
「自分のじゃないのか」
花恋は何事にも全力だった。
全力で楽しんでいた。
そんな姿に憧れさえ抱いていた。
……推しキャラのグッズを発見すると、財布と相談して泣きながら買っている姿は引いたけど。
「先輩に会わなければ、私は一生引きずる後悔を背負う。同じ学校に灰花病を患った先輩がいる。マッチングして出会う機会があった。けれど我が身可愛さに会おうともせず逃げた」
アカイイトでマッチングしなくても同じ学校だ。
廊下ですれ違うこともあるだろう。
出会い方が変わっただけかもしれない。
けれど自分から会うと選択できたのは昨日だけだった。
出会い方を選べたことが運命だ。
「学校にいる間、私は絶対先輩のことをずっと目で追うんです。そして先輩がいなくなったときに後悔する。先輩のことをなにも知らないくせに。会おうともしなかったくせに。……そんな独りよがりな後悔だけは絶対に嫌」
ロボ子さんは吐き捨てる。
そして佐久間先輩の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「だから会うと決めました。どうせするなら一生引きずる後悔よりも……私は一生引きずる恋をしたい」
告白した。
愛の告白ではない。
ロボ子さんの恋愛感情はポンコツだ。
ポンコツだからロボ子さんだ。
初恋も知らないし、一目惚れもない。
人を好きになる現象がよくわからない。
これはただの意思表明としての告白だ。
「あ……いや……なら十分だろ。もう知ったんだ。俺は一年以内に死ぬ。俺なんかと付き合わない方がいい。ロボ子は綺麗で可愛いし、普通の人と恋愛した方が絶対にいい。たぶん恋人もすぐにできるよ」
瞳をそらされた。
好きなわけではないし、振られることも予想できていたからショックはない。
むしろ佐久間先輩のことをつぶさに観察できるほど冷静だ。
瞳を迷わせながら逃げた。
容姿は褒めてくれた。
性格には言及されなかった。
嫌われていない。
人として拒絶されたわけではない。
ロボ子さんが相手だから断ったわけではない。
佐久間先輩を支配しているのは諦念だ。
どうせ長く生きられない。
こんな自分に誰かを付き合わせてはいけない。
だから人を遠ざける。
佐久間先輩は楽しむことを諦めている。
助かる希望がないから希望を持たない。
正しい決断かもしれない。
ロボ子さんが同じ境遇に陥ったならばまったく同じ決断をする。
確信できる。
だから理解できた。
だから……なんか嫌だった。
アカイイトのAIがロボ子と佐久間先輩がマッチングさせた理由は、ロボ子さんが灰花病に理解があると判断されたから。
だが前提の条件として、ロボ子さんと佐久間先輩の相性がいい。
AI診断で満点に近いと採点されている。
それぐらいでなければマッチング候補にもあがらなかっただろう。
第一印象から佐久間先輩には既視感があった。
性別も年齢も生い立ちも違うのに、根底にある行動原理がロボ子さんと似ている。
灰花病に憧れて、中二病を拗らせて、ぶらり一人旅な高校進学をしてしまったロボ子さんだ。
自分が灰花病にかかった姿を何度も妄想したことがある。
佐久間先輩と同じように世界中の不幸を背負い込んだ顔をして、心配してくれる家族を遠ざけた。
でもそれは許されない。
死と向き合え。
残された時間でちゃんと遺される家族と向き合え。
そう親友の花恋に諭される。
否、ぶん殴られる。
怒った花恋は絶対にグーだ。
振りかぶって狙いは顔面と見せかけるフェイントをかけてお腹を殴ってくる。
花恋に促される形でロボ子さんは家族とのわだかまりを解決して、最期は看取られて死ぬ。
そんな妄想を拗らせたからここにいる。
佐久間先輩の側に花恋はいない。
殴ってくれる親友が見当たらない。
このままだと佐久間先輩一人で死ぬ。
諦めの中で死ぬ。
そう思うと腹パンされていないお腹がジクジクと痛んできた。
佐久間先輩はロボ子さんではない。
ロボ子さんも親友の花恋ではない。
だから同じことはできない。
そもそも腹パンされて改心するのは、妄想だとしてもどうなのだろうか。
冷静になって考えるとおかしいのだが、それ以外の展開が思いつかない
妄想のシチュエーションになったとき、花恋の行動は腹パン一択だと確信している。
佐久間先輩はロボ子さんと同じだ。
一人で考え込むとロクな結論に至らない。
花恋がいればバシッと解決してくれそうだが、ロボ子さんに親友の真似事は不可能だ。
けれど有効な対処方法はわかっている。
大事なのは単刀直入に伝えること。
このままではダメとわからせること。
そして一人にさせないこと。
佐久間先輩は全てを変えてくれる相手を求めていた。
ロボ子さんには全てを変える力はない。
でも隣で笑っていることぐらいはできる。
……ずっと隣で笑っていることぐらいは。
よし覚悟と方針は決まった。
あとは口説き落とそう。
ずるいかもしれないけれど、似ているから佐久間先輩が断りにくい口説き方がわかる。
これは恋ではない。
これは同情でもない。
これは憐れみでもない。
これは後悔したくないから始める自己救済だ。
呼吸を整えて、一歩を踏み出す。
姿勢は前かがみ。
逃げ出して後悔だけを背負わないために。
一度覚悟を決めたら、もう二度と迷わないのがロボ子さんだ。
佐久間先輩の手首をギュッと握りしめた。
「ロボ子?」
「先輩はまだ生きています」
「ああ」
「生物はいずれ死にます。寿命や余命の違いはありますが、死は約束されています。余命を理由に幸せに求める権利を放棄しないでください」
「……なにを言って」
「幸せを追い求めることができるのが生者の特権です」
「生者の特権?」
「だってそうじゃないと悲しいじゃないですか。不幸になるために生まれ落ちた、なんて。どんな生物もどうせ死ぬ。でも今は生きている。だから生きている間は笑顔になれる方法を模索するんです」
ただの綺麗事だ。
空っぽの理想論。
日常の中で言えば笑われてしまうだけ。
けれど余命が決められた佐久間先輩は自暴自棄になりかけていた。
理想論でも指針となる。
だからロボ子さんは自分でも信じていない理想論を微笑みながら告げた。
佐久間先輩に信じてもらうために。
一緒に歩み覚悟があると示すために。
「改めて言います。佐久間虹陽さん。私とお付き合いしてください。……私のために。貴方の貴重な残りの時間を使ってくださいませんか?」
今度は勢い任せではない。
逃げないでください。
そう真っ直ぐに目を合わせながら言い切った。
気分は一世一代の愛の告白。
事実としてそうだが、ロボ子さんはどこか自分を客観視していた。
まるで花を生けるように。
デフォルメされた箱庭を創造するかのように。
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