4.真の夫婦に

4-1 父、帰る

 フクロウとの戦いを終えて、白澄と霞火と一緒に家に戻った。

 霞火は自分で歩けるけれど、いつもの元気はない。


 お母さんは寝ないでわたし達の帰りを待っててくれた。

 とにかく無事でよかったとお茶を淹れてくれて、寝室に戻っていった。

 でも、完全に無事とはいいがたいよね。


「奴の疫病の呪いは一筋縄ではいかないからな」

「あのフクロウが江戸時代にいたっていうのだよね?」

「そうだ。あの頃の俺達では倒しきれず、人間の異能者と協力して封じただけになったが。今回で決着をつけることができたな。それもこれも、美月のおかげだ」


 ありがとうと手を握られる。


「思えばあの時も、契約者を死なせてはならないと戦いの場には連れて行かなかったからな」

「アタシの契約者が妖に殺されちまったのがあったから、その判断は仕方ないだろう」


 前にも聞いてたけど、江戸時代ではフクロウと戦った時に霞火のパートナーが殺されてしまって霞火は急遽白澄と夫婦の契りを交わした。

 もし白澄のパートナーも死んでしまったら彼らは獣の妖に戻ってしまうということで、白澄の相手は厳重に匿ってたんだって。


「だから、わたしに何も言わずに二人で山に行ったの?」


 白澄がこくんとうなずく。


「伴侶とのつながりが俺達の力になると判っていたのに、……あの時も今日も、俺の判断は間違っていた」


 肩を落としてしょぼくれる白澄だけど、わたしを傷つけたくなかったからという理由がはっきりと判って、胸の中にあったかい気持ちが湧いてくる。


「間違っていたのかもしれないけれど、ありがとう。その気遣いは嬉しいよ」

「しかし結果的に美月を危険にさらすことになってしまった」


 白澄の反省してますって顔がいじらしい。


「こんなことなら、あの時もっと長時間、濃厚に口づけをしておくべきだった。なんならセッ――」


 反射的に白澄の頭をはたいていた。


「どうしてそうなるっ?」

「おまえとの触れ合いが俺達の力になるのだから力の貯金をしておけばよかったということだ」

「わたしが行って解決したからいいじゃない、もう」


 もし白澄がそういうふうに迫ってきてたらと思うと頭爆発しそうだよ。




 次の日は水曜日でお店は休みだ。

 夜中遅くまで起きていたから、今日が水曜日でよかったよ。

 お店の事務的ことはお母さんにお願いして、午前中はゆっくりと休ませてもらった。


 白澄は元気だけれど、霞火は本調子じゃないみたい。

 疫病の呪いの影響が残ってるっぽいね。

 どうすれば霞火は元気になるのかな。

 そんなことを話しながら昼ご飯を食べていたら。


「……ただいま」


 不意にかけられた声と人の気配に息をのむ。

 この声、まさか。

 声の方を見ると、……お父さん!


「いろいろと迷惑をかけてしまって、すまない」


 居間の入口で、お父さんが膝を折って額を畳にこすりつける勢いで頭を下げた。


 よかった。いやよくない。

 なんで今頃。

 どの面下げて。

 いろんな思いがぶわっと胸から頭に駆け上がる。


「土下座ひとつで済むか! このクソ親父!」


 思わず怒鳴ってた。


 本当はもっといろいろぶつけてやりたいところだけれど、それはお母さんに預けよう。あと、きっと商店街の人達もシメてくれるに違いない。

 お母さんを見ると、ひとつうなずいて立ち上がった。


「あちらの部屋へ行きましょう」


 凛としたお母さんの声にお父さんはうなだれてついていった。


「あれが借金を作って逃げ出したロクデナシか」


 霞火にうなずく。


「お父さんが失踪なんかしてなかったら昨夜のフクロウが出てきてから白澄と霞火の封印を解いて、って感じになったのかな」


 借金返済のために倉庫の中の物を売ろうとして白澄の壺を割っちゃったのがきっかけだったからなぁ。

 その場合、……白澄と霞火の契約者は誰になってたんだろう。

 白澄の相手はわたし以外の誰かになってた可能性もあるのかな。

 それはちょっと、やだな。


「そうかもしれんな。しかし順番が逆になっただけで、俺と美月は契りを結ぶ運命だったのだろう」


 自信満々だっ。

 でも考えてみたら壺はうちにあって、昔からの事情を知ってるのはお父さんなんだから、白澄の相手はわたし、ということになるのかな。


「それじゃ、霞火の相手は?」

「信頼のできる誰かに託したか、……見つからなければおまえの父が……」


 お父さんが霞火と契約?

 うっわ、それこそ「不倫茶屋」だ。

 そうならなくてよかったのかもしれない。


「アタシの伴侶は白澄さ。それでいいじゃないか」


 霞火がふふふと笑う。

 それはそれで問題なんだよね。

 どこかに霞火の新しいパートナーになってくれる人がいればいいんだけど。


 いや、今はそれよりも霞火の体調が完全によくなることの方が大切だ。

 壺を受け継いだお父さんは、何かいい策を知らないかな。




 一時間ぐらいして、二人が居間に戻ってきた。

 お父さんが今までどこでどうしてたのかとか、今帰ってきた理由とか、霊獣たちのこととか、聞きたいことはたくさんあるんだけど。


「商店街にお詫び行脚してくるわ」


 お母さんがにっこり笑って、その半歩後ろで魂が抜けた顔になってるお父さんを引っ張ってた。


「ありゃかなりきつーくシメられたな」


 霞火が半笑いだ。


「母上は優しく柔らかそうな性格に思えたが、やる時はやる、といったところか。……怒らせないようにしないとな」


 白澄が少しブルってる。


 そういえば白澄っていわゆる「婿殿」な立ち位置なんだよね。霊獣だし、お母さんの体を癒してくれたってアドバンテージがあるのにおののいちゃうのって、それだけお母さんの今日の迫力がすさまじいってことか。


「美月も、わりとそんな感じだよね。アンタこのままここにいたら確実に尻に敷かれるよ」


 霞火が笑うのに、白澄が眉をハの字にしてる。


「確かに美月はいざという時の決断力も行動力もある。さすが俺の嫁だ」


 ってほめてくれてるけど、尻に敷かれるのには反論しないのね。


「わたし、そんなに気が強いかなぁ?」

「無自覚かっ!」


 二人から即ツッコミが入ってしまった。

 けど、突然降ってわいてきた借金話に、どうにかしないとって気を張ってたのは確かだし、弱いとこ見せられないって思ってたからそう思われてても仕方ないか。


「俺はそういう美月も好きだがな。逆に元気がないと心配になるかもしれん」


 白澄がそっとわたしの肩を抱いた。


「ちょっ、またそうやってすぐタラシ発言する」


 ぺしっと白澄の手を軽くはたいた。

 本当は嬉しいんだけど、さすがに霞火の目の前じゃ恥ずかしいよ。

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