1-2 契ったいうな、千切ったろか
「なんと、我と契約するつもりではなかった、と」
居間に戻って、わたしが壺を落っことしてしまった経緯を白澄に話して聞かせると、驚かれた。
「なるほど、そういえば我を封じた壺を売るような発言をしておったな。今日だけでなく金に困っているかのようなことも幾度か口にしていたし」
畳の上に胡坐をかいた白澄は、銀に近い真っ白の髪に手をやって、とほほといわんばかりの顔だ。
「ん? 幾度か、って」
「そなた、あの倉庫でぼやいておったではないか。全然足りない、もっといいのはないのか、とか、くそったれ親父、とも言っておったな」
うわわわわ。
誰もいないんだから愚痴の一つや二ついいでしょ、って吐き出してたの、全部聞かれてたんだ。めっちゃハズっ。
「父親が身を持ち崩し失踪か。けしからんな。……しかし、オンラインカジノとはなんだ?」
「知らないんだ?」
「我は通算千年以上、壺に封じられておったからな。前に人間界にこうやって顕現したのは、二百年ほど昔ではなかろうか。家の造りや置いてある物も随分変わったな」
そう言って白澄はまた珍しそうに部屋の中を見回している。
二百年って、まさかの江戸時代。さらに千年以上ってどういうこと?
「美月、あの平べったい板はなんだ?」
「テレビだね。映像を映し出すの」
「エイゾウさん、とな?」
「人の名前じゃないっ。――ほら」
ちょうどニュースをやっている時間だからテレビをつける。
キャスターがニュースを読んで、事故の現場を移した映像に切り替わると「おおぉ」と白澄が感嘆の声を上げている。
興味津々という感じでテレビに近づいて、……あれはきっと人が裏にいるか確認しに行ったな?
「話戻すよ」
テレビを消すと白澄はしょぼんと肩を落として戻ってきた。
「オンラインカジノは、ざっくり言うと賭博だね。で、クソ親父は文無しどころか借金を作って逃げた」
「ふむ。なるほど。愚かだな」
「でしょー? ……そんな人じゃなかったのにな」
大学入学から今まで――七年か、ここを離れてたから両親とあまり会えてなかったけど、少なくとも子供の頃はいいお父さん、大好きなお父さんだったんだよ。
軽く頭を振って、複雑な思いを振り払う。
「……ところで、あなたのことも聞かせてよ。どうして封じられてたの? 契約って何? わたしはなにかしないといけないの?」
白澄は大きくうなずいて、彼自身の話をしてくれた。
「今より遠く昔、人の世にも妖が闊歩しておった。我もそのうちの一人だな」
妖と呼ばれるもの達は、ざっくりと分けて二種類。
人間と共存を望むものと、人間に害意があるものだ。
うん、判りやすいな。
白澄は前者だった。
「我は元々は獣の魂の集合体であった。それが長らく人の世にとどまり続け、力をつけて霊獣と称されるようになった」
あぁ、霊獣、か。
早速スマホで霊獣を調べてみる。
特異な特徴を持つ動物ね。
白澄は興味深そうにスマホをじぃっと見てる。目がきらきらしてるよ。宝物見つけた小学生みたい。
「おそらく、人と近しく親しい動物の魂が集まったのだろうな。人間とは仲良く共に暮らせばよいではないか、というのが我の根幹にある考えであった。だが――」
当然、人間にひどい目にあった動物の魂もたくさんいるわけで。もっと言えば誰かに恨みを持っている人間も多いわけで。
そういうのは悪霊と呼ばれるような存在になって、人に危害を加えたり、人に取り憑いて操ろうとしたりって悪さをしていたんだって。
「ある時、妖の間で大きな争いがあった。その際に、我は一人の
「契りって、何度か聞くけど……」
「
「やっぱりそうなのかあぁっ!」
なんとなく、想像できてた。
けど、認めたくない!
だってわたし、結婚どころかカレシだっていたことないんだよっ。なんなら好きな人もいたことない。
人付き合いはそれなりにするから陰キャとまではいかないけど、恋愛においては超おくて。ネットでいうところの喪女っ。
それが、壺から出てきた男とキスして、いやキスされて、結婚したってことだよねっ!?
「なしなしなし! その契約なしっ!」
「なしと言われてももうすでに契りは交わしたが。……何か不都合があったか? まさか伴侶がいるのか?」
「伴侶なんていないけど不都合ありまくりでしょっ? わたし、あなたのこと知らないし、恋愛感情だってまったくないわよ」
「婚姻とはそのようなものだろう。これから知っていけばいいではないか」
ああぁ、そうか! 今どきの結婚事情、白澄は知らないんだね。
「重婚でなければよい。ときに、ミヅキはいくつだ」
「二十五よ」
「初婚にしては遅いな」
「今はフツーなのっ。むしろ早い方じゃない?」
恋愛経験すらないことは黙っておく。
「ふむ……。二百年の時の流れを埋めるのは後程として、我の話を続けようか」
人の姿と癒しの力を得た白澄は、人間に協力して悪い妖たちと戦った。
といっても白澄には戦う能力はないから、癒し手として活躍してたみたい。
戦いが一段落ついた時、陰陽師が白澄や他の妖たちを封印することを提案した。
「この先の世で妖が人に害をなすことがあれば、その時に封印を解いて共に人の世を守ろう、という約束を交わしたのだ。妻となった娘と泣く泣く別れることとなってしまったが、それもまた致し方ないこと」
仕方ないって言ってるけど、……白澄、ちょっと寂しそう。
「次に封印が解けたのが江戸時代ってことは、また害のある妖が増えたってことだね」
「うむ。力の強い妖がいたが退治ることはできなかったので封印した」
「それでまた、眠りについたってこと?」
「そうだ。そなたの先祖に当たる者が、封印の壺を預かっておったようだな」
戦いが終わってまた封印されて、壺がうちに代々伝わってたのか。
「でもそんな話、全然聞いたことがなかったよ」
「先の戦争で、伝承の記録が失われてしまったようだな。本来、父親からそなたに口伝されるはずだったのだろう」
その責任からも逃げちゃったんだ、親父。
「呼び出されたということはまたも妖の騒動かと思ったが、違うのであればなによりだ」
白澄は満足そうに二度三度とうなずいた。
それは、いい。よかったよ。
けど、問題がないわけじゃないよね。
「で、あんたはこれからどうするの?」
わたしの質問に、白澄は「わけわかんない」みたいな顔をした。
「そなたと契ったのであるから、当然そなたと添い遂げるつもりだが?」
「契ったいうなや。勝手にファーストキス奪っといて。千切ったろか」
「お主、我を千切れるのか? もしや異能の持ち主……」
「そうだったらとっくにやってるわ」
ノリやボケツッコミも知らない輩はこれだから。いや、むしろボケの才能満載なのか。
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