第5話 住み込みで働きます!

「それなら、一緒に頑張りましょうね。天乃あまのさん」

「はい!」


 陽子はるこの助け舟のおかげで、なんとか話の方向を上手く変えることができた真介しんすけ

 先程からめぐみの表情が微笑んだまま変わっていないところを見ると気に触る事にまではならなかったようだ。


「ていうか、住み込みなんですか?」

「ほら、二階の奥の部屋空いてるでしょ。あそこを使ってもらおうと思って」

「あぁ、あの部屋って確か、じーちゃんが使ってた」

「そうそう」


 更衣室のある二階の奥の部屋は、この喫茶店を作った初代店主。真介と陽子の祖父である大吾だいごの自室として暮らしていたと聞く。今は確か、誰も使っていない部屋となっていたはずだ。

 真介が店に顔を出すようになってからも、未だにあの部屋にだけは入った事がなかった。


「部屋も空いてるし、仕事がない時は人が居ないから誰かいてくれると安心できるのよね。助かるわ〜」


 どうやらそういう理由もあって、恵を雇ったみたいだ。


(それはついでに、定休日の時の管理も任せようという算段なのでは?)


「力になれそうで良かったです」


 住み込みとはいえ、給料もきちんと出るんだろうな。まぁ、俺だってお手伝いとはいっても、本来従業員に負けず劣らずの仕事量。そのため毎月お給料を貰っているわけだが。


「私が転校する学校からも近いですし。働きながら暮らせるというのは私も助かります」

「天乃さん、俺と同じ十六歳ってことは今高校生ですよね?」

「はい、草薙くんと同じ高二です」


 ドラマに出てた時が中学生くらいだったから、きっと間違いないだろう。


「へぇー、本当に同級生なんだ」

「はい。そうですね」


 元アイドルと話せる機会なんてそうそうない。しかも、バイト先があるならこれからも交流があるはず。

 そう考えると、変に緊張してしまうな。


「最近まで芸能活動している人が集まる高校にいたんですけど……」

「ご両親は一緒じゃないんですか?」

「親にお願いして、一人暮らしを許してもらったんです。だから、引っ越してきたのも私だけで」

「えっ! それって大丈夫なんですか!?」


 現役ではないとはいえ、元アイドル。そんな彼女が仕事をしていることを知った元ファンがここに押し寄せてくることだってあり得る。

 この現代、何が起こるか分からない。

 お店としては、繁盛するだろうけど天乃さんが危ない目とかに遭わなければいいけど。


「大丈夫よ。ここに住むことは口外しないから。あっ、真介も友達に教えたりしたら駄目よ」

「言わないよ」

「私も気をつけます」

「それにしても都会はすごいわねー。芸能界の人が大勢いる学校があるなんてね」

「はい。その時も、ファンの人たちが学校前で出待ちするとかはなかったです」

「それなら安心ね」


 ほとんど……ね。

 もちろん警備員とかセキュリティ面が強かったのもあるだろう。気にはなったけど、真介はそれを口にしなかった。

 都会の方にはそういった芸能関係の学校があると聞いた事があったが、本当にあるんだな。

 天乃さんについて気になることばかりだ。

 他にも引退した理由とかも気になるけど、プライベートな事だろうから今は聞くべきではない。


「そういえば、こっちで通う高校どこだって言ってたかしら」

「傘ノ木高校です。駅から三つ先の。明日からなんですけど、上手くやっていけるのか今から不安です」

「えっ」


 それを聞いた真介が言葉を漏らす。


「傘ノ木って、真介と同じ高校じゃない?」

「は、はい。そうみたいですね」


 この辺にはいくつかの高校があるが、まさか自分と同じ高校だとは思いもしなかった。


「本当ですか!」

「!?」


 突然両手を掴まれて、ぎゅっと握手を交わされる。


「私、全然友達とかいなくて心配だったんです。学校でもよろしくお願いしますね草薙くん!」

「あ、うん。よろしくお願いします。天乃さん」


 さすがは元芸能人。あまり人と話すのに慣れていない自分とはえらい違いである。特に距離の縮め方が。


「…………」


 こんなの、普通の男子なら色々と勘違いやら期待をしてしまいそうだ。

 実際、真介がそうだった。


「知ってる人がいると思うと心強いですね」

「っていっても、今日出会ったばかりですけどね。それに俺学校だと基本一人だし」

「それでも、ここで働いている草薙くんと一緒というのは嬉しいです。過ごした時間とか関係ありませんよ」

「!」


 恵のにこやかな表情に真介の胸が高鳴る。


 そう言われて真介も嬉しいのか。頬が熱くなる。

 恵の言う通り、ここで働く以上は高い頻度で顔を合わせる事になるに違いない。


「でも、どうしてうちなんかに? 一人暮らしならアパートとかでも良さそうだけど」

「ちょっと真介。なんかとはなによ。うちじゃ駄目って言いたいの?」

「違いますよ。素朴な疑問です」


 しまったと思い、真介はすぐに訂正をする。


「私、ずっと前からこういうレトロな喫茶店で働きたいと思ってたんです。そしたら、最近ネットでこちらのお店を偶然見つけたんです。しかも住み込みで働けるとも書いてあったので」

「うちはそこが売りだからね! ま、忘れてたんだけど」

(か、かっこつかね〜)

「でも、そこで働くのが、陽子さんや草薙くんみたいに良い人たちで良かったです」

「大丈夫ー? 真介は恵ちゃんの着替え見て興奮するようなムッツリスケベだよー?」

「……あ」


 おいおい、なぜ掘り返すようなことを言うのだうちの従姉妹は。


「で、でも草薙くんだって男の子ですし。さっきのは私のせいでもありますし」

「いや違うから。天乃さんも陽子さんの言うこと信じないでいいからね」


 真面目な恵のフォローに心を抉られる真介

 そんな冗談混じりのアイスブレイクの後、恵も含めた従業員で喫茶店の営業を続けていくのであった。

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