エピローグ:死ぬまで最初は、忘れんといてな。

 ウチがこの業界に来た理由なんて、夢とかそういう綺麗なもんじゃなかった。


 映像系の専門出て、そこそこの制作会社でアシスタントやって、上司の顔色伺って、ロケ地のスケジュール押さえて、クライアントの無茶ぶりに頭下げて……


 なんなんこれ。


 おもしろくもないくせに、しょーもない大人のふりして生きてるのが、しんどかった。


 だから、辞めた。

 そんで、求人票の中で一番意味わからんかった「アニメ撮影」って文字に、なぜか目が止まった。

 意味わからんけど──逆に、それでよかったんかな。



 ◇◆◇◆◇



 なんとなく入れたけど、まぁ想像どおり。

 給料も休みもなかなかだし、職場はボロボロ。

 でも、不思議と続けられてるのは、澪がいたから……かも?


 最初の印象はマジで「何この陰キャ……」。

 うちの人生に、こんなタイプいたことない。

 おどおどして、声ちっさくて、顔色悪くて、地味で、存在感ゼロ。


 この業界じゃなかったら、一生出会わんかったタイプ。

 てか、見向きもせんかった。


 正直、「そのうち辞めちゃうんやろな〜?」ってずっと思ってた。


 ……けど。

 仕事になるとそこそこ手は早いし、

 こっちが話しかけたら一応は答えるようになった。

 たまにぽろっと語りだしたら、好きなアニメの話だけめっちゃ熱量あるし、めっちゃ早口。


 その落差が、ちょっとおもろかった。


 で、ある日ふと気づいたんやけど──

 あの子、ウチのこと、ずっと見てるやん。

 誰とも目ぇ合わせへんくせに、ウチの動きだけは、目で追ってんの。


 その視線、ちょっと熱くて、でもすぐ逸らされて。


 好きとか嫌いとか、そんな単純なもんやなくて、

『どうしたらええかわからん』って、顔に書いてあった。


 あ、こんな小動物みたいな子も、ウチのことをそういう目で見るんだ〜って思うと、それが逆にゾクゾクした。


 ちょっとからかうだけで、ピクッて反応して、

 触れたら固まって、でも強く拒否るわけでもなくて。

 顔は真っ赤やし、声もちっさなるし。


 ──ああ、こういう子を崩したことないな。

 遊んだら、絶対、おもろいことになるな、って。



 ◇◆◇◆◇



 好きになるって、そんな大層な理由必要?


 優しくされたとか、助けてもらったとか、そんな夢物語、もう見飽きた。


 ちょっと気を許せば「私が私が」って、欲しがるばっかりの奴ら。


 少し持ち上げたら、勝手に「イケる」って思って、すぐ抱こうとしてくるバカばっか。


 最初のうちは

(欲しがられる私、なんて魅力的なの〜?!)

 とか思ってたけど。


 ──そんなんばっかで面倒くさくなって。


 だからウチは、毎回最初に全部試すことにした。

 欲しいんなら、はいどうぞ、って。


 イケそうか、つまらんか、ちょっと触ってみればわかるやん?


 そんで損切りすれば、付き合ってから失敗した〜、なんて無駄に時間かけることもない。


 うん、効率的。


 でも、この子は──澪ちゃんは、違った。



 ◇◆◇◆◇



 飲み会からの、「二次会やろ〜」の流れ。

 ベタすぎて、自分でも笑う。


「家送って〜?」って聞いたら、こくこく頷くし。


 いや、この手でついてくるんは、さすがに警戒心なさすぎやろ、って思ってたけど。

 まあ、同じ女同士だから結構いけるもんやね。


 ちょっと可哀想なことしたかな〜って気もするけど、

 ……まあ嫌なら流石に言うやろ。


 ウチの部屋に入っても、キョロキョロするだけで、何も言わん。

 部屋の隅、ちょこん、て正座して。マジで小動物。


 さて、と。


 どうやって、このガチガチの子猫ちゃんを、欲しがらせよっか。


 ウチは先にシャワー浴びて、澪にも促す。

 あの子、風呂上がり、ウチのちょっとデカいTシャツ着て出てくんの。


 ……あー、はいはい。これはもう。

 で、並んで布団に入って。

 いよいよ、な。



 ◇◆◇◆◇



 上に覆いかぶさって。

 この期に及んで、こっち見てんのに、見てないフリして。


 触られても、なにかの間違いやって、自分に言い聞かせてる。


 だし

 そんな顔しとる。


 ……これはまあよくある。


 でも、わりに、もこない。


 ただ、固まって、震えて、耐えてる。


 ──意味わからんやん。

 正直、めっちゃイラッとした。


 プライド、傷つけられた気がした。

 なんなん?全部あげるんやから、欲しがればええやん。

 だる。この子には通用せんのか?って。


 でも、違った。

 最後に振り絞ったみたいな声で、あの子が言った言葉。


「よ、酔いすぎ、です……よ」


 ──ああ、そっか。


 この子は、ウチのルールの上にいないんだ。

 ずっと、自分のルールの中で、たった一人で戦って。


 触れたはずやのに、心の奥には届かんかった気がしてた。


 初めてだった。

 ウチの世界に、こんなタイプいなかった。

 いや、見ようともしてなかったんだ。


 その瞬間、イラつきとか、プライドとか、全部どうでもよくなって。



 ……なんかキュンって、きた。



 欲しがられたいんじゃなくて、初めて思った。


 ただ、ウチが、欲しい。


 だから、言った。「いくじなしさんやねぇ」って。

 呆れたんじゃなくて、初めて感じた愛しさが漏れた。


 で、衝動のまま、頬にキスを落とす。

「予約」の印。

 絶対に、逃がさんよっていう、ウチの覚悟。


 ま、順番がおかしいのは気にしんといて?


「おやすみ〜」って横になったけど、

 そこからウチの方が眠れんかった。

 気づいたら、ずっと隣の澪のこと考えてて。


 他の子みたいに触ってくれたら、こんなもんかで済んだのに。

 他の子みたいにここで落ちてくれたら、そこで終われたのに。


 もっかい欲しいって、何回も思ってもうて。

 ……悔しくて、苦しくて、でもそれが全部──

 可愛くてたまらんくなった。


 ふと思い出す。


 徹夜でぼろぼろな顔。

 小さくすぼめた肩。

 無理やり整えた前髪。

 あの、しょーもない早口のアニメトーク。

 ……布団の隣から聞こえる、呼吸音。


 ウチの頭ん中、ずっと占領してた。


『好きになるって、そんな大層な理由必要?』

 言ったとおりやん。


 たったこれだけ。

 これだけのこと。


 最初は遊びのつもりやったのに。

 でももう──

 この子の全部、本気でウチのもんにしたいって思ってしまった。


「澪ちゃんが居たから」、今のウチがおる。

 そう言ったらきっとまた、顔真っ赤にして俯くやろな。

 でも、それも含めて、

 やっぱりめっちゃ、可愛いんよな。



 ◇◆◇◆◇



 あれから3ヶ月経った。


 澪の言うとおり、順序立てて、丁寧に、ちゃんと接した。


 仕事帰り、ふたりでご飯食べたりして。

 休みの日は何回かデートした。

 ホテル行こか?とか、からかってみたけど、やっぱまだダメやって。


 そんな毎日が結構楽しくて。

 ほらな、やっぱウチ、ピュアラブ志望よ。


 4回目のデートの日。

 ウチら、お金もないし、あまり知られてへん夜景の見える高台の公園に行ってみた。

 無料最高。


 う〜ん、ウチからそろそろ決めないとアカンかな〜って思ってたら、澪が右手を握ってきた。


 その手がフルフルって、震えてる。


 ……え、まさか?


「梨羽さん。私、梨羽さんのこと、やっぱり、好きなんです。つ、付き合って下さい……」


 えっ、このテンプレみたいな夜景の前で?!

 テンプレみたいな付き合って下さい?!


 もはや順序とかテンプレ通り越してクサい、クサすぎやん!!!

 でも偉い!偉すぎるぞ!成長よ!!澪ちゃん!!!


 そんな澪ちゃんが可愛すぎて、衝動のままにキスをした。

 周りに人がおらんくて、ほんま、よかったわ。


 こうして、あの子はウチのもんになった。


 昔のウチやったら「あ〜、やっと落ちたか。あっけなくてつまんな」なんて思ったかもしれん。


 でも、今は。

 そんなこと、一瞬たりとも思うスキもない。


 だって多分、あの子がウチを欲しがる以上に、ウチがあの子を、欲してしまってるから。

 手に入れた、その瞬間から、次のことばっかり考えてる。


 この手の中にある宝物を、どう育てるか。

 どう壊さずに、でも、二度と逃げられんように、深く、深く、ウチだけに沈めるか。


 そればっか。毎日。

 ずっと。



 ◇◆◇◆◇



「最近、澪ちゃん変わったよね」


 って、史帆が言ってきた。


 ──そらそうよ。

 ひとつひとつ、ウチ好みに染めてるとこ。


 でも口では笑ってごまかす。


「誰かええ人おらんかな〜?」って、また嘘つく。


 だって、言ったら終わりやん。

 ウチのもんを、他人の目に晒す理由、どこにもない。


 どうせ誰も、澪のこと本気で見んし。

 オドオドしてて、冴えへん、対象外って──

 まだそう思ってる。


 せやから、ウチがちゃ〜んと育ててるのに、

「よく手懐けたね〜」なんて軽口叩かれるの、ムリ。

 絶対ムリ。

 ……史帆だけは気付いてそうやけど。


 澪は今日も、ウチのことばっかり見てる。

 怖いくらい、一途に。

 それでも、どこかでまだ信じきれずに、

 小さな声で、毎晩確かめてくる。


「今日も好き……ですよね?」

「……さっきの『誰かええ人おらんかな〜』って、嘘ですもんね?」


 ──ああ、しんど。


 でも、それがたまらんほど可愛い。


 心配性で、妄想ぐるぐるして、勝手に落ち込んで、勝手に泣いて。


 そのたびに、ウチのこともっと欲しがってくれる。

 それが、ウチにとってのご褒美。


 毎晩、声が出せへんくらい抱いて、

「好き」って耳元で囁いて、

 やっと安心して眠る澪の呼吸を、髪撫でながら感じてる。


 ウチだけが知ってる。

 この子の泣き顔も、恥ずかしがる瞳も、

 どこを触ったらどんな音が出るかも──

 誰にも教えん。絶対。



 ◇◆◇◆◇



 パンケーキのメニューひとつ選ぶのに、えらい時間かける澪ちゃん。

 ──かわいい。


 未だに、制作会社からの電話にオドオドしながら出る澪ちゃん。

 ──かわいい。


 Vの配信見ながら、ぽけ〜っと口あけてる澪ちゃん。

 ──かわいい。


「梨羽ちゃん、触っていい?」って、絶対に聞いてから、そっと触れてくる澪ちゃん。

 ──かわいい。


 キスする時、先にちょっと舌出しちゃう澪ちゃん。

 ──ほんま、かわいい。


 ウチ、頭がどうにかなったんかな?


 ……澪が、「もうムリ」って言ったらどうしよう。

 それだけで、全部壊れる気がして、胸がギュッてなる。

 手放すくらいなら、いっそ殺してしまいたい──

 って、思ってしまう瞬間もある。


 澪の全部が、欲しい。

 思考も、感情も、過去も未来も。

 ウチの中に全部詰め込んで、

 一滴残らず、他人に渡したくない。


 澪の目が、ウチを探してるだけで嬉しくて、

 澪の手が、ウチを求めてくるたび、ゾクゾクする。


 だから今日も触れる。

 抱く。

 囁く。


 澪の頭の中を、身体の奥を、いっぱいにしてやる。

「あなたが居ないと、もうダメです」ってなるくらい、

 何回でも、何十回でも、染めてやる。


 ……でもさ、もし。もしもよ?

 もしもいつか、ウチらがお互いの“最後”になれへん日が来たとしても──


 この先、誰と寝てもさ。

 ウチの触れ方と比べてほしい。


 誰かにどんなに優しくされても。

 ウチの温度を思い出してしまえばええ。


 こんな、だらしな〜いウチが、“最初”やったってことは──

 ずっと、ずっと、心臓に刻んでおいてな。


 なぁ、澪ちゃん。


 愛してるよ。






 * * * * *



 あとがきもありますが、ひとまず……


 ここまで読んでいただき、ほんとうにほんとうにありがとうございました!


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