第11話 『鬼の宰相』?

先程の部屋で呑気に肖像画を眺めているフェリクスの後ろ姿を捉えたと同時に、非難の声が漏れた。

「お養父様!何故あらかじめ言ってくださらなかったのです!」

 小声だが、しっかりと非難の気持ちを込めて言うと、フェリクスは肩を竦めて見せる。

「言ったら、どうにかして罪を軽くしようと思ったろう?」

「言っても言われなくても罪を軽くするように伝えましたわ!」

「そうだろうな……うん?」

 涼しい顔をしていたフェリクスの表情が次第に曇っていく。

「まさか、罪を軽くするように…?」

「言いました」

 フェリクスの驚愕した表情を見て気が済んだシャーロットと交代するように、フェリクスが非難の声を上げる。

「何故だ!あいつらはロティーにとんでもないことをしたんだぞ、今すぐにでも首を跳ね飛ばしてやりたい!」

(ここ王宮よ!?なんて発言をしているの!?)

 誰かに聞かれていたりでもしたら一大事だ。

「お養父様よしてください!このような場で!」

「私が国王陛下に抗議してこよう」

 ぎょっとするシャーロットに目もくれず、フェリクスが足早に奥へと向かう。

「駄目です!お養父様が首になりますわよ!?」

「構わんそんなこと!」

 そう、フェリクスは娘のこととなると冷静さを失う。これ程までに。

「よくないです!ちょっと…誰かっ!」

(わたくし一人じゃ、止められない…!)


「フェリクス侯爵に、シャーロット嬢?」


 国王の部屋の前には先客がいた。

「ス、スティーヴン様?」

 スティーヴンは目を丸くしていたが、フェリクスの剣幕に何やら察したらしく直ぐに加勢した。

「フェリクス侯爵、落ち着いてください。一体どうされたのです」

「君もいいところに来たな。ロティーが国王陛下に二人の処分を軽くするように言ったらしいんだ。今すぐに撤回しなければ。君も来い!」

(もう、本当になんでこんなことになってるの!)

 嘆きたくなるのを堪えて必死にフェリクスを引っ張るが、びくともしない。

「仕方ないな…。フェリクス侯爵、怒るのなら後で私にお願いしますよ」

「えっ…?何を」

 なさるのですか、と言い終わる前に、スティーヴンがフェリクスの額に軽く触れ――フェリクスはその場にゆっくり膝をついた。

「お養父様!?」

「心配ない。少し眠らせただけだ……オスカー」

「はいよー」

 突然姿を現したオスカーに驚いて悲鳴を上げそうになった。一体どこから、どのようにしてここへ現れたのだろう。それも一瞬で。

「……は?」 

 目を丸くしたオスカーは数秒固まった後、その場にしゃがみ込んで大きな溜息を吐いた。

「次は何をしでかしたんすか……」

 フェリクスを抱き寄せて焦っているシャーロットと、眠らせた張本人であろう主、そしてここは国王の部屋の前。カオスな現場に困惑しない方が驚く。

「ち、違います!養父が少し取り乱してしまって、それを助けていただいただけで…」

「………もっとやり方があったでしょう。何故この場で眠らせた…?」

「今すぐに起こしてもいいが、それでも馬車まで連れて行ってくれるのか?」

 何やら察したオスカーが渋々、本当に嫌々といった様子で立ち上がった。

「シャーロット様、本当にすみません……うちの主が…」

「とんでもないです。こちらこそ、本当にお恥ずかしいところを…」

 オスカーが軽々とフェリクスを担いだところで、目の前の部屋から愉快そうな笑い声が聞こえてきた。その直後、側近によって扉が開かれ、機嫌のよい国王が顔を覗かせる。

「お騒がせして申し訳ございません」

「いいや、フェリクスのここまで取り乱した姿は久方ぶりに見た。『鬼の宰相』とは思えんな。暫く執務室で休ませてやれ」

 国王の側近とオスカーを茫然と見送り、消え入りたいほどの恥ずかしさを感じつつもしっかり両者に謝罪を述べた。

「フェリクスが目を覚ますまで庭園を見て周ると良い。果物や植物は好きに摘んでくれてかまわない」

「ありがとうございます。そのようにさせていただきます」

(もう本当に恥ずかしい!)

 失礼のないように挨拶を済ませ、足早にその場を後にした。



 フェリクスが目を覚ましたのは、その三十分程後だった。さすがに頭は冷えたらしい。暴れることなく庭園にやってきて、先に帰るように促されたため、馬車へ乗り込んだ。

「シャーロット嬢!」

 乗り込んですぐに声を掛けられた。声だけでわかる、スティーヴンだ。

 馬車から降りようとしたが、「そのままで」と制されてしまう。

「明日、出掛けたいところは」

「あ、明日、ですか?」

 驚いた様子のシャーロットを見て、スティーヴンまで目を丸くする。

「……フェリクス侯爵から聞いていない、のか?」

「……聞いていません」

(お養父様ったら、今晩伝えるつもりだったわね!)

 後で文句を言ってやろうと心に決める。

「それなら仕方ないな。日を改めて…」

「い、いいえ!予定は何もなかったので」

 魔王で他国の第一王子だ。多忙に違いないのに、気を使わせてはいけない。

「そうか。それで、出掛けたいところはあるか」

 尋ねられてふと、フェリクスの言葉が脳裏に浮かんだ。

(我が儘…って、どういうことを言うのかしら…。)

 しばらく考えたあと、思いついたまま言葉にしていた。

「………城下町に」

(いや、待って。相手は魔王で他国の王子なのよね?そんな護衛の難しいところは―――駄目じゃない!)

 しまった、と顔に出ていたかはわからないが、スティーヴンが不思議そうに眉を顰めているということは、そういうことだろう。

「す、すみません。やっぱり今のは」

「城下町が好きなのか?」

「……恥ずかしながら、行ったことがなくて…」

 シャーロットは学園と屋敷を往復するくらいで、それ以外はあまり外出をしない。昔、港町へ旅行した際に誘拐されそうになって以来、必要のない外出は控えていた。

「わかった。では明日、城下町へ行こう」

(え…いいの?)

「構わない」

 また声に出してしまっていたかと、ぎょっとして両手で口元を抑えると、スティーヴンが可笑しそうに喉で笑う。

「本当にいいのかと、表情がそう言っていた」

「……すみません…」

 冷静で動じないことで有名なシャーロット・フローリーは一体どこに行ってしまったのか。なんだか悔しいような気持ちが芽生える。

「明日迎えに行く。午後の鐘が鳴る頃に」

「はい。わかりました」

「では、また明日」

 優しい笑みに、本気で愛されているのではないかと思えてくる。

(一時の気の迷いよ、シャーロット。)

 普段より早い音を奏でる心臓の音に、気づかない振りをして小窓を閉めた。

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