第3話 お寺の少年


「ここが今日の現場なの?」


 桜の花びらが、風に吹かれて舞い落ちる石段を見上げながら、私はコクリと息を飲んだ。



 ◇



 黒のスラックスに白いシャツ、ネクタイこそしていないが、仕立ての良いジャケットを着こなしたユーリは今日も完璧と言って良いほどに美しい。

 この辺りは住宅街で人通りもまばらなせいか、すれ違う人は例外なくユーリに目を奪われている。


「何もしてないのに派手だねユーリ。周りの視線とか気になったりしないの?」


「見られて当たり前だからな。特に問題ではないだろう」


 相変わらずの自信だ。

 王族と言う生まれは見られて恥ずかしいとか無いのだろうか?


 私より頭ひとつ分背の高いユーリを見上げて、アイスブルーに輝く瞳をじっと見る。

 春の柔らかい光がユーリの宝石のような瞳に重なり優しく煌めく。

 見た事が無いような色彩に目を奪われ、思わず足を止めた。


「ユーリの目って、外で見ると色が違うかも。この瞳の色はサファイアか?それともダイヤモンドの方か?」


 ユーリの前に進み出て、肩に手を置き瞳を覗き込む。仕事柄、どうにも観察癖が抜けない。

 ユーリは少し顔を引き攣らせてはいるが、特に私の手を振り払う事もなく、ただ私の所業に耐えている。


「うーん。アイスブルーサファイアかな。でも、性格で言ったらダイヤモンドだよね。傷つかないけど割れやすそう」


「口の聞き方を知らない子どもはこうしてやる」


 片方の口角だけ上げる器用な笑みを見せたかと思うと、ユーリは私の胴にタックルでもするかのように肩を入れてきた。


「ギャッ!」


 そのまま荷物のように肩に担ぎ上げられ、目の前が上下逆さまになる。


「ちょっ、ユーリ!やめっ!」


 ジタバタするも、腰にユーリの長い腕が回されホールドされているので動けない。


「世の中、自分の見えている事だけが全てだとは思うな。ちょっとは逆さまになって周りの景色でも見てみろ!」


 ユーリの足が長いせいで一歩一歩が大きいのに、苛立ちまぎれに早足になるせいで、逆さまの世界が高速で後ろに流れていく。


「ユーリの変態っ。通報されても知らないからね」


 実際、こんな姿で運ばれているので、すれ違う人に振り返ってまで見送られている。


「大丈夫だ、目的地は目の前だからな」


 そう言って、足を止めたユーリにドサッと落とされる。

 かろうじて転ばずに地面に立てたが、頭がクラクラして目眩がする。


「あー、血が上って頭痛いっ。短気なのどうにかした方が良いと思うー。」


 フラフラしながら見上げた先には古めかしい石段が並び、横には分厚い木の板に書かれた「正福寺」の文字。


 桜の花びらが春風に舞い、誘うように石段を飾り立てていた。



 ◇ ◇ ◇



 石段を上り切った先には山門があり、ユーリと2人、開かれた木の扉の間をくぐり抜ける。

 山門の手前に見えていたのは松の木で、ヒラヒラと舞い落ちる花びらは奇妙に見えたが、今やっとその花弁の主にお目にかかれた。

 朱色の本堂へと続く、石畳の脇にある桜の木「ソメイヨシノ」。

 ピンク色というよりは淡く白に近い花弁の花が、枝先を覆うように咲いている。


「桜の花ってイシュタニア国には無いよね。葉っぱが無くて花だけ咲く木があるなんて、この国に来てから知ったよ」


「そうだな。葉の緑が無くて、花だけが主張していたかと思えばパッと散るなんてな。そういうのは印象に残って少し迷惑だな」


「は?何言ってんの?本当、気難しいね。普通に楽しめばいいじゃない?」


 いつものユーリ節に呆れながら、本堂へ向かって歩く。



 ◇



 今回、回収予定の魔導具は『時を越える短剣』だ。

 ある家に置かれた「大きな古時計」の中に、その魔導具は隠されているらしい。


 だが、ユーリは古時計が置かれた家の間取りしか教えてくれず、周囲の建造物について何の説明もしてくれなかったのだ。


「目的の家がお寺の敷地内にあるとか、最初に教えてくれても良かったじゃない?」


「今回は、間違ってもどこかに傷を付けたり、破壊したりは出来ない塔やお堂が側にある。初めからミツリに話してしまったら、無謀な計画を立てた上で私に押し付けてくるだろう。リスクの高い活動は今回のターゲット向きではない」


 確かに私が立てる計画は、勝ち取る為に何をするのかが大事で、リスクがあっても構わない。

 ユーリのように、ねちっこく用意周到で、状況に寄って作戦を変えるような、器用なものではないのだ。


「私の計画でもぜーんぜん大丈夫だったと思うよ?今から考えて、差し替えてみる?」


 仕事に関して隠し事をされたのが気に入らず、思わずユーリに突っかかる。

 無表情なユーリの顔が少し歪んだ。


「差し替えるほどの策か聞いてやる。今すぐ言ってみろ」


「えっと、誰にも見られないように家の周りに結界を張って、ユーリと一緒に家の中に入る。中に入ったら、大きな古時計の内部にある『時を越える短剣』を見つけて、状態を確認すると‥」


「もし魔導具の状態が悪かったら?‥そもそも家の中に人が居たら?」


「魔導具が怪しい気配のあるものだったら、もったいないけど魔術回路を壊して、とりあえず持ち帰る。

 朽ちてボロボロなら、破損した際の事を考えて、できる限りの記録を取ってから収納箱に入れるよ。

 家に人が居たら‥、そりゃ、ユーリの緊縛魔術で騒がないように押さえてもらう他ないよね。

 で、全ての作業を終えたら、『がらんどう』へ転移でもどる、と」


「結界に隠形、緊縛に転移。これは全て、私が使うことが前提の術だな?あらゆるタイプの魔術を使わせて、魔術師の試験か何かか?これは」


 私の提案がツボにハマったらしく、クックックッと前屈みになりお腹に腕を抱えながら笑うユーリ。

 楽しそうで何よりだ。


「やはりミツリには、じっくりと魔導具の状態確認の作業をやってもらいたい。私はその為の時間を作る。

 大きな古時計の中にある『時を越える短剣』、これが調査書通りに本物かどうかと、その劣化具合の確認に集中してくれ。

 私は当初の計画通り、隠形魔術でミツリの姿を消した後は、観光客のふりをして周りに注意を払っておく。何かあったら直ぐに通信してくれ。

 場合に寄っては古時計ごと『がらんどう』に転移してやる」


 何かあったら、ユーリがフォローしてくれると、そういう事だ。

 自分の力を行使することが、何よりも確実な手段だなんて、恐れ入る‥。

 やっぱり私は、魔導具の状態確認をして持ち出してくれば良いということだ。


「了解、ユーリ」


「あぁ、任せた」



 私は魔術師としては学んでいないので、ユーリのように便利に術を使いこなせない。魔導具に力を送り込み、その効果を引き出して使うだけだ。


 私の目前まで近づいたユーリが私のオレンジ色の髪に両手を乗せる。

 ユーリが静かに息を吐き出すのと同時に、私の姿は頭から足の先まで、景色と同化し見えなくなった。



 ◇ ◇ ◇



 ユーリと別れて、私は単身、本堂の裏にある家屋へと向かっている。

 玄関にかけられた鍵を、左手の中指にはめた指輪「解錠の魔導具」を前に突き出し開ける。

 「カチャッ」と小さく解除の音がしたのを確認し、そっと玄関の引き戸を開く。


 先ほど呼び鈴を鳴らして留守は確認したので、家の中に人が居る可能性は低い。万が一、誰か玄関ドアの向うに居たとしても、私の姿は隠形魔術で見えていない為、勝手に引き戸が開くというホラー場面があるだけだ。


(お邪魔しまーす)


 心の中で挨拶をして玄関に入る。

 脱いだ靴は邪魔になるので、斜めに掛けた鞄の外ポケットにねじ込んでおいた。


 昔ながらの家なので、玄関と玄関ホールが広い。

 そして、その玄関ホールの奥に見えるのが目的の「大きな古時計」だ。


 私の背よりも高いそれは、目線の位置に時計の文字盤があり、中央から下にかけてガラス張りの扉が付いている。その奥で振り子が静かに揺れ、時を刻んでいた。


 私のお目当ては、振り子の揺れる内部。

 古い木材の艶が美しく立派な「大きな古時計」の内側に「時を越える短剣」は隠されているという。


 「時を越える短剣」とは、大量の魔力を流し込み、戻りたい過去の瞬間を頭にイメージし、己の胸を刺すことで時空を遡れると言われている、物騒な魔導具だ。


 時空を遡ると、今の記憶を留めたまま過去の自分と同化し、その過去の瞬間から人生のやり直しができると言われている。


 ただ、自分の胸を短剣で刺すとか、生半可の気持ちじゃできないよね。


(さーて、お望みのものはちゃんと中にあるかな?)


 古時計の前面、ガラス戸の木枠に指をかけ、そっと手前に引く。

 “キイーッ“っと古びた蝶番が鳴って音を立てる。


(やばっ、玄関ホールって結構音が響くっ!)


 じんわりと嫌な汗が染み出してくる。

 誰も居ないと分かっていても、音を立てる事には危機感があるのだ。


 内側に手を入れて、揺れる振り子の上あたり、外からは見えない部分を手探りで確かめる。

 冷んやりとした金属の感触や、木の柔らかく温もりのある質感が指先に伝わる。


(違う、これじゃ無い)


 もっと中を見たいと、頭を振り子が揺れる時計の本体へと突っ込んでみる。


(あった!)


 鈍く光る細長い物体が、見える。

 古時計の内側、時計の文字盤とは反対側の位置に不自然な板が渡され、そこに短剣が乗せられていた。


 『時を越える短剣』を態々、こんな場所に隠すなんて‥。

 余程、他人の目から遠ざけたかったに違いない。


 白い手袋をはめた手を伸ばして、様子を探る。

 情報通りのサイズで、白い手袋に付着する物も特には無さそうだ。


 出来るだけ静かに、短剣を古時計の内部から取り出す。

 金属製の鞘も付いているので、ずっしりと重たい。

 刻まれた模様も文字も、禍々しい術に使われがちな物は使われていなそうだ。


 グリップの部分の装飾には魔石が使われていて、握るとゴツゴツと小さな魔石が指に当たる。

 おそらく、握りながら魔石に触れ、力を流し込んで発動させるのだろう。そして、戻りたいその時を心にイメージして、その刀身の先を胸に突き立て‥。


(あーーっっ!!)


 考えるだけで、身の毛もよだつ程に恐ろしい。

 私は騎士でも無いし、ただの魔導具師だから痛いのは勘弁だ。

 誰かが、この短剣を使った事があると想像するだけで恐ろしい。


 恐る恐る、鞘をゆっくり取り外してみると、鈍く光る刀身が見えた。

 使用後に血を吸って、錆びついているような状態も想定していたのでホッとする。


 きちんと手入れをしてから、古時計の中に隠しておいたのだろう。


 それにしても、もしこの魔導具が使われたのであれば、使った本人は過去に戻っている事になり、使用済みの短刀は現代に置いてけぼりになってしまう。


 はて、それでは誰がどうしてこの魔導具を、厳重に古時計の中へ隠したのか?

 脳内に浮かんだ疑問に、グルグルと頭を悩ませていた、まさにその時だった。


「なにしてんの?」


 振り返った先に、伸び伸びのTシャツに着古したスウェットパンツを履いた、寝起き姿の少年が立っていた。

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