魔獣少女は食べたくない

三毛。

第一章:魔獣少女リオナ

プロローグ

 プロローグ『魔獣少女』

 


 私は霧ヶ崎ユズカ。


 私立中学校の三年生で、趣味はラップバトル鑑賞と苺オレ。週に三回、深夜まで小テスト対策して、日曜だけは寝坊できる。

 そんな、ごく普通の、ちょっとだけ特別な女の子。……だった。


 私が魔法少女になって、もうすぐ三年になる。


 今は《対魔災特別行動局 東北防衛支部》に所属してる。

 略して“特北(とくほく)”。宮城の山中にある地下型の防衛拠点で、魔獣災害への初動対応と、魔法少女の作戦展開を担当する機関だ。

 ちょっと物騒な名前だけど、要するに「魔獣と戦うチーム」ってこと。

 私たち魔法少女は、その中でも前線に立つ部隊に所属していて、日々、出動と待機のくり返し。

 ……ま、地味に忙しいのよ、これが。


 魔法少女っていうのは、簡単に言うと“魔力資質”を持った少女が、ある日突然、目覚めて変身できるようになる存在。

 覚醒できる年齢には決りがあって、六歳から十八歳までの女の子限定。男の子はなれないんだって。

 一度魔法少女になると、成長がゆっくりになって、だいたい三十歳くらいまでは現役でいられるらしい。


 私も、中学一年の時に突然“目覚めた”うちの一人。

 変身した瞬間の、胸の奥が焦げつくような衝撃、今でも忘れられない。


 魔法少女には、それぞれ固有の能力と武装、戦い方がある。

 それに、名前。コードネームってやつ。私は《アルシア・ブレイヴ》。


 笑えるでしょ? 中二っぽいって、よく言われる。


 でも——この名前で、たくさんの魔獣を倒してきた。



 今日も、魔獣が現れた。

 出現ポイントは市立駅西口広場。通学路にもなってる商店街のすぐ近く。


 


「霧ヶ崎ユズカ。対象:Dランク魔獣、単独鎮圧任務を開始するわ」


「変身!」


 耳元のピアスが輝く。心臓に熱が走り、魔力が全身に巡る。空中に浮かんだ紋章陣が私の身体を包み、制服が光の粒となって霧散した。


 薄紅の戦衣。七角のアルフレイム。透明な結界盾。背中からは光の翼。


 ——私は叫ぶ。


 「輝け、希望の槍——!」


 「輝槍の魔法少女アルシア・ブレイヴ、ここに参上!」



 魔獣の姿は、駅ビル前の広場にあった。

 獣のような四肢、だが背中には奇妙にねじれた腕のような突起が十本以上伸び、黒い粘液を撒き散らしている。

 そして無数の目。全身に散らばったその一つ一つが、明確な敵意をもってこちらを睨んでいた。


 


「いっちょ、行きますか!」


 


 膝を屈め、跳躍。槍を構え、一直線に魔獣の胴体へと飛び込む。

 闘いには慣れている。だけど……この個体、やけに動きが速い。


 跳躍中、魔獣の眼が一斉にこちらを睨んだ瞬間、身体がビクリと硬直した。

 「——見えてる!?」

 空中で姿勢を切り返し、槍を下段に構える。次の瞬間、黒い粘液が弾丸のように飛んできた。

 槍で弾き、右に回避。が、すでに別の触手が地面を突き破って伸びてくる。

 結界を瞬時に展開しながら、後方へ一歩跳ねる。間一髪、回避。

 着地と同時に、カウンターの一撃。槍先に魔力を込め、魔獣の腹部を狙って突き込んだ。


 「——貫けっ!」


 ズン、という手応え。だが——貫通しない。

 粘り気のある表皮が、槍の魔力を吸収しているようだった。

 すぐに抜いて、後方へ跳ぶ。だが、その一瞬の間にもう一撃が迫っていた。


 結界で直撃は防いだものの、衝撃波でビルの窓ガラスが割れ、地面が抉れる。

 通行人はすでに退避済み。けど、長引けば被害は広がる。

 私の魔力残量も、もう半分を切っていた。


 


「やば……このままじゃ——」


 


 瞬間、背後から咆哮。

 背筋に氷を流し込まれたような感覚。振り返る暇もなく、魔獣の触手が槍を弾き、私の体を地面に叩きつける。


 空気が、肺から抜けた。

 視界が歪む。起き上がれない。槍が、ない。


 


「……やだ……私、死ぬ……?」


 


 そのときだった。


 


 空が、割れた。


 


 音ではなく、衝撃。

 風でもなく、圧。

 雷鳴のような轟きとともに、漆黒の影が天から落ちてきた。


 


 それは、龍のようだった。


 紅い眼光。黒くしなやかな長髪。

 鋼のような鱗のドレスアーマーに包まれた四肢。

 そして、その手に握られた巨大な戦斧——龍の爪の形をしていた。


 


 ドンッ!!!


 


 地響きとともに、魔獣は砕けた。

 一撃。たった一撃で。あの魔獣が……。


 


「えっ……」


 


 私は、言葉を失っていた。


 視線の先に立つのは、まるでヒーローみたいな、でも異様に静かな少女。

 彼女は斧を振り下ろした姿勢のまま、動かない。

 魔獣の残骸が風に消えていく中、私は震える声で、口を開いた。


 


「……ありがとう。助けて、くれて……」


 


 ビチャ。


 


 視界の右半分が、赤く染まった。


 


 あれ……なんで……? 腕が、冷たい?


 


 見た。

 その“少女”が、咥えていた。


 私の、右腕を。


 


 肉の断面から血が滴り落ちる。

 少女は、無表情のまま、ガリ、グチャ、と音を立てて咀嚼していた。


 


「——っ……あ……ああああッ……!!」


 


 悲鳴。咄嗟に後退しようとするが、足が震えて動かない。

 その時、少女の頭がカクンとこちらに向く。


 深紅の瞳。

 口から溢れる紅い炎。

 頭には、いつの間にか黒い角が生えていた。


 ドレスアーマーは変化し、より獣じみた鎧へと変質している。

 背中に広がるのは、巨大な龍の翼。黒と紅の境界が、夜空に溶け込んでいた。


 


 あれは——味方なんかじゃない。


 


 あれは——魔獣。

 それも、私たち魔法少女を喰らう、“災厄”そのものだ。


 


 呼吸が乱れ、視界が暗くなっていく。


 


 そのまま、私は、意識を手放した——。

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