第17話:私の教育係は、誰より強く、優しい
――あなたは、過去で測るにはあまりに強く、
未来にこそ必要な人です。
「第三王妃候補、イレーヌ・カレスティア嬢。
本日これより、選妃候補貴族審問を執り行う」
王宮評議の小議堂。
十数名の老貴族たちが円形に座し、その中心に立つイレーヌ嬢は、
一切の飾り気もなく、ただまっすぐ前を見ていた。
その姿は、誰が見ても“少女”ではなかった。
――“ひとりの覚悟を持った王妃候補”だった。
だが、最初の審問官が口を開いた瞬間、空気は冷たく刺さるように変わった。
「貴女の教育係、ミレイユという女性について質問する。
彼女の素性は、いまだ公式に開示されておらず、
一部では“不穏な過去を持つ人物”との声もある」
ざわめきが走る。
だがイレーヌは、視線を逸らさずこう言った。
「ええ、承知しております」
「……承知のうえで、彼女を“信頼”していると?」
「はい」
その答えは即答だった。
むしろ、問いかけに“戸惑いすらない”ほどに。
審問官の目が細くなる。
「では、彼女が――仮に、過去に剣で人を殺めた者であったとしても?」
「それでも、です」
「なぜです? 貴族にとって、“血の匂い”は不信の種になりますぞ」
その瞬間、イレーヌは一歩前に出た。
「では問います。
“人を殺した者”より、“人を救おうとする者”の方が信用ならないのですか?」
ざわ……と、空気が変わる。
「わたくしは、あの方がどのような過去を背負っていても、
“今、この瞬間に何をなしているか”でしか判断いたしません」
「感情論ですな」
「いえ。
“彼女は、命をかけてわたくしを守ってくれた”。
――これが、事実です」
イレーヌの声は震えず、強く、明瞭だった。
「剣を振るうことが許されぬこの宮廷で、
仮面を被り、己を隠してまで、わたくしの未来を切り開こうとしてくださる方です。
そんな方に対し、ただ“過去がある”という理由で背を向けるのは――
王妃としての器を、失う行為です」
沈黙。
その場にいた誰もが、“少女ではない言葉”に圧されていた。
そのころ、私は控えの間でただ静かにその声を聞いていた。
扉一枚を隔てた向こうから、イレーヌ嬢の声が確かに届く。
わたくしを、肯定してくれる声。
誰よりも、わたくしの“存在”を見ていてくれる声。
(……この仮面を、かぶり続けてよかった)
(わたくしがこのままであることが、あのお嬢様の未来になるなら――)
仮面の下で、わたくしは目を閉じた。
「……わたくしは、あの方に“救われて”しまったのです」
審問は終わった。
表向きには「判断保留」となったが、会場にいた多くの貴族の目が、
確かに“イレーヌ嬢の胆力”を認める色に変わっていた。
「お嬢様、素晴らしい応対にございました」
「……いいえ。わたくし、震えてましたのよ? ずっと、足が」
「それでも前に出られた。
その一歩こそが、王妃となる素質にございます」
イレーヌはそっと微笑んだ。
「あなたが背中を支えてくださるからです」
その夜。
イレーヌは、ミレイユの仮面に手を伸ばしかけて、そっと止めた。
「……まだ、外さないで。
わたくし、もっと強くなってから――
“仮面の奥”を、ちゃんと見せてほしいです」
「はい。お嬢様のその言葉に、わたくしは応えましょう」
そして、仮面の女は静かに頭を下げた。
かつて刃としてのみ存在していた女が、
今、“信頼”に報いるための刃へと、再び鍛え直されていく。
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