第2話







 6年ぶりに再会した、最愛の人――森谷琴音、通称琴ねえの左手の薬指で光った銀色を、私は見逃さなかった。


『――それは?』


 左手に意識を向けて聞けば、琴ねえは思い出したように自分の左手を胸元まで持って行って、照れた苦笑いをする。

 嫌な予感をひしひしと感じながらも相手の言葉を待つ。気が気じゃない間も、笑顔は絶やさないまま。


『プロポーズされたの……彼に』


 最愛の人の言葉が、脳内で何度も繰り返される。


 プロポーズ……彼……?


『結婚するの』

 

 言われずとも導き出されていた解を容赦なく叩きつけられて、悪寒と吐き気に見舞われた状況でも私は笑顔を絶やさなかった。


『……そうなんだ、おめでとう』


 本当は真っ先に伝えたかった“プロポーズ”も“結婚”も他のやつに取られてしまっていた。

 悔やむ思いを飲み込んで祝福したのは、心の底から相手を愛していた結果で、これから幸せになるであろう未来を邪魔するなんて発想はまず浮かんでこなかった。

 そうして長年の片想いは朽ち果て、ボロボロになった心を連れて新居に入ることになったのが数分前。


「――で、無事に失恋。笑っていいよ、ジュリー」

『ははは。それは最高に笑える。……なんて言うとでも思った?』


 今は大親友であるジュリー……珠璃奈に電話をかけている。


『なんのために日本に戻ってきたわけ?あのカホゴなパパとママを説得して、隣に引っ越すなんていうストーカー行為の結果がそれ?笑えないから』

「ストーカーって言わないでよ……」

『とにかく、そのまま諦めるとかじゅり的にありえないから。メソメソしてる暇があったらオチカヅキになる作戦のひとつでも考えてよね』


 落ち込んで弱気になっている私に対して憤慨した様子の声を出した彼女は、海外にいた時にできた大親友で、私の片想いを応援してくれている。

 珠璃奈の言う通り、私は最愛の人――琴ねえに会うためだけに日本の大学を受験して、両親の反対を押し切って二十歳になると同時にひとり暮らしを始めた。

 その結果が、本人から幸せそうに結婚の報告をされるという地獄の時間だったんだけど。


「はぁ……もう少し早く再会できてれば」

『遅いも早いもないよ。相手がいても関係ない、奪っちゃえばいいじゃない』

「そんな、略奪なんて……琴音さんの幸せを奪うことなんてできないよ」

『……諦められるの?今さら』


 痛いところを突かれて、言葉を詰まらせた後で見えないのに首を横に振る。


「むりだよ。何年片想いしてると思ってるの」

『14年。……ほんと健気』


 今から14年前、小学一年生になったばかりの頃に私と琴音さんは出会った。

 友達と遊ぶタイプではなかったけど、なんとなくひとりはさびしくてみんなが集まる公園のベンチで本を読んでいたら、当時六年生だった彼女に声をかけられた。


『なんの本読んでるの?』


 小学一年生から見たら六年生はものすごくお姉さんに見えて、変に緊張したのを覚えている。


『あ……えっと、これはお花の本で』

『おはな?』

『う、うん。ままがお花好きでね、いっしょにお庭で育ててるの。そのためにおべんきょうしてて』

『そうなんだ……私も一緒に見てもいい?』

『うん!いいよ』


 彼女からしたら、なんてことない……ただの気まぐれだったのかもしれない。あるいは、ひとりぼっちの私に同情しただけかも。

 でも、琴ねえと過ごした日々は私にとっては十数年経った今でも色褪せないほどの出会いで、何よりも大切な思い出だ。

 そして幼い私が恋に落ちるまで、そう長くはかからず。


『いつか、りっちゃんのお嫁さんにしてね』


 相手からもそうお願いされたから、小学校卒業と同時に親の都合で海外に行くことになって、離れ離れになった後もいつか迎えに行くための準備や努力も欠かさなかった。

 勉強も、苦手な運動だって……いつ何があっても守れるようにと不得意なりに鍛えた。

 少しでも相応しい相手になれるように、毎日コツコツ頑張ってきたというのに。


「……諦められるわけないよ」


 憧れは憧れのままでは終わらず、大人になっていざ目の前にしても琴ねえは変わらず魅力的だった。

 昔は見上げていた彼女も、今では私よりもうんと小さくて、それもまた可愛らしかった。


『他の誰でもない、律が幸せにしたいんでしょ?』

「うん……そのためだけに頑張ってきたから」


 正直、自分より彼女を愛してる人はいないという自覚と自信がある。誰よりも幸せにできる、する。


「……渡したくない、誰にも」


 物分かりの良いフリをして諦めるのは簡単だ。

 彼氏さんとやらには申し訳ないけど、綺麗事だけでは夢は叶えられない。


「私、頑張るよ。ジュリー」


 握り拳を作って伝えたら、満足げに微笑んだ吐息が電話越しに伝わってきた。


『律ならできるよ』

「うん!……でも、どうしよう。連絡先すら聞いてないや」

『んー。そういう時は、とりあえず……』


 珠璃奈からの助言も貰いながら、ひとまず前向きに行動を起こすことに決めた私はさっそく、翌日に備えて準備を始めた。

 せっかく再会できたんだ、これから時間はたくさんある。

 はやる気持ちを抑えて、まず私がやったことは――。

 


 

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