姉妹百合を何がなんでも回避したい妹
第1話
家ではいつもフチのない眼鏡をかけていて、梳かさなくてもサラサラな伸びた黒髪を無防備に垂れさせ、気怠げだけどクールな印象を持つ私の姉――新村香織は、
「はぁ……好き。凛花……」
多分、おそらく……いや確実に、妹である私のことが大好きである。
それも、性的な意味で。
その事実を知ったのは今から一時間ほど前。
お風呂上がり、少しリビングでゆったり過ごしてから自分の部屋へ戻るのが普段の流れなんだけど、その日は眠くて早めに寝ようと自室へ戻ったら。
「ん、ん……うっ、凛花……」
姉が何やらお布団の中でもぞもぞしているところを目撃してしまった。
場所は私の部屋で、ベッドの上。
一瞬、部屋を間違えたかと思った。だって本来いないはずの人物がそこにいて、きっとプライベートな空間でしかしないであろう行為をしていたから。
開けかけていた扉をそっと閉めて、幼い頃に父が作ってくれたゴテゴテに装飾されたネームプレートを確認する。
“りんか”と、黄色の文字ではっきりと書かれてあった。つまりここは、見間違いでもなんでもなく私の部屋である、ということを表している。
どういうことだと混乱する脳みそは一旦置いといて、鉢合わせることを危惧した私は咄嗟に階段を降り、リビングへと帰還した。足音でバレたらまずいから、できるだけコソコソと。
「あれ?珍しい、降りてくるなんて」
「あ、はは。なんか喉乾いちゃって……」
「麦茶いる?」
「う、うん」
対面キッチンの向こうから母親に声をかけられて、半分くらいは内容も入ってないままぎこちなく返事をしながらソファに腰を下ろす。
そして膝に肘を置いて、指を絡み合わせた状態で両手を顔の前まで持っていった。考える人のポーズである。
ちょっと待て。
「麦茶置いとくね。お母さんもう寝るから、電気とか消しといて」
「あ、うん。おやすみ」
親が退散したところで、改めて。
いや、え?ちょっと待って。
状況を整理しようと、思考を再開させた。
「あれって、絶対オナ……」
口に出しかけて、やめる。声でも認識してしまったら、いよいよ脳が破壊される気がした。
頭によぎった行為が現実に行われていたとして、なぜ?という疑問は深まるばかりである。私の名前を呼んでたのも謎だし、自分の部屋ならまだしも、わざわざ私の部屋でする必要性がどうしても浮かんでこなかったから。
否。本当は浮かんでいる。
だけど、最初から受け止められる気がしなくて、それどころかどうか夢であってほしいと願う気持ちは増すばかりだった。
話は変わるが、私――新村凛花は先月高校生になったばかりのJKである。
中学時代は部活で忙しく、恋の“こ”の字もなかった私だけど、高校生にもなったら当然興味も湧くし、普通に普通の恋がしたいお年頃である。
初恋は小学三年生の時、隣の席でやたらこっち側に消しカスを飛ばしてくるけど、根はいいやつだった加藤。もちろん性別は男。
何が言いたいかというと、私は至って普通の女の子で、恋愛対象も男で、とてもじゃないけど家族との恋愛なんて考えられないってこと。
姉のことは大好きだ。面倒くさがりなところもあるけど幼い頃から優しくて、ここぞという時には頼れたり、何かと助けてくれることも多い。勉強もできて運動もそれなりに得意だから、尊敬もしてる。
羨む気持ちも、憧れもあった。
だから、姉と同じ高校に進学した。学校での姉も見てみたかったのと、姉の軌跡を辿りたくて。
そのくらいには、大好きである。
「大好きだけど……」
ソファの上でひとり、頭を抱えて頭皮を爪で掻いた。
姉をそういう目では見れない。
私は、男の子が好き。男の子と恋愛がしたい。
ずっと憧れてた恋を、諦めたくない。
姉への憧れと恋への憧れを愚かにも天秤にかけて、最終的にはまだ未知なるものである強烈な“恋への憧れ”を選んだ私は、決意した。
この先、何があっても姉との恋を回避する。
もちろん私に想いを言うつもりはなくて、アタックなんかもしてくるつもりがそもそもないかもだけど、もし万が一、姉の方から何かしらのアクションがあったとしてもうまく躱そう。
お互いを傷付けないためにも。
と、固く自分に誓い、考えもまとまったし……と麦茶を喉に流したタイミングで、リビングの扉が静かに開いた。
「……もう上がってたんだ、お風呂」
入ってきたのは姉で、さっき聞いた声とは打って変わって震えもなく澄んでいて落ち着いた口調に、いつものお姉ちゃんだ……と安心する気持ちと戸惑う気持ちで複雑や心境を抱いた。
私が何も言えずにいると、姉は隣に座ってきて「私にも飲ませて」と無遠慮に人の手からコップを奪った。
さっきまで自分が口をつけていた薄いガラスの表面に綺麗な赤ピンクの唇が触れて、挟み込んだ後で薄く透明な茶色をした液体が注ぎ込まれていく。
白く華奢な喉が動くのを、どうしてかのぼせたような頭で眺めてしまった。
「ん。ありがと」
「あ……うん」
本当に喉が乾いていたらしく、半分ほど一気に飲み干した姉の手からコップを返してもらって、どこか上の空のまま視線を前へ戻す。
「どうしたの?凛花」
ついさっき、熱に浮かされた声色で私の名前を呼んでいたとは思えないほど、心から心配してそうな優しい声が耳に届く。
少し低い、クールな印象の声を聞くたびに、ほんの数秒しか聞いてない甲高いような、鼻にかかったような甘い吐息が脳裏をチラつく。
「凛花?」
薄い眼鏡のグラス越しに、目が合う。
私とは違ってくせっ毛じゃないロングの髪が垂れて、目の前に現れた顔は妹ながら綺麗と思える造形だった。
でも、ごめん。
「眠くてぼーっとしちゃった」
私やっぱり、お姉ちゃんと恋はできないよ。
当たり前だ、私達は家族だもん。
だから何がなんでも、姉とのフラグをへし折らなきゃ。
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