第3話「妬み僻み嫉み辛み」










 巳扇さん――改め、伊織さんと昨日の今日で仲良くなった弊害が、さっそく。


「あんた、どうやって己扇くんと仲良くなったの?」


 問い詰めるには定番の女子トイレ。無駄にきらびやかな装飾が施されたラグジュアリーな便所空間で、女三人に囲まれた状況はさながら背水の陣。少し下がれば排便の菌。

 ……って。うまいこと言うとる場合やない。

 このままでは顔面便器コースまっしぐら。清掃員さんが日々、きっと舐めても平気なくらい清潔にしてくれてるとはいえ心象は良くない。故に避けたい。

 

「そのー……たまたま?困ってるところに遭遇して助けたらっていうか?」

「弱み握ったってこと?」


 あながち間違いではないから否定しづれえ。


「う、うーん……まぁ、そんな感じ?」

「あたしらにも教えなさいよ。その弱みってやつを」

「え?弱みなのに簡単に教えるわけなくない?ばかなの?」


 思った事は秒で口をついて出ることで有名な正直者のわたし。そのせいで新たな危機が訪れました。ばかですねぇ…自業自得です。

 カッとなったモブ三人組のうちのひとりが、大げさに振りかぶってバシンとビンタを一発。

 じんじん痛む頬に涙を浮かべながら、そりゃ怒るわと内心では同情していた。相手は売られた喧嘩を買っただけ。転売したらいくらかな?

 能天気でいられるのは、「君らがそうやって手段も選ばず求めてる相手、女やぞ」という爆弾を胸に抱えてるからで、いざとなれば皆殺しよ。そう思うことでなんとか乗り切っている。もちろん口が避けても言わないんだけど。


「たいしてかわいくもないくせに。調子のんな!」

「お前みたいなブス、どうせすぐ飽きられて捨てられるから!」

「伊織くんが可哀想。せいぜい、社交界でフラレればいいわ!」


 聞き覚えのあるような無いような台詞の羅列が続いて、3モブは糞……間違えた。フンと顔を逸らしトイレを後にした。

 ついでだから用を足し、手を洗い、冷えた体温を当てることで頬の熱を取り、教室へ戻る。そこでもまた好奇の目と憎しみがこもった視線に晒されるんだけど、殴られないだけまだマシとしよう。


 それに、私には顔が強い……否。心強い味方がいる。


「ごめんね、華子ちゃん。おまたせ」


 周りに女の子を寄りつかせないためにも、秘密を隠すためにも、学校ではできる限り一緒にいようということでお昼休みと放課後になると迎えに来てくれる王子……王女様、伊織さん。

 そのせいで日に日に私に対するいじめはエスカレートしていくけど、この顔面を近くで拝められるならもうなんだっていい。そう、わたしは自分でも引くレベルの面食い。

 たまに所作がちゃんと女性なんだなって分かるくらい女の子らしい彼女だけど、人目がある時はしっかり男の子だから3日経つ頃には慣れた。顔の良さには慣れない。

 違和感みたいなものも無くなって、一週間経つ頃にはもう一周回りきり、女っぽい一面を見ると「あ〜、油断してるんだなぁ、心開いてるんだなぁ」と友情を感じられて嬉しくなるように。わたしという人間は実に単純で明快な女である。


「まじ眼福」

「ふふ。いつもそう言ってくれるよね」


 食事中だからか綺麗に指を揃えて口元を押さえ、微笑む伊織さんとニコニコ目を合わせた。幸せ空間。

 昼休みはいつも、人目を避けて特別に理事長室をお借りしている。堅牢で優雅な室内には理事長の使用するデスクと、応接間としても使用されているのか革製のソファにローテーブルもある。

 三人がけくらいの大きさはあるソファの上、横並びになって座るのがはじめからなんとなく決まったスタイルで、お弁当は膝の上に乗せて食べる。


「伊織さんのお弁当、いつもおいしそう…」

「そ、そうかな?」

「うん。お母さん料理得意なの?」

「あ。いや……これは、自分で…」


 ふと膝上のお弁当の中身を覗き込んで感想を伝えたら、まさかの自作であるという事実を知って驚愕する。


「昔から、料理が好きで……自分で作りたいって、母にお願いしたの」

「すご…」


 家庭的、なおかつ自立的。この人、女の人だったらかなり理想的なんじゃ…?あ。女の人だわ。

 いかんいかん。男とか女とか、ステレオタイプの思想を持つのは良くないって道徳の授業で習ったばっかなのに。


「将来の夢はお嫁さんなの」

「まじでなんで男してんの?」


 照れながら教えてくれた夢に、道徳で習った知識はどこへやら。頭より先に口が動いた。

 本人もそれは思ってるみたいで、早くも自分には男装が向いていないと気づき始めているらしい。少し悲しい顔で俯いた。

 なんで、と聞かれても……そりゃ本人の意志じゃないんだから答えにくい。なのに無遠慮な質問を投げてしまったと、落ち込んだ表情を見て反省した。


「わ……わたしの前では、女の子でいていいよ」


 失礼をしたお詫びも兼ねて提案すると、彼女は心底嬉しそうに瞳を輝かせた。

 

 今、目の前にいるのは紛れもなく可憐な少女だ。


 わたしの中のイケメンが、どんどん理想から遠ざかっていく。


 それでも、伊織さんの笑顔はかっこよくもかわいかった。くやしい。




 


 

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