第47話






 私の脳裏には、とある疑惑が再浮上していた。


 それは――


「あたしのこと、好き?」


 御堂さんが、レズなのではないか?ということである。


 だって普通、友達にそんなこと聞く……?


 聞かれたとして、この私が正々堂々と言い返せるとでも?こちとら好きとか簡単に言える人種じゃないんですが。 


 もしかしてギャルの間では、友達相手にも気軽に好意を伝え合ったり、確認し合ったりする文化がある?だとしたら、当たり前の会話なのか……?


 それとも、恋愛的な意味も含めてる?やはりレズ……レズなの?


 どういう意図で聞いてきたのか、そして私はなんて答えるべきなのか。分からないからこそ、返答に迷う。


 仮に本気で、友達のノリとか冗談でなく私の好意を確認したいだけなんだったら、絶対に茶化してはいけない。気まずい空気にするのも、よろしくないかもしれない。とにかく、ここは慎重に答えないと。


「ぁ、の…」


 いや、待って。


 そもそも私は何を言えばいいんだ?そこがまだ決まってない。重要項目だってのに。


 好きか嫌いか、どちらかと聞かれたら圧倒的に好き。嫌いな訳がない。御堂さんのような陰キャにも優しいギャルを嫌いになる人がいるなら、逆に理由を知りたいくらい当然の如く大好きである。


 しかしそれはあくまでも“友達”の域を出ない好意。深めのキスや恋人繋ぎはさすがに抵抗がある。


 御堂さんがもし恋愛的な好意を確認したいんだとしたら、安易に好きと言うべきではない。無駄に期待させて傷付けてしまう。


 とはいえ、好きじゃないと言ったら言ったで傷付きそう。


 どちらにせよ傷付いてしまうのなら、否定的な言葉じゃなくて肯定的な言葉を伝えるべき…?


 “好きだよ”って。

 

「っ……す」


 唇の先を尖らせて、息を吹いたところで呼吸を止めた。


 言えるわけが、ない。


 友人、家族、恋人。なんでもいいが、私が人間相手に気軽で気さくに「好き」と伝えられるような人間だったら苦労してない上に今頃ぼっち極めてない。高校生活だってハッピーライフを謳歌しているはず。


 言えないから、孤独。好きどころか「いーれーて」さえ言う勇気がないから輪に入れないのである。


 御堂さんという、ただでさえ雲の上の存在。あるいは手の届かない天使か何かで、仲良くしているというだけでも奇跡なのに、それに加えて好意を伝えるなんて鬼畜ゲー誰が挑めるんだ。まだ日本一の難関校T大に受験する方が遥かに現実味があるぞ。


 というか逆に、御堂さんはどうなの?言えるの?


「えっ……と」

「うん」

「御堂さんは、その……わ、わた、私の、こと」

「え?好きだよ。もう大好き」


 あ。言えるんだ。


 言えちゃうんだ。そんなにも、綿毛よりも軽く。


 あ、どうしよ。


 相手が言えると分かった今、私に“言わない”という選択肢が無くなってしまった。軽率な数秒前の自分にドロップキックする権利が欲しい。権利だけ欲しい。


 人に言わせておいて自分は言わないなんて小賢しい真似ができない、こういう時ばかり無駄に素直な子に生まれてしまったことを悔いた。


 背水の陣に立たされた私ができることは、ただひとつ。“す”と“き”――この単純な二つの文字を組み合わせて発することのみである。


「ぅ……う」


 が、赤子の手をひねるより簡単なはずのことができなくて、絞り出そうとした喉からは文字通り絞り出した情けない唸りが漏れ出た。


 全身の血がぐるぐると巡るように、思考が走る。


 脳の温度は、最高潮に達していた。


 唇は、瞬間接着剤でも塗られてしまったのかと疑うほどに開かない。


 い、言えない。


 今の私は、そこまでの勇気が持てない。


 生まれてこの方、人に好きと言ったこともなければ、言われたこともないんだから当たり前だ。逆上がりを成功させたことのない人間が、練習もせずにある日突然できるようになるだろうか?――否。できない。断言できる。


 落ち着け、私。


 よく考えるんだ。


 好意というのは何も、言葉だけで表すものではない。


 そう――行動でも充分に伝えることが可能なのだ。


 御堂さんなら軽くキスしたりできるかもだけど、私はできない。ハグも無理。


 となれば、手を繋ぐのみ。


 それで伝わるかは分からない。でも、やらないよりは確実に良い。


「み、御堂さん」

「ん?」


 私が名前を呼ぶと、背中にぴったりくっついていた体温が離れた。


 隣に来て顔を覗き込んできた相手と目を合わせるのも困難で、視点をあちこち移動させながらも、布団の上に置かれた無防備な手をしっかりと視界に捉えた。


 後は、握るだけ。


 体を浅くひねり、手を伸ばす。


「わわ…!」


 不器用を通り越して、もはや運命のいたずらによって手を滑らせ倒れ込んだ私を、御堂さんが見事に受け止めてくれた。


 おかげで、お腹の辺りへぽすんと飛びつく形になってしまった私は、生地越しに感じる柔らかさと良い匂いに包まれて思考も体も硬直させる。


「ふは。くっつきたかったの?」

「っや……ち、ちが…」

「いーよ。もっといっぱいくっついても」


 否定も兼ねて起き上がろうとしたところで、後頭部に優しい感触が当てられた。


 不思議と、全身がほぐれるように力が抜けていく。


 投げ出していた腕を少し動かせば、細い腰に当たった。結果的に抱きついたのと変わらない状況でも、彼女はただ穏やかに髪を撫でる。


「こうやって触られるの、嫌じゃない?」


 何を答えても尊重してくれるであろう柔和な口調の声が鼓膜をくすぐると、なんだか急に恥ずかしくなった。


 嫌じゃないことが、悔しい。


「……悪くは、ない」


 素直になりきれなかった私の感想に、御堂さんは「ふは」と変わらない笑顔で喉を鳴らした。




 




 


 

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