第17話
確信した。
御堂さんは、
「タチだ…」
そして、女たらしでもある。
一回目のキスからかれこれ二ヶ月近く経ってて、そういう感じがまったく無かったせいで油断してた。というか、完全に忘れてた。彼女がレズだってことを。
まさかセカンドキスまで奪われるだなんて。これぞまさに青天の霹靂。夏の空に落ちた青い稲妻。
私も私で、今回はする前に聞いてくれたんだから、無理ですって拒否すればよかったのに。
突然のことに追いつかなくて許しちゃったのは痛手だ。今後「またお願い」なんて誘われて、ズルズルと関係を持つ方向に行っちゃったらどうしよう。
いや、どうしよう?じゃない。ちゃんと断って、私。流されちゃだめ。
私がなりたいのは都合のいい女でも、恋人でもない。友達。
ただ、友達になりたいだけ。
「……うん。よ、よし」
次からは絶対に応じないと、決心を固める。
大前提としてこっちにその気は無い。恋愛は……うん。向いてない。女の子が好きとかもない。ありえない。偏見は別に、無いけども。
とにかく、御堂さんとは健全な関係を維持したい。いくら仲良しな友達だからって、世間一般的にはキスまではしないはず。だから前回みたいなことはアウトオブアウト。
でも、本音を言えば、困ったことに。
「嫌では、ない…」
何がって、それが一番困る。
心から拒絶してくれれば、いくら自己主張が苦手な私でも本能的に体が動いてくれるのに。
拒否するどころか、自ら目を閉じて差し出してしまったのが悔しい。
「ぅうう、あぁ……し、しに…」
枕に顔をうずめて、ひとり頭を抱える。絶叫して発散したくなるくらいの羞恥が、全身を駆け巡っていた。
夕方頃までそんな調子で、ベッドから一歩も出ることができなかったんだけど、人間というのは不便なもので、空腹に負けて重い体を一階へと運んだ。
食料を求めて彷徨い歩くゾンビと化した私がキッチン付近をうろついていると、外出の予定でもあるのかよそ行きの服に着替えた母とすれ違う。
「……あ。文乃」
どうせ無視だろうと踏んでこちらも視線さえ合わせず横を通ろうとしたら声をかけられて、足を止めた。
「大輝と夜ご飯食べてくるから。あんたはなんか適当に食べて」
「あ、はい…」
あぁ、そのパターン。
理解して頷いた後は、遠慮なく冷蔵庫や棚を漁った。こうなったら、今日はジャンキーで体に悪いものでお腹を満たしちゃおう。
母と弟はお高めの焼肉店に赴くらしく、わざわざ大きな声でアピールして出て行った。
これだから長期休暇は嫌いだ。家族と過ごす時間が増えれば増えるほど醜く歪んで、自分を嫌いになる。
「……文乃」
ヤケになってポテチの袋を開けようとしたところへ、父がやってきた。彼もまた、置いてけぼりの被害者である。
「お腹、すいてるのか」
「……見ての通り」
「ほら。お父さん、お小遣いあげるから。おいしいもの食べてきなさい。それか、作ろうか」
お、ラッキー。
「ありがと」
数千円の臨時収入を得て、予定を変更。好きなものを買ってきて、好きなだけ食べることにした。
昼間と変わらないくらいまだまだ明るく暑い外に出て、一番近くのスーパーへ歩いた。
徒歩15分と、運動不足にはきつい距離の、気が遠くなるような散歩を終えて到着した店内で、偶然。
「あら。せりちゃんの…」
「っあ……は、葉山です。文乃…」
御堂さんのおばあちゃんに出会った。
向こうから話しかけてくれたから、その勢いをお借りして自己紹介に成功。おばあちゃんは「文乃ちゃん」と覚えるためなのか、優しく復唱した。
「え、と……お、お買い物、ですか」
「うん。そうだよ」
って、バカ。スーパーにいるんだから、買い物に決まってるだろ。当たり前のこと聞くな、私。
対話の下手さに自分を叱咤して落ち込んでいると、
「今日はね、カツ煮を作るの」
おばあちゃんはのんびりしたニコニコ笑顔とほんわかしたゆったり口調で教えてくれた。カツ煮……響きだけで謎に食欲を刺激してくる。
「そ、そう、なんですね。おいしそう…」
「文乃ちゃんは、何を買いに来たの?」
「あ、夜ご飯を。今日、お母さん作らないみたいで…」
「そうか……じゃあ、よかったら、文乃ちゃんも食べるかい。お肉が安かったからね、買いすぎちゃってね」
「っえ、い、いいん…ですか」
「もちろんだよ。おいでおいで、一緒に帰ろう」
「は、はい」
自然にも思える流れで、なんか……ついていっちゃったけど。
御堂さんのおばあちゃん、めっちゃ話しやすい…かも。
老人相手だからなのか、それともおばあちゃんが持つ雰囲気や優しさがそうさせるのか。どちらにしても、こんなにすんなり他人と会話がうまくいくこと滅多にない。
「お腹すいたでしょう。すぐ、作るからね」
「あ、あり……あの、御堂さんは…?」
「せりちゃんは、おうちにいるよ。今日はこっちに来るかな。ちょっと、分からないけど」
おうち?
こことは別に家があるってこと?
何やら複雑そうな事情を察知して、口を噤んだ。余計なことは、聞かないでおこう。
御堂さん、家で……どう過ごしてるのかな?
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