高校2年、夏
第15話
長く、短い。
真夏の孤独が始まった。
昼を彩るのは青々とした空にソフトクリームみたいな入道雲、降り注ぐ蝉時雨や気まぐれに音を鳴らす風鈴、熱されたアスファルトが生み出す蜃気楼。
太陽が傾き、月が顔を出す夜には今にも落ちてきそうな星々が列を成し、神秘的な輝きを放つ天の川が広がる。
ひとたび外に出れば汗が吹き出すような暑さだが、活気溢れる若者や家族連れが海や祭りに出向いては、熱気と共に夏を盛り上げる。
多くの人間が青春、あるいは開放的な季節を満喫している中、私はというと。
「あづい……ちぬ…」
エアコンもない自室で、かろうじて開けた窓からそよぐ風の爽やかさを頼りに生きている。
暑すぎてやる気が起きず、朝からご飯とトイレ以外ベッドから出ていない。まぁ、出かける予定も何もないから動く必要もないんだけど。
なぜ痩せ我慢を続けているかというと、理由は単純。涼しく、快適なリビングでは家族がくつろいでるから降りたくない。あんなやつらと同じ空気を吸い続けてたら、違う意味で脳が溶ける。
まぁ、ここまでくると服を脱いで全裸になったって変わらないと分かりきってるから、逆に諦めがつく。おとなしく体力を温存して過ごそう。
「にしても…」
暇だなぁ。
友達がいないからカレンダーは空白だらけ。一個も埋まってない。おかげでお小遣いも減らない、貯金は増えていくばかり。
ありがたいよりも、普通にさびしい。
御堂さんと関わるようになってから誰かと一緒にいるのが日常になりつつあって、そのせいかひとりでいると退屈で仕方ない。
今頃、彼女は忙しく楽しくしてるんだろうな……クラスで和気あいあいと予定決めたりしてたもんね。やはり陽キャは違うなぁ。毎日が充実してそう。
「……私は誘われなかったな…」
当たり前のことなのに、落胆する。
輪の中に入りたかった訳じゃない。自分があんなギャル達と仲良くなれるとも思ってない。そこまで図々しくない。
惰性で続いていたような関係が途切れそうな気配を感じて、恐怖しているだけだ。
新学期になって学校へ行った時にはもう、何もかも終わってそうで。まるで、過去ごと消えてしまうみたいに、出会う前の時間に戻ってしまいそうで、想像すると四肢の先から冷えていく。
血の気が引く寒さがあるのに体は火照っていて、のぼせた頭で思い浮かべていたら、“会いたい”の四文字が胸の中で小さな火を灯した。
炎暑の影響で思考力が奪われていたのが、逆に良かったのかもしれない。
「……なに、あんたどっか行くの?」
「ん。友達のとこ」
「は?姉ちゃんに友達?」
シャワーを浴びて着替えて、家を出る前に喉の乾きを潤そうとキッチンへ立ち寄ったら、母と弟に鼻で笑われた。
それも気にせず冷えた水分を胃に落として、財布とスマホだけを黒スウェットのポケットにしまいこんで玄関へ向かった。
「文乃」
出る直前、静かな声に呼ばれ振り向くと、父が立っていた。
「どこか行くのか」
「…ん」
「お小遣いは、足りてるか?……念のため、渡しておくから」
「ん。ありがと」
このためだけにわざわざ来てくれたんだろう。「お母さんには内緒な」と、こそこそ渡された数枚のお札を受け取って、頼りない八の字眉の父を置いて外へ出た。
少し歩いたところでスマホを取り戻して、勢いだけで電話をかける。
『……もしもし』
出てくれるか不安になる前に声が聞こえて、心の準備はすでに万全だと思っていたはずなのに、いざ本当に話せる状況になると途端に緊張して喉がキュッと締まった。
口は開く。
何度も開けては閉じてを繰り返し、たまに声にもならないような情けない音が漏れた。
『葉山?どうしたの。なんかあった?』
聞き心地のいい、滑らかで柔らかな喋り方が心を穏やかにしてくれると同時に、ドキドキとした痛みも運ぶ。
会いたい。
って、言う。
たった一言、伝えるだけなのに。
「あ、の…」
こんなこと迷惑かな?おかしい?気持ち悪がられる?なにこいつって思われるかも。会いたいって友達同士でも言ったりするのかな。もし言わなかったらどうしよう。変な奴って思われたくない。嫌だって断られるのが怖い。拒否されたら?こうしてる今もうざいって思われてるんじゃ…?
不安が文字列となり、乱雑に弾けて降り積もっていく。
内側でパンパンに膨れれば膨れるほど吐き出すことが困難になって、声を出そうとしても声帯が動いてくれない。
なかなか話し出さない私に痺れを切らしたのか、珍しく大きなため息をするのが聞こえた。
呆れられた、かな…?
『あたし今、ばぁばの家にいるのね?』
「ぁ……う、うん」
『住所教えるから、よかったらおいで』
「っい、いいの」
『…来るなら早めに来て』
さすがの御堂さんもイラついていたみたいで、ブツリと通話が終わった。
来ていいって言ってくれたけど、本当に行っていいのかな?もし怒らせたんだとしたら、察して行かない方がいい?ここで真に受けて行くのは変?
どこか距離を感じられた態度に怯えてその場で足を竦ませること、数分。
会って嫌な顔をされるよりも、会えないまま一日が終わる方が今の私にとっては苦痛だと感じる本心に気付けたから、震える足を踏み出して御堂さんの元へ走った。
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