第五節「ギルドの思惑、国家の影」

夕暮れの足立区竹ノ塚。

西新井大師での初任務を終えた一翔たちは、ギルド支部に戻ると同時に、それぞれの疲れを感じていた。


「いやぁ、思ったよりちゃんと動けたな……」


橘蓮司が缶コーヒーを一気に飲み干し、椅子の背にもたれる。


「私はもうちょっと火力出して良かったかも。後方から見てて、意外と相性よさそうだったしね」


白神紗夜は足を組み、端末で先ほどの戦闘ログを確認している。


「……でも、どうして初任務から“人型”が出る? 普通、最初はスライムとか、動物型じゃないのか?」


一翔が問いかけると、返ってきたのは狩野の低い声だった。


「それが……問題なんだよ」


彼は新たに届いた報告書を一翔に差し出した。


「同日、同時刻。東京近郊のダンジョン三カ所で“人型系モンスター”の出現報告があった」


「偶然じゃ……ない、な」


「そう。しかもそのうち一体は、言葉を話したという目撃例もある」


場が静まり返る。


「それって……もう“魔物”の域を超えてるんじゃ?」


紗夜が顔をしかめる。


「いや、まだ断定はできない。だが、国家側はすでに対策会議を開いている。どうやら、**“瘴気知性化”**って言葉が出始めてるらしい」


「知性……持ち始めたってことか、モンスターが……?」


「いや、それだけじゃない」


狩野は端末を操作し、プロジェクターに一枚の映像を表示した。


——そこには、黒い鎧をまとった人影が、異形の魔物を従えて歩く姿が映っていた。


「これは……?」


「今月初め、東京湾のクレーター縁にある“環状特異点ダンジョン”からの映像だ。問題はこの“黒騎士”と呼ばれる存在だ」


その人影は、完全に人間のシルエットをしていた。だが、背後に従える魔物たちは通常の個体より大型で、眼に異様な赤光を宿している。


「……操ってる?」


「そう見えるだろ。だが、映像の最後で黒騎士は手を挙げ、言語を発した」


《……地上の者よ。我らの領域に干渉するな。》


「……翻訳か?」


「いや。日本語だった。明確に、意志と認識を持った“何か”だ」


一翔は思わず拳を握った。


「つまり、もう……これは“人類vs魔物”って構図じゃない。何者かが魔物を率いている。そういうことか」


狩野は深く頷いた。


「だからこそ、今、君たちみたいな“適応者”が求められている。ダンジョン内部に干渉できる一般人は、まだ少ない。軍隊でも深部には入れない。理由は……“適応スキル”の欠如だ」


「俺が《弱点看破》を持ってるのも、それと関係あるのか?」


「ある。というより、君のスキルがそれを証明している。瘴気に適応し、自我を保ったまま行動できる“選ばれた存在”だよ、君は」


重くのしかかる現実。しかし、それ以上に一翔の胸に広がったのは、過去とは違う「何かの中心にいる」という実感だった。


そのとき、室内の端末が警告音を発した。


「警戒レベル上昇。緊急報告、ダンジョン“環状二号縁部”にて、新種モンスター発見。識別コード:A-9908《ファントム・イミテーター》」


「イミテーター……?」


狩野が端末を確認し、血の気が引く。


「……こいつは厄介だ。擬態型魔物……ただし、人間に“成り代わる”タイプだ」


「成り代わる?」


「そう。外見、声、動き、さらにはスキルすら模倣する。“誰か”になりすまして接触してくる」


「それって……もしかして、もうどこかに入り込んでるってことか?」


「可能性は高い。……そして問題は、この“ファントム”が、どうやって“人間の記憶”を得ているのか、だ」


部屋に再び重苦しい空気が流れる。


「……一翔、お前の家の“ダンジョン”は今、どうなってる?」


狩野がふと問いかけた。


「閉じてる。自分でも“開けよう”としなければ反応しない。でも、内側に“何か”がいるのは……感じる」


「感じる?」


「分からない。ただ、あそこは……俺の“意思”に反応して、形を変える。まるで“生きてる”みたいに」


紗夜が視線を向ける。


「つまり、“主の意思”で構造が変化するタイプ……『マイルーム・ダンジョン』ってやつか。初めて見たよ、実在するの」


「俺もまだ詳しくは分からない。でも……中に、何か“記憶の断片”みたいなものが漂ってる気がする」


その言葉に、狩野は何かを思い出したように小さく呟いた。


「記憶……やっぱり繋がってるのかもしれんな。“人の記憶”と“瘴気構造体”は」


「どういうこと?」


「いや、まだ仮説にすぎない。だが、瘴気が拡がるとき、一部の記憶情報が“空間に溶け出す”可能性がある。もしそれを“読み取る”存在がいれば、“なりすまし”は可能だ」


「……世界が、“内側”から歪められていく」


——その実感だけが、じわじわと現実に染み込んできた。



その夜。


朝比奈一翔の自宅。竹ノ塚の閑静な住宅街にある、ごく普通の一戸建て。


自室のクローゼットの前で、一翔はそっと手をかざす。


——パコン。


音もなく、空間がひび割れ、**“ダンジョンの入り口”**が姿を現した。


(俺が、“抗える場所”はここしかない)


一翔はゆっくりと、闇の中へと足を踏み入れた。


その背中を、誰かが見つめていたことを、このとき彼はまだ知らなかった。

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