16 Relax

 碧人の願いとは裏腹に、雨は宵の口辺りには小降りとなり、夜更けには雲のない夜空がエリアを覆っていた。


 天窓から月光が差し込む中、儀式の支度を終えた碧人。用意されていた神輿に乗り目的地へ向かう。夜の「聖湖」への岩稜を、薄灯りをなびかせ登っていく。


 文字装飾された大きな箱のような神輿。どこか「契●の箱」を連想させるその中に座するも、身体が前後左右に激しく揺れる。複数で担いでいるとはいえ、傾斜の厳しいガレ場を登っているのであろう、マッシュウルフの毛先が頬を刺し続ける。


 だが今、そんな揺れが気にならいほど碧人は別件に悩まされていた。それは、、、


“くっそ、マジ寒ぃ、、こんな薄着って、凍死しろってことかよ、”


 11月の夜、東北地方山岳地。温暖化により積雪こそないが厳しい寒さが吹き荒れる。儀式用であろう、薄桜色の長襦袢に緋色の帯だけで神輿の箱に詰められた碧人。足先を覆う白足袋や上半身を擦り続け、「寒さ」に耐え忍んでいた。


“ヤバだろこれ。この寒さの中、こんな服だけって、儀式の前に凍●するだろ、、あぁ、、マジ限界、マジもう無理、もう無理、もう、、”


 せめて何か羽織るものを、、そんな求めを叫ぼうとするが、思い出す。神輿を担いでいる者、20人ほどい全員が「六尺褌」と「鉢巻」のみを装着した男であり、それ以外は何も身に着けていなかったことを、、


"駄目だ。拠無い。このまま耐え続けるしかない。“


 「囘炎」と記された布蔵面の下、儀式的な化粧を施された表情に諦念が滲む。そんな碧人は少しでも意識を「凍●」から逸らそうとこれからのことを考える。あの湖で行われる儀式について、思いを巡らせていく、、


“また、あの変な体験をするのだろうか?”


 未知なる存在への怯え、不可思議な感覚に溺れることへの不安、自分の輪郭が保てなくなることへの恐怖感、、様々な想いが神輿の揺れと共に攪拌されていく。


 だが、碧人は知る、、いや、知っていた。自分が求めていることを。あの感覚の先、溺れ、沈み続けたその先、、自分という輪郭を失った先にいるであろう「何か」との邂逅を、、


『でもまだ、宝石を拵えるに届かない、』


 箱の中、そんな声が聞こえたように感じる。だが直ぐに、それは寒さと揺れに消され、碧人の耳朶から滑り落ちていった。 



    ****



 丑三つ時の山腹に幾つもの松明が並ぶ。


 14年前、世界に複数出現した「マラカイトレイク」の一つであり、「囘炎教」が「聖湖」と崇めるカルデラ湖。直径、200mほどある巨大な円柱の窪みに下弦の月が浮かぶ。

 

 湖の淵となる崖に立つエリスラ。5mほど下で蠢く湖の表面を見据え、両手を広げ、祈りを捧げるかのように何かを呟き続ける。経のような、呪文のような、詠唱のようなものを、ホーミーのような波動を湖水に滴らしていく。


 やがて、、言葉に応るかの如く湖水面が上昇していく。音もなく、上昇した水面がエリスラの立つ淵を飲み込んでいく。自分の靴に湖水が染みていくのを確認し、後方に視線を送る。


 少し離れた場所で神輿を地に降ろし控えていた男達。逞しい肉体から湯気をあげ、互いの視線でタイミングを計り担ぎ棒を肩に乗せる。そして、ゆっくりエリスラの脇へ進むと、再び、慎重に、湖水で濡れる地に神輿を降ろした。


 気づけば山風は消え、周囲は静寂に包まれ、下弦の月が時空を溶かしていく


「蛇人様、着きました。」


 エリスラの言葉と共に、神輿の上、碧人が入っていた箱の扉が開く。すると、猫のように背を丸め、冷凍食品のように固まった塊が地面に転がり落ちた。


 捲れた造面から僅かに覗き見えるチアノーゼで変色した唇が、何かを呻いた。



    ****

 


 、、あれが、ターゲットか?」


 碧人が神輿から転げ落ちるのを昆虫型ドローンで観察するハシン。マラカイトレイクがある山腹から更に山頂へと登った岩場の影、モニターに映る襦袢姿を指さしながら話す。小さくてよく分からんな、と。


「仕方ないっす。これ以上近くに『蜂』を飛ばすと連中に気づかれるっす。」

「こんな場所なのにか?」

「標高1000m以上、この低温状況で虫は殆どいないっす。それに__


 あの湖の周辺には特殊な振動音センサーが幾つも設置されていること、武装し身を潜める存在が多く確認されていること、そして、、


 __隠れている連中が持ってる銃、あの国の銃ですね。」


 身を潜める者が構える銃、、それが旧式のQBZ95であることからして「囘炎教」が単なる宗教団体ではないことを強調するアンディ。因みに、振動音センサー機器はイスラエル製の最新式であると付け加える。


「独自の武器輸入ルートがある宗教団体なんて、、やばいに決まってますよ。」

「武装した一個小隊と最新防衛機器に囲まれ、こんな場所で密儀を執り行っている宗教団体、、」


 やばくない訳ねぇな。呟き、サバイバルナイフの先端でモニターを突くハシン。もみ上げから顎先まで覆うアラブ系らしい髭が問う。あのガキ、何者なんだと。


「さぁ、分かんねぇす。でもあの連中も必死に行方を追っていたことからすると、多数の組織から狙われて、、


 __ハシンさん、これ、」


 咄嗟、前屈になるアンディ。9インチサイズのモニターを凝視する。


「湖の表面、変化してませんか?」


 ドローンが送信する上空からの映像。そこに移された湖の表面から幾つもの突起物が伸びていく。磁性流体が見せるスパイク現象のような様に、真綿で締められるような感覚に、眼を細める2人であった。

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