6 There is a light that never goes out ①

 夜霧の高速ICを降り、街頭も監視カメラもない道を1時間ほど進む。秋が無くなった山道、燻煙のような霧の中、舗装されていない砂利道を進む。


「碧ちゃん、、そろそろ『イエローエリア』に入るわよ、」


 少し前に目覚めた碧人に話しかける。


「・・うん、」


 憂鬱そうに返事をする碧人。着ていたシャツと速乾性の高い肌着を脱いでいく。先のように『盗撮』を気にすることもなく上半身を晒す。


 続け、スポーツブラのようなものを素肌に着けた碧人は添えられている鏡に自分を映す。まつエクをつけ、アイラインを描き、撓垂れた眦に色を入れていく。双眸から雄の逞しさが消え、雌らしい艶やかさが浮かんでいく。


 同時に、江沼には見えていく。後部座席モニター越しでも分かるほど、雌の表情を描くにつれ、暗澹たる感情が滲んでいくことを。

 

「碧ちゃん、戻りたくなければ、、」


 デニムのショートパンツを脱ぎ、白のスラックスへと着替える碧人。絹の擦れる音に不安が混ざっているのが分かる。戻りたくない、、そんな心の声が届いていく。


「戻らなければ駄目ってことではないのよ、、碧ちゃんが嫌ならこのまま、、」

「大丈夫です。このまま『イエローエリア』へ進んでください。」


 眼を閉じ、不安を押し込むように告げる。あそこでの生活に何等不満はなく、寧ろ、ありがたい、と。


「投棄された僕を受け入れてくれた場所です。それだけで感謝ですよ、」

「投棄って、碧ちゃんそれは、、」

「それにまだ、あの取り立て連中、僕のこと諦めてないんでしょ?」


 詰め襟のある白い学生服のような上衣。ボディコンシャスでありながらも、どこか修行僧的な印象がある服の前ボタンを留めながら話す。しつこいなぁ、、と。


「僕に価値なんてないのに。親族から見捨てられ、母親は顔も名前も分からない。あるとしたら臓器ぐらいだけど、今はiPS細胞の『人工臓器』が大量に流通してる時代でしょ?そんなに価値があるとは思えないけど、、


 、、あとは人身売買ぐらいだけど、そっちも『アンドロイド』の流通でかなり価値は暴落してるって話だし、、アカデミックも平均値、アスリート系もアート系の才能もない。そんな僕を捕まえても、、」


 白い手袋をつけ、頭部に白いニカブのようなものを装着しながら話す。そんな自分を、価値のない自分を手にしても、意味ないのにと。


「確かに、、連中が碧ちゃんからお金を得るのは難しいと思うわ。でもね、そういうことじゃないのよ。」

「面子、ですか?」

「そうね。お金にもこだわってるでしょうけど、それ以上に『逃がした存在がいる』ってことが沽券に関わるんでしょうね、」

「なら、、暫くは『イエローエリア』での生活を続ける必要があるってことですよね?」


 身支度を終え、大きく溜息を吐く碧人。バックシートに深く身を埋め瞳を閉じる。父親の作った借金により、自分の意志に関係なく身を隠して生きなければならないこの状況への想いに、言葉にできない苦しみに、自分ではどうすることもできない苛立ちに、、


 そんな碧人は、ニカブで両目以外の頭部を隠した後、車の窓を開け、夜の霧を受けながら呟いた。


「親って何なんですかね?」と。

 

 それが法律的、慣習的な意味でないことを知る江沼は、何も答えることなくハンドルを握り続けた。


 碧人の感情を知りながらも、子供のいない自分には答える術がないことに苦しみながら、街頭の無い夜霧の山道を__



    ****



 暫くの後、大きな河川に掛かる橋の傍で車を止めた江沼は、砂利道へ靴を降ろした。標高1000m程の山岳地。丑三つ時でもあり肌寒い霧がまとわりついてくる。そして、夜に染まる周囲を見渡した江沼は車の後部ドアを開けた。


 ゆっくりと車を降りる碧人。その前を歩く江沼は『イエローエリア』に通じる入口、幾つものアーチが連なる橋の影を見据えた。そしてその下、鱗のような水面と遥か先にある岸、更にその奥、威圧するように聳える山脈の陰影を見上げた。


 入口を塞ぐように並び立つ者たちへ軽く会釈する。だがそれを無視し、背筋を伸ばし、江沼の脇を通り抜ける者たち。色違いではあるが碧人と同じような衣服を纏ったそれらは、礼儀を込めて跪いた。


「お帰りなさいませ、蛇人様」

 

 その呼名に、ニカブのような布から垣間見える碧人の視線が少しだけ動く。感情を全て削ぎ落したような、どこか、爬虫類のような眼が返事を示す。


「さぁ、司教様がお待ちです、」


 立ち上がり、橋の奥へと促すそれらと共に歩き出す碧人。すれ違う江沼に視線を向けることもなく、橋を渡り進むこと、それが当然であるかのように歩いていく。


 夜霧の奥、朧な月光に照らされたアーチ状の橋を、まるで、龍の背のように遥か対岸まで連なるアーチの橋を、振り向くこともなく__

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