第1章 1 Surfin′ Y.U.S.A.
・・この曲、チャック・ベリーの“スウィート・リトル・シックスティーン”をベースにしてるって話だけど、、
でも、完全にブライアン・ウィルソン・ワールドだよな。
不思議だよな。フェンダーのスプリングリヴァーブを使うと一気にサーフ・ミュージック感マシマシになるよな、、
そういえば、ビーチボーイズってモズライト使ってるイメージあるけど、それってある種の「認知バイアス」だよな。どちらかといえば、ジャガーとストラトがメインで、、
ディック・ディルもストラトだし、アストロノーツもジャガーとジャズマスターだから、、
やっぱフェンダーこそサーフ・ミュージックの、、
__隣から洩れ続ける「訳の分からん話」を受け流す少年。激しい雨音を奏で続ける車体を眺め続ける。その視線の先、、
シェルピンクのキャデラック。1960年代後半の2人乗りオープンカー。少年の知る車とは異なり、広く、ラクタングルな感が強いボンネット。初めて見るコラムシフトMT。帆は後から設置した、、ジェット機の巣タピライザーをイメージしたテールフィン、、
そんな説明を受けた車を助手席から眺める少年は記憶を探る。確か車名は、、
“あれ?なんだっけ?確か、悪魔みたいな名前だったような気がするが、”
上手く思い出せない少年だが『そんなことより今は、、』と早々に探索を諦め、冷えきった身を抱きかかえながら、フロントガラスの奥、雨水で緩む世界へと意識を向けた。
強く吹き込む隙間風に身を震わせる。サンタモニカビーチを連想させる音楽を他所に、真冬のような厳しさが勢いを増していく__
「あの、、暖房いれませんか?」
四肢を畳み込み、団子虫のような姿勢で左隣へ声をかける。が、黒いブーツをダッシュボードに乗せたそれは答える。頗る、そっけなく。「ねぇよ」と。
「外した。」
「はぁ?」
「元々は装備されてたんだけどな、、なんか~店員が言うには~、こいつ古いから『暖房』に大量のフロンガスを使用するらしいんだってよ。」
「暖房にフロンガス?そんな車、、」
「ほら〜フロンガスってもう毒ガス扱いだろ?価格も高騰し続けてるらしいし〜、で、今後のことも考えて、エアコン無くしてカーステつけないかって勧められたんだよ。」
「・・はぁ?」
「なんか~、丁度、カセットテープ対応の高級カーステユニットが手に入ったとかで、、それを変わりに付けないか?って、」
「・・・はぁ?」
「それでよ、なんか~JFLって高級スピーカーも一緒に購入してくれれば取り換え工賃なしの特別セット価格でご奉仕します!!って強くお勧めされて〜」
「・・JFL??それ、日本フットボール、、」
「まぁ、オープンカー購入するんだからエアコンなんか気にする必要ねぇよなって思って〜即断即決して〜
いやぁ、美人だと色々得するよな〜アタシ的にはラッキーって感じで即断、、
__色々突っ込み所が多い話ではあったが、結局のところ『暖は取れない』と判断した少年は、様々な言葉を飲み込み、寒さにその身を震わせ続けた。
“駄目だ、、このままでは凍死する。”
確実に、自分の骨肉から体温が削られていくのが分かる。痛みに表情を顰める少年は救いを求めるように尋ねた。「何か、着る物ないですか?」と。
「はぁ?なんでアタシがお前に施しを__だいたい、そんな恰好してんだから寒いの当然だろうが、」
「僕も望んでこの恰好してる訳では、、」
「ったく、面倒くせぇガキだな、、ほらよ、」
これでも巻いとけ、とシートの後ろから布を取り出し投げつける。
何一つその身を隠すものがなく『全裸』で震え続ける少年へ向けて。
黒く汚れた薄い杉綾織の亜麻布。オイルなのか、布が放つ独特の異臭に思わず鼻をつまむ。だが、背に腹は代えなられないとばかりにその身を布で覆った少年は、何度も、何度も、その表面を掌で擦り続けた。
「飲むか?少しは温まるぞ、」
見かねたのか、スキットルを差し出すそれ。だが中身を知る少年は、チアノーゼが浮かぶ唇を歪めながら断りを入れる。それ、蒸留酒ですよね、と。
「僕、まだ15歳ですから、」
「15歳がどうした?法を守って死ぬか?法を破って生き残るか?」
「アルコールが齎す暖かさは一時だけです、」
「今のお前にはその一時が重要だと思うぞ、、
__残された時間は、僅かなんだから、」
“確かに、、法を気にしてる場合じゃないか”
容易に人間の理性を破壊する悪魔の液体、、古来より、神々と会話ができるとされてきた神聖な液体、、世界の認識を狂わす不思議なアイテム。今、最も少年に必要な液体である、、
『どうせ、直ぐに未成年飲酒を裁く存在もいなくなるんだから、飲んでしまえば、、』
そんな囁きに手を伸ばしスキットルと受け取ろうする、、
だが、少年は断った。自虐的な笑みを浮かべ、アルコール依存症が齎す暴力の犠牲になり続けた自分には、飲むことができない、と。
血の気が引いた顔ではあるが、決意が籠るその眼に納得したのか、小さく何かを呟いたそれは差し出したスキットルを自身で飲み干した。
「あの、、現代において飲酒運転は普通に死刑、もしくは、無期懲役ですよ。」
「安心しろ。流石に飲酒運転はしない。もう、、運転する必要は、、
ステンレス製のコームを胸から取り出し、リーゼントのサイドとポンパドールの前髪を整える。ダッシュボードに乗せていたブーツを降ろし、前傾姿勢でウッドステアリングハンドルに額を乗せたそれは、顎に下げていたマスクで鼻と口を覆った。
そして指先を軽く動かし、フロントガラスの奥へと視線を促すそれは、少年に伝えた。
「まぁ、今降ってんのが雪だから、まだ、僅かにだが、時間は残されてると思うが、、
__お前、覚悟は良いか?」と。
知らぬ間に、先まで降っていた雨は雪へと変わり、車内の気温は更に厳しさを増していた。そして、未知への怯えに煽られる中、古い車のシートの上、オイル系の異臭がする布を纏っただけの少年、、
海上 碧人は呟いた。
“なんでこんなことになってしまったのかなぁ” と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます