僕のGSを取り戻すために

ora-tuyu

Prologue

 __シンギュラリティが起きたと叫ばれてから20年ほどが経過した世界。


 宗教、科学など様々な面で変革が起き、社会の利便性、公平性、機能性が急激に変化すると同時、AIと人間との差異を誰もが考えるようになった世界。


 その中でも、特に大きく変化したもの。それは、人間という生物における女性と男性の関係性、、


 __つまり、雌と雄の交わり方だった。


 シンギュラリティが起る以前、2030年後半頃、世界では「フェミサイド」や「性犯罪」により命を落とす女性の数が急増し、一部宗教による女性への過剰な弾圧/差別もあり、男性の「歪んだ欲望」への対策が世界的急務となっていった。


 そんな中、当時のAIの多くが「セクサロイド」の開襟を進言した。


 男性の特殊性癖や男尊女卑思想。その根絶、治療は難しいが、性欲を定期的に消化することは「犯罪減少」の効果があると判断したのだった。


 導入後、様々な批判や倫理的問題が生じていくが、一定の効果が認められていくにつれ、世界の性風俗産業はその意味を大きく変化させていき、やがて、男性が性風俗に通うことは一つのセラピーと化していった。


 そんな背景がトリガーとなったかは定かではないが、「セクサロイド」導入率の高い国(主に経済先進国)では、女性と男性の関係性で分断が深まる傾向がみられるようになっていった。


 女性が関係を持つ相手(一般的には男性を指すが)に求めるものが「自分をより成長させてくれる存在」「互いに支えあい人生を歩んでける存在」などといった、「良き隣人」的要素を主としていく反面、、


 、、男性が女性パートナーに求めるものは旧態依然のそれ(容姿だったり性的魅力であったり家事や料理といった自己への無性の奉仕)であり、女性に対し「性的パートナー」や「母親になること」を求める傾向に大きく変化は見られなかった。


 結果、女性と男性における恋愛という言葉の神秘は薄れ、結婚という制度の幸福は薄れ、「妻」「夫」という言葉は書類の形式だけの存在へと変貌し__



 __そう、、これは、子供が生まれる手段とその存在意味までもが変わろうとしている世界の物語。それまでの天秤では量ることができない事案が多発するようになった世界の物語



   ****



 そんな、目に見えない天秤が揺れ続ける世界。


 シンギュラリティが起きてから数年後、「セクサロイド」が開襟された頃の日本。とある山岳地帯にある壮麗な湖。孔雀石のような模様を浮かべる、直径10mほどの小さな湖の畔。


 そこに、ある男が跪いていた。


 小雪が舞う中、まだ外見では女男の区別のつかない幼児と思われる存在。透明な指で無垢な唇を擦る天使を前に膝をつく男。


 羽に絡む小雪を払うように、何度も何度も、両足をそろえ飛び跳ねるそれを見据え、男は話していく__



 __そうだ、、この世界で神に選ばれた存在は必ず雌雄に別れる。あの洪水伝説に基づいて、世界は構成されてきたんだ、、


 つまり、雌雄のない生き物は、、そんな危険な存在は、、


 安心しろ、お前は「男」。ホモサピエンスの「雄」だ。間違なくお前は、、


 あぁ、、それに、現代では様々な雌雄同体生物が認められている。科学的には認められている。宗教的にもそう簡単に否定したりはしない、、簡単にはな、、


 だから、、俺は、、お前に謝らなければならない。これから先、お前が受ける苦難を思うと、、謝らなければ、、


 いつの日にか、お前はこの湖に殺される。そして、方舟に乗れなかった多くを救うため、お前は、、お前は、、


 あぁ、、すまない、、本当にすまない。赦してくれ、、俺は、、



 __繰り返し謝罪するその背、その声、その意味を理解できず、無邪気に羽搏きつづける幼児の笑顔だけが、深まる雪と共に周囲を駆け続けていった。

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