第11話


 カエデに連れられてカズネ達が中庭に向かうと、確かにカズネとカエデの花は全て無残な状態になっていた。

 しかし、それは二人のの花壇だけではない。



 何と、テストの範囲内にと個別に指定されていた全員の庭が、容赦なく全て踏み潰されていたのである。



 人型というよりは、動物の足跡の様だ。

 土を掘り返された跡や、悲しく散った花びらの山、半ばでぽっきりと骨の様に折れてしまった木などもあり、駆け付けた生徒達が膝を折って涙を流している。


「……い、いや。これは、……どうしたことだい? ここは他に比べても、あれだけ綺麗な花畑になりつつあった場所なのに」

「俺もわからない。でも、俺がチェックに来た時には、もう」


 カエデも苦しそうに首を振る。

 彼が微笑み以外の感情を表に出すのは珍しい。恐らく、自分達のだけではなく、ここにある全員の花畑が駄目になっていることに心を痛めているのだろう。



 カズネ達は、花咲人だ。



 そのせいなのか、草花を慈しみ、愛し、大切に守り育てたいという気持ちが強い。

 そんな愛しき花達が全て無残な状態で荒らされていれば、引き裂かれるほどに耐えがたい痛みをともなう。カズネも、散った花びらや折れた茎を目にしていると、彼らの悲鳴が耳元で叫んでいるかの様に苦しい。

 ナツキやリンネも痛ましそうに眉をひそめていたが、掘り返されている土を手に取って原因を確かめていた。次いで、その近くにある花々を見て溜息を吐く。



「……恐らく、野菜目当てだな。これ、サツマイモだろ?」



 ナツキがしゃがみ込んだまま、該当者の生徒を見上げる。

 指摘され、はっとなって生徒が目を見開いた。他にも我に返って己の花畑を振り返る者達がいる。

 ナツキの指摘で、今回のこの惨状の原因に気付いたのだろう。


「まあ、サツマイモってのは花ってのは綺麗だもんな。結構珍しいし、選ぶのは仕方なかったんじゃねえの」

「……っ、お、お、おれたちの、せい、で」

「ち、違うわ。……私達の方は、じゃがいもの花を育てた、もの」

「お、お、俺達は、リンゴの花、を……っ」

「……。……どの野菜や果物も、花が咲いている時はまだ収穫時期ではないですが、動物達にとっては関係ないですからね。今回はたまたま運悪く、見つかって食べられてしまったのでしょう」


 野菜や果物の花は、可愛らしいものも多い。実が本格的に膨らむのはどれも花が枯れ始めるあたりだから、選んだ生徒達も多かったのだろう。

 そして、どこからか作物の匂いを嗅ぎつけ、動物達が乗り込んでしまった。他の野菜や果物を育ててはいなかった小さな庭達も、動物達に踏まれて被害に遭ってしまった。そういうことだろう。


 テストまでの短い期間だからと言って、動物対策をおこたったのは学生達だ。


 恐らく教師はそこまでを含めて『テストの内容』としているだろう。――教師とは、優しくも厳しい者達が多い。こういった不測の事態も含めて対策をしなければならないと、身をもって教えてくる。今までの授業も、わざと欠点を言わずに体験させて体に叩き込まれてきた。

 花に関しては、全員その場で咲かせることが出来る。そういう意味では、この被害も取り返しの付かないものではない。



 ただ、アートの様に緻密に計算しながら花を咲かせていたグループは多いはずだ。



 この面積にはこの花とこの花を。その花の上にアーチ状の様にこのつるを飾る。こちらには木々を目立たせつつ空間を大事にしよう。などなど。

 カズネは割と脳筋なのでそこまで芸術性を追求出来ないが、実際他のグループの庭の中には、まるで植物園でも始めるのかとまで思うほどに美を追求したものもあった。

 そんな彼らの労力は、一日や二日では取り返せない。

 膝を突いて、はらはらと散りゆく花びらの様にしおれていっている生徒達を見て、原因になってしまった生徒達は蒼白になっていた。


「ご、ごめんなさい……っ!」

「……」

「わ、私達が、ちゃんと、獣対策、しなかった、から……っ」

「……謝られたって」

「もう、終わりだ……。あれを一日とか、徹夜しても無理だし。そもそも体力が持たねえ……」


 燃え尽きた様に項垂うなだれる者達に、ますます罪悪感で項垂れていく者達。

 動物達が庭を荒らし回ったせいで、こんなにも悲惨な心があちこちで悲鳴を上げている。

 それは、カズネが最も見たくない光景だ。

 花は、いつかは必ず枯れ行くもの。



 けれど、その枯れて行く先にだって、また再び巡り巡って出会える喜びが眠っている。



 花は咲いて、散ったら終わりではない。自分達が終わっても、また次世代の子供達にと、花も人と同じく連綿と未来をつないでいく。

 その移り変わりの光景は、人の心をも繋げていくのだ。

 さながら、花が次々と咲き連なってどこまでも続いていく様に。それを目にした者達の笑顔も、つられる様に咲き乱れていく。

 運ばれてくる甘やかな香り、爽やかな風に乗った匂い、心が躍る様な鮮やかさ、落ち着きをもたらしてくれる姿。



 それまでどんな思いを抱えていても、壮大な景色の前には全てが溶け、新たな幸福を芽生えさせる。



 どんな者にも等しくもたらされる、誰をも幸せにする花が咲き誇る日常。

 それが、きっと花咲人の本当の使命なのだ。



「……ねえ、君達」



 だからこそ、このままで終わらせてはいけない。

 カズネはゆったりと、けれど不敵に笑ってみんなに右手を差し伸べる。

 悲惨な中庭の中でうずくまる者達が。呆然と立ちすくむ者達が。――そして友人達が。一斉にカズネを振り返った。

 様々な想いが入り混じった視線に貫かれながら、カズネはしかし悪戯っ子の様に微笑む。


「確かに今回のことは、不幸な出来事だったよ。今まで可愛く育てていた花が、全て散ってしまったんだからね」


 カズネだって苦しい。せっかく咲かせた初めての花まで踏み潰されたのだ。踏み荒らした動物達は、必ずやこの手で仕留めてみせよう。その心意気でいるくらいだ。

 しかし、今は後回しである。


「けれど、だからこそ、私達にはこの花を盛大に供養し、神の御許みもとに送る必要がある。違うかい?」

「……、供養?」


 ここにいる花達を全て供養し、また新たな未来へと昇華していく。

 花が次の世代へと己自身を繋げていく様に。志半ばで散ってしまった花達を、一緒に未来へと連れていくのだ。



「我々は、花咲人だ! 花を咲かせ、大地に根付かせ、実りを豊かにし、何より人々に笑顔を咲かせる使命がある!」

「――」

「そんな私達が、ここでくじけてどうするんだい! 大人になったならば、――いいや。こうして花咲人として必死に力を磨いて生きている今だって! こんなことが起こるのは一度や二度じゃあない。そのたびに、我々は嘆いて何もしないつもりかい? それは本当に花咲人と言えるのかい! 違うだろう?」



 ぐっと拳を握ってカズネが叫べば、誰もがはっとした様に目を見開く。

 カズネは胸を張る。

 花咲人としてはまだまだ半人前未満。つい最近までは、枯れた色の花しか咲かせられなかった落ちこぼれだ。

 けれど、ナツキが、リンネが、――そしてカエデが。何だか嬉しそうにカズネを見て笑うから。

 だから、カズネも彼らに押されるままに笑顔を咲かせて宣言出来る。



「だからね! ――私達全員で、ここに花の楽園を作ろう!」



 二人一組なんて関係ない。

 カズネ達は花咲人なのだ。花に対する思い入れは、みんな一緒だ。

 もはやテストの条件からは外れるかもしれないが、大きく外れてもいないだろう。

 何故なら、テストの条件は、将来を見越して課されたものだ。

 ならば、カズネがこれからやりたいことは、きっと教師の思惑にかなったものである。


「私達全員で協力すれば、きっとすごいものが作れるよ!」

「カズネさん……」

「一人一人が、さいっこうの力を持った花咲人なんだ。そんな私達が全員で力を合わせれば、それはもう、動物達だって美し過ぎて近付けない楽園が出来るさ! 違うかい?」

「……。……確かに」

「……みんなで作ったら、どんなものになるのか。見てみたいわ」


 落ち込んでいた学生達が。立ち竦んでいた学生達が。ただただ呆然としていた学生達が。一人、また一人と立ち上がっていく。さながら、人に踏まれてもまた起き上がる雑草の様に。

 その彼らのたくましさは、カズネにとってはとても眩しい、尊い美しさを放つ花の様な輝きに映った。



「よおっし! さあ、みんな! 動物達だけじゃあない。先生達を、いや、世界中の人達をあっと驚かせる様な、打ち上げ花火ならぬ打ち上げ花畑を作ろうじゃあないか!」

「――おうっ!」

「やりましょう!」

「いよおっし!」

「作ってみせよう!」

「なっ!」



 カズネの気合満々の宣言に、萎れていたはずの全員が、顔を上げてやる気に満ち溢れた笑顔を咲かせていった。

 その光景に、ナツキもリンネも、そしてカエデも。喜びが花開く様な笑顔を、カズネの背中に送っていた。


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