逃げないで、正面から見てよ(2)
わたしは呼吸を整えつつ……なかなか整わなくて本気で苦しいけど一生懸命深呼吸しつつ、ゆっくり顔を上げた。
「あ……きれい……」
今いるのは、元々いた公園からは結構上った高台。
目の前には真っ赤な夕焼けが広がっていた。
ここまで綺麗な空を見たのは久しぶりで、何だか見惚れてしまう。
「あのさ、瑞紀ちゃん」
わたしと同じように、広がる夕焼けに目を向ける恭くん。
ゆっくりと、そして少し緊張気味に、その視線をわたしの方に移動させた。
「俺はずっと、本気で好きになってもらいたいって思ってた」
「……え」
「それだけは、ちゃんと伝えたくて」
一昨日、わたしがうっかり口を滑らせた『本気で好きになっちゃう』という言葉への答えだと、すぐには気付けなかった。
意味を理解して呆然とするわたしに、恭くんは決定的な言葉を重ねた。
「俺は、瑞紀ちゃんのことが好き。もちろん、『大切なファンの一人』って意味じゃないよ。キミは俺にとって、特別な存在だから」
ドクンと、心臓が大きく鳴る。
“大好きな人に、特別な存在だと言ってもらえました”
普通だったら、何よりも嬉しい場面のはずだ。
だけどわたしは、「違う」と思った。
恭くんの言葉が信じられないとかじゃない。
演技する彼をこれまで誰よりも見て来たからこそ、断言できる。
今の恭くんは何も偽っていない、演技をしていない、素の彼だ。
だけど違う。
わたしにそんなことを思うのは……きっと勘違いだ。
「恭くんの初恋の人、“武藤瑞紀”なんて名前じゃなかったでしょ?」
そう言って、わたしは静かに目を伏せる。
本気で言っているからこそ。
恭くんは前に、わたしが初恋の女の子に似ていると言った。
──要するに、わたしのことが好きだというのはその初恋の延長なのだ。
そうじゃないと、ただのクラスメイトに過ぎない一般人のわたしなんかに、そんな気持ちを抱くわけがない。
「わたしは恭くんの初恋相手じゃない」
「……! 何言って……」
「その子とわたしを重ねて見てるなら、絶対、すごくガッカリするから」
これは断言できる。
だからお願い、惑わせるようなこと、言わないで。
頑張って新しい恋をして、気持ちを消して、純粋にただのファンだった頃に戻るんだ。……戻らせてほしい。
祈るような気持ちで恭くんの目を見る。
視線を受けた恭くんは、小さく「そっか」と呟いた。
「なるほど。俺のこの気持ちは、初恋を拗らせすぎたが故の勘違いだった。そういうことだね?」
意味をかみ砕くようにゆっくりと、淡々とした声で言う恭くん。
静かにうなずく。わたしの祈りは通じたらしい。
……よかった。
きっとこれで、学校でも今までのように話しかけてくることはないだろう。
ただのファンという以上の気持ちを持っているかもしれない相手に、勘違いさせるようなファンサは控えるはず。
寂しいなんて、思ったらだめだ。
今度こそわたしは、恭くんのことを遠くから応援でき……
「……なんて、納得すると思った?」
うつむきかけていたわたしは、はじかれるように顔を上げた。
恭くんは怒っているようにもショックを受けているようにも見える目で、わたしのことをまっすぐ見据えていた。
たじろいで、つい目を逸らした。
だけど彼は、それすら許さないとでもいうように、わたしの手をつかんで引き寄せる。
引き寄せられて恭くんとの距離は、彼の付けるレモンのようなさわやかな香水の香りを感じられるほど近くなる。
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