映画はとりあえず二回見る(2)
「待って、何の話!?」
慌ててそう聞けば、恭くんは「え?」と首を傾げた。
「だから、一緒に映画見るって話」
「え?」
「え?」
「なんで?」
「俺が『映画を見た人の反応間近で見たいから、明日の映画一緒に行っていい?』って聞いたら瑞紀ちゃんうなずいてたよね?」
「!?」
その言葉は記憶にない。
だけど、よく聞こえなかったのにテキトーにうなずいた記憶はある。
サッと冷や汗が流れた。
「え、あ、その、それは……」
「楽しみだなあ。クラスメイトと二人で映画なんて初めてかも」
とても嬉しそうに微笑んでいらっしゃるため、今さら無しとは申し上げにくい雰囲気でございます。
人の話はきちんと聞こう!
▽
「ほ、本当にいる……」
土曜日。
約束の時間十五分前に駅前に到着したわたしは、顔を覆ってその場にしゃがみこみたくなった。
正直、ここに来るまで半信半疑だった。
恭くんは隣の席のオタクをちょっとからかっただけで、本当は来るつもりなんてないんじゃないか……と。
疑っていたというか、そうであってほしいとちょっと願っていた。
「あー……まじかぁ……」
どうしよう。心臓がバクバク鳴っている。
物陰にいるから、まだ恭くんはわたしが近くに来ていることに気付いていない。
しばらくここで気持ちを落ち着かせたいところだけど……ちょっとそうは言ってられない事情があった。
「っ」
わたしは意を決して恭くんの待つ場所まで全力で走る。そして彼の手首をガシリと掴んだ。
「ちょっとこっち来て!」
「……え、瑞紀ちゃん?」
驚いた顔をする彼を、そのまま人目につかない場所まで引っ張っていく。
そこで改めて恭くんの格好を見て、大きくため息をついた。
「~~っ! その伊達メガネで変装したつもりなの? 甘すぎ!」
「え……だめかな」
「オーラが全然隠せてない!」
恭くんの服装は、白シャツに濃いグレーのパンツを合わせ、黒のカーディガンを羽織るというスタイルだ。シンプルで大人っぽいけれどよく似合っている。
てか足長いな。モデルかな……?
あまりの麗しさにさっきから心のカメラは連写しまくっているが、ここは自分の立場をわかってもらうためにも、心を鬼にしてハッキリ言わなくてはならない。
「あのね。今の時代、一枚写真撮られて呟かれでもしたら、本当に一瞬で拡散しちゃうんだよ! 一瞬。本当に一瞬だからね! ファンのコミュニティーまじで怖いからね!? わかってる!?」
若い同世代の男女が二人で出かけるというこの行為、世間では“デート”と呼ばれる。当人たちにその認識はなくとも、だ。
誰かが恭くんとわたしが一緒にいるところを目撃し、SNSに『天羽恭くんがどっかの女とデートしてたんだけど! ショック~!』なんて投稿されては、わたしは二度と同担たちに顔向けできない。
恭くんは、わたしに言われて見るからにシュンとした。
「ごめん。確かに考えが甘かったかも。瑞紀ちゃんに迷惑かけるところだったよね」
「え、ううん! わたしのことはどうでもいいの。ただ、これからどんどん売り出さなくちゃならない恭くんに、女の影がちらつくのは良くないから……」
「俺、朝からかなり浮かれててさ。おかげで約束の三十分以上前に来ちゃったんだよね」
恭くんはそう言うと、照れくさそうに頬を掻いた。
浮かれ……?わたしと映画を見に行くのをそんなに楽しみに……?
……。
妙なことを考えそうになって、とりあえず自分で自分の顔を殴った。
落ち着け。だからファンサービスなんだよこの台詞は。
「んん……まあ」
わたしは軽く咳払いして言う。
「お互い早めに来たから映画までまだちょっと余裕あるし、マスクと帽子ぐらい買いに行こう?」
駅のそばに薬局があったはずだから、とりあえずマスクはそこで。帽子は……ショッピングセンターまでに服屋さんがあったかな。
頭の中でこの辺りの地図を広げて考えるわたしに、恭くんは「ありがとう」と申し訳なさそうに笑う。
そして、当たり前のようにサラリと付け足した。
「それはそうと、瑞紀ちゃんの私服姿、すごく可愛いね」
……もう一度自分の顔を殴る羽目になったのは言うまでもない。
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