映画はとりあえず二回見る(2)

「待って、何の話!?」


 慌ててそう聞けば、恭くんは「え?」と首を傾げた。


「だから、一緒に映画見るって話」

「え?」

「え?」

「なんで?」

「俺が『映画を見た人の反応間近で見たいから、明日の映画一緒に行っていい?』って聞いたら瑞紀ちゃんうなずいてたよね?」

「!?」


 その言葉は記憶にない。

 だけど、よく聞こえなかったのにテキトーにうなずいた記憶はある。

 サッと冷や汗が流れた。


「え、あ、その、それは……」

「楽しみだなあ。クラスメイトと二人で映画なんて初めてかも」


 とても嬉しそうに微笑んでいらっしゃるため、今さら無しとは申し上げにくい雰囲気でございます。


 きょうくん……じゃない、教訓きょうくん


 人の話はきちんと聞こう!



「ほ、本当にいる……」


 土曜日。

 約束の時間十五分前に駅前に到着したわたしは、顔を覆ってその場にしゃがみこみたくなった。

 正直、ここに来るまで半信半疑だった。

 恭くんは隣の席のオタクをちょっとからかっただけで、本当は来るつもりなんてないんじゃないか……と。

 疑っていたというか、そうであってほしいとちょっと願っていた。


「あー……まじかぁ……」


 どうしよう。心臓がバクバク鳴っている。

 物陰にいるから、まだ恭くんはわたしが近くに来ていることに気付いていない。

 しばらくここで気持ちを落ち着かせたいところだけど……ちょっとそうは言ってられない事情があった。


「っ」


 わたしは意を決して恭くんの待つ場所まで全力で走る。そして彼の手首をガシリと掴んだ。


「ちょっとこっち来て!」

「……え、瑞紀ちゃん?」


 驚いた顔をする彼を、そのまま人目につかない場所まで引っ張っていく。

 そこで改めて恭くんの格好を見て、大きくため息をついた。


「~~っ! その伊達メガネで変装したつもりなの? 甘すぎ!」

「え……だめかな」

「オーラが全然隠せてない!」


 恭くんの服装は、白シャツに濃いグレーのパンツを合わせ、黒のカーディガンを羽織るというスタイルだ。シンプルで大人っぽいけれどよく似合っている。

 てか足長いな。モデルかな……?

 あまりの麗しさにさっきから心のカメラは連写しまくっているが、ここは自分の立場をわかってもらうためにも、心を鬼にしてハッキリ言わなくてはならない。


「あのね。今の時代、一枚写真撮られて呟かれでもしたら、本当に一瞬で拡散しちゃうんだよ! 一瞬。本当に一瞬だからね! ファンのコミュニティーまじで怖いからね!? わかってる!?」


 若い同世代の男女が二人で出かけるというこの行為、世間では“デート”と呼ばれる。当人たちにその認識はなくとも、だ。

 誰かが恭くんとわたしが一緒にいるところを目撃し、SNSに『天羽恭くんがどっかの女とデートしてたんだけど! ショック~!』なんて投稿されては、わたしは二度と同担たちに顔向けできない。

 恭くんは、わたしに言われて見るからにシュンとした。


「ごめん。確かに考えが甘かったかも。瑞紀ちゃんに迷惑かけるところだったよね」

「え、ううん! わたしのことはどうでもいいの。ただ、これからどんどん売り出さなくちゃならない恭くんに、女の影がちらつくのは良くないから……」

「俺、朝からかなり浮かれててさ。おかげで約束の三十分以上前に来ちゃったんだよね」


 恭くんはそう言うと、照れくさそうに頬を掻いた。

 浮かれ……?わたしと映画を見に行くのをそんなに楽しみに……?

 ……。

 妙なことを考えそうになって、とりあえず自分で自分の顔を殴った。

 落ち着け。だからファンサービスなんだよこの台詞は。


「んん……まあ」


 わたしは軽く咳払いして言う。


「お互い早めに来たから映画までまだちょっと余裕あるし、マスクと帽子ぐらい買いに行こう?」


 駅のそばに薬局があったはずだから、とりあえずマスクはそこで。帽子は……ショッピングセンターまでに服屋さんがあったかな。

 頭の中でこの辺りの地図を広げて考えるわたしに、恭くんは「ありがとう」と申し訳なさそうに笑う。

 そして、当たり前のようにサラリと付け足した。


「それはそうと、瑞紀ちゃんの私服姿、すごく可愛いね」


 ……もう一度自分の顔を殴る羽目になったのは言うまでもない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る