第4話 七色に光る虹

光さんと出会った日から、私の日課は大きく変化していった。

今まではほとんど毎日、公園のいつものベンチに座るだけの日々だったが、残りの夏休みは図書館に通うようになっていた。

光さんに会いたいという気持ちもあったが、単純に本の面白さという事も知ったからだ。

私のうちにはテレビがなく、新聞や本、漫画もなかったから、思えば私にはいろんな事を見聞きする術がなかった。

ママの顔色をうかがう事が私の日課になっていた。それが今、本と出会えて私は世の中の事が少し分かった気がした。

本を読んで気づいた事は、世のほとんどのママやパパは自分の子供を愛しているということだ。しかし、残念ながら私のママは他のママと少し違う事にも改めて気づかされた。

その事は薄々と感じてはいたが、それに気づかないふりをしていたが、改めて認識すると読む物語によっては、悲しい気持ちが込み上げてくるが、世の中には私以外にもそれ以上に悲しい経験をした人がたくさんいる。ということも本を通じて知ることが出来た。

そう思うと少し私の気持ちも楽になった。

光さんも、時折図書館に来ては私が読んでいる横であの日のように座って本を読んだ。

一人で読むより、光さんが横にいるだけで、ぽかぽかと優しいオーラに包まれてリラックスして過ごせた。光さんは図書館の帰りに私にいつもお手製おにぎりを渡してくれた。毎回大きさや形の違うおにぎりでラップに包まれている。

おにぎりなのに見た目がお洒落で中の具材も毎回違っている。

私は毎回そのおにぎりを見るのも食べるのも楽しみだった。そんな毎日が私にはとても新鮮で楽しくて、嬉しくて、流れるように過ぎていった。







桜の花が色鮮やかなピンク色に染まりはじめた。

私はと言うと、図書館生活に慣れてきたころ、図書館で最近視線を感じるようになった。私と一緒の年ぐらいの男の子がなにやら私を見ている気がする。

その男の子の方を向くと、プイッと視線をそらす。私は勘違いかと思いながら本を読んでいた。

そんな日が何日か続いた。


ある日、私が図書館から出ると、雨がざぁざぁすごい勢いで振っていた。


「これはやむまで待つしかない。」

私は小さく独り言を言った。


「これはやむまで待つか。」

隣に来た、男の子も一人ごとを言ったかと思うと、私と目が合った。

男の子は私を見てびっくりしていた。

すこしほほが赤くなった気がした。

その子は私に話しかけてきた。


「よくこの図書館に来ているよね。」

私はこくりとうなずいた。

そして一文字の口になった。

沈黙の時間が流れ、男の子もようやく口を開いた。


「君、本が好きなの?」

こくりとまた私は、うなずいた。

雨は一向に止まず、ざぁざぁと音を大きく立てていた。


「君、今まで読んだ本で好きな本は何?」

疑問文で返されたので、私もようやく重い口を開いた。


「小公女セーラ。セーラはひどい目に合わされても誰も憎んでなくて、私、それを読んだ時に、びっくりして・・・。

辛い事があっても、この本を読むと自分も頑張ろうって思うの。」


「俺、その本は読んだことないな。」


「あなたも本が好きなの?」


「最近ね。好きになった。」


彼は鼻の頭をかきながら、照れたように言った。

またしばらく沈黙が流れた。



「雨やまないなぁ。」


と彼が言うと、黒い大きな高級車が止まり、中から、女の人が傘を持って小走りでやってきた。


「ゆう君!また図書館に行っていたのね。」

男の子のママが困った顔で言った。とても裕福で優しそうな女性に見えた。傘を二つ持っていて

一つを男の子に渡した。

「あら、ゆう君のお友達?」

いえ、違います。と否定したかったが、声が出なかった。


「そうだよ。」

男の子が否定しなかったので私はビックリした。

「よかったら、車で家まで送りましょうか?」

優しく男の子のママは私に言ってくれた。

だが、今日あった人に迷惑をかけるわけにはいかないと思い。


「ママが来てくれるから大丈夫です。」

私は嘘をついた。ママが来てくれるわけがない。とっさに、なぜだかわからないが、私は二人に見栄を張った。

現実に起こることのない嘘。なんだか虚しかった。


その時だった。白い小さい高級車が止まった。

「美音ちゃん。」

光さんが二個の傘を持って小走りで私の方に来た。


「ママ来てくれたね。」

と男の子のママは安心したかのように言った。


「じゃ、ゆう君行きましょう。」

と二人は車の方に傘をさして歩いて行った。

男の子は少し振り返ると車に乗って帰っていった。


光さんの肩が雨に濡れていた。

「今日、天気予報が雨って言ってなかったから、美音ちゃん、傘もってないだろうと思って・・・。私の大きな傘でごめんね。」

と綺麗な水色の傘を私に差し出した。

私は嬉しくて、嬉しくて、ありがとうって言いたいのに、言えなくて、下を向いて何故だか涙がこの雨のように大量に落ちてきた。


「美音ちゃん、どうかした?」

光さんは差し出した傘を申し訳なさそうに自分の方に戻した。


私は今まで一度も、私の為に誰かが来てくれる事はなかった。入学式も授業参観も運動会も、どんな時も、皆には誰かがいたのに、誰も私の所には来てくれた人はいなかった。

でも今、光さんが私の為に来てくれた。今までの寂しさが一気に涙となって現れた気がした。


「傘・・・。ありがとう。」


やっと、涙が止まり、言う事が出来た。


「ばかね。傘ぐらいで大げさな。」

と笑って光さんは言った。そして。水色のハンカチで私の涙を拭いてくれた。

私は私が持っていたハンカチで光さんの肩に付いた雨を拭いた。

光さんもなんだか涙目になっていた。


「美音ちゃん。私はこれからも、美音ちゃんが困った時や側にいてほしい時、

いつでも、どこにいても、かけつけるからね。美音ちゃんはもう一人ではないからね。」

私は思わず光さんに抱きついてまた、泣いてしまった。


今まで、雨が止んで欲しいと思っていたのに光さんが持って来てくれた。水色の傘を使いたくて私は雨が止むなと心で叫んだ。ざあざあ言っていた雨が小降りになっていた。

光さんは

「家の近くまで車で送ってあげる。」


と言ってくれたが、私は


「光さんの持って来てくれた傘で歩いて帰りたい!」

私は、はっきり言った。


「面白い子ね。」

光さんは苦笑していた。




私は泣きやみ光さんにお礼を言うと、持って来てくれた。水色の傘で歩いて家を目指した。


私の為に持って来てくれた。傘は大きかったので私は大きな何かに包まれているような気がした。

雨で木や花も喜んでいる気がした。いつもの道だが、いつもと違う道に見えた。この傘、私の為に持って来てくれた傘なの!と皆に自慢したかった。

そう思うとなんだか、笑顔になった。

私は歩きながら傘で顔を隠して笑った。

だんだん雨も小降りになり、雨が止んだ様子だったが、傘をさしたまま帰った。

通り過ぎる人が、だんだんと傘を閉じていった。

家に着いた時、空を見ると、光が差して、虹が出ていた。


「わー。綺麗。」


私は思った。

光さんだ。

光さんが七色の虹も見せてくれたんだ。

きれいな虹を見て私は改めて思った。


私の心に光さんがさらに大きな存在になったと気づいた瞬間だった。







次の日光さんにあの傘を帰そうと思っていたが傘が玄関になかった。

「ママ、玄関に置いていた傘がないんだけど知らない?」


「あれママ昨日の夜使ってどこかに忘れてきちゃった。

これからは傘盗んじゃだめよ。」

と適当に言われた。


私はあの傘は光さんに返したかったが口を一文字につぶり何も言えなかった。

私また、現実に戻った気がした。


私は、虹はすぐに消える事を忘れていた。





次の日、図書館で光さんに


「あの傘、ママに・・・。」

次の言葉が出てこなかった。ママを悪者にはしたくなかった。でも光さんに嫌われたくない思いがかっていてママまで行ってしまったのかもしれない、初めてママではなく、自分を優先してしまった自分になんとなく罪悪感も芽生えた。なんとも不思議な感覚になった。

光さん察したのか少し笑って


「あの傘あげる。最近傘を買ってね。今その傘がお気に入りなの。」


「でも・・・。」


私は少し困った。せっかく光さんが私の為に持って来てくれた傘なのに・・・。

初めての感情だか、なんだか、悔しかった。

私は口を一文字に閉めた。


光さんは微笑んで、

「じゃ、こうしよう大きくなったら、私に傘を買ってくれる?」

私は笑顔を取り戻し

「うん、約束する。

絶対返すから待ってね。」

私は笑顔を取り戻した。

光さんは小指を出した。そして私たちは

「指きりげんまん嘘ついたら針千本のーます。指切った。」


私と光さんは指切りをした。昨日から光さんに傘を返せない事で憂鬱になっていた心がきれいに晴れていった。


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