第5話_霧境機工都市・塔京へ
旅立ちの日は、静かに始まった。
朝靄が神殿の塔を包み込む中、慎也・結那・悠は、用意された霧封馬車に揺られながら東方の都市──
馬車といっても、それは“霧境”の技術で作られた異形の乗り物で、魔力炉を動力にし、霧を弾く加工が施されている。車体の表面は銀色に光り、外界の霧が触れるたびにぱちぱちと微かな音を立てた。
「……なんか、SFなのかファンタジーなのか、よく分かんなくなってきた」
車窓を眺めていた結那がぼやく。慎也も頷いた。
しかしその空気を断ち切るように、悠が地図を取り出して言う。
「塔京はこの先、吊り橋を越えて崖上に位置している。かつては魔導機関都市として栄えていたが、数日前から霧が流れ込み、炉心が暴走しかけているらしい」
「そりゃまた、わかりやすくヤバそうな展開だな」
結那が茶化すように言ったが、慎也の表情は硬い。炉心という単語に、何か胸騒ぎのようなものがあった。
しばらくして、馬車が揺れた。どうやら吊り橋に差し掛かったようだった。
その瞬間、ピシィ、と乾いた音が響く。
慌てて外を覗いた慎也は、霧の中に蠢く影を見た。
「……来るぞ!」
悠が叫んだ瞬間、馬車が急停止する。
馬車の屋根を破って、霧獣が飛び込んできた。
鋭い爪。剥き出しの肋骨のような骨格。蒸気のような霧が体から漏れ出ている。
乗客の悲鳴が上がる。
「慎也、剣!」
結那が短剣で霧獣を牽制しながら叫ぶ。慎也はとっさに腰の剣を抜き、恐怖と共に身を起こす。
霧獣が飛びかかってくる。反射的に剣を振った。
だが──空を切る。
「甘い!」
悠が割って入り、手刀で霧獣の顎を弾いた。
そして慎也に鋭く言う。
「感謝の気持ちは、相手ではなく“今守るべきもの”へ向けろ」
……守るべきもの。
目の前で泣き叫ぶ少女の姿。震える乗客の背中。
慎也は、喉の奥から言葉を絞り出すようにしてつぶやいた。
「俺が……お前らを守る……ありがとう……俺に、そう言わせてくれた……!」
次の瞬間、剣が淡く光り──霧獣の腹に一直線の閃光が走った。
霧が裂け、獣の身体が蒸発するように消えていく。
その後、馬車の修理班が現れた。魔力炉を操作して再起動を試みるが、手こずっているようだった。
「あなた方が、神殿から来た旅団の方々ですか?」
声をかけてきたのは、一人の女性技師だった。小柄で眼鏡をかけ、工具袋を肩に下げている。
「霧炉が、動力安定圧を維持できていないんです……誰か、構造図が読める方は?」
結那と悠が視線を交わしたそのとき、馬車の後方から現れたのが──瑛美だった。
静かに歩み寄り、技師の隣で制御盤を覗き込む。
「あなた……指揮を取れますか?」
技師が戸惑いながら尋ねると、瑛美は頷いた。
「あなたには、機構判断の勘があります。臨機応変の決断ができる人ですね。私はそれを補助します。あなたが前に出てください」
その言葉に、技師の顔が引き締まった。
数分後、炉心が再起動し、馬車が再び走り出した。
塔京は、目前だった。
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