第63話 第三晴嵐丸
報恩祭りが過ぎてもなお、漁師たちはソラクジラに思いを馳せて空を行く。
流石に祭りのある初日ほどの熱気と勢いはないが、それでもソラクジラ漁の期間は活気に溢れており、毎日のように漁船が空へと向かう。
彼らが願うのは、勿論豊漁。
しかし、それと同じくらい、あるいはそれ以上に、「無事に帰ること」を願っていることだろう。
第三晴嵐丸は、その日上空4200mを二時間ほど航行していた。
(今日も坊主か……)
船長ケイフリーの表情は、彼がドラグノイドであることを差し引いても硬く険しく、少なくない失望と焦りが滲み出ていた。
ソラクジラ漁の解禁日に天空鯨を獲ることを逃した彼は、翌日こそ何とかソラクジラを獲ることができたものの、それからしばらくは不漁続きであり、精々帰り際にヒコウイカを捕まえる程度だった。
彼と共に乗船した冒険者たちは、キャビンの中で退屈そうに空の様子を眺め、手持無沙汰にしている。
(冒険者を雇うのも船を動かすのも、決してタダじゃねえ。こうも坊主で赤字が続くと――)
いや、とその先は考えないようにし、ケイフリーは目の前の空に集中した。
つい昨日は、惜しかったところまではいった。
午前9時半ごろ、ケイフリーの操る第三晴嵐丸は四人組の冒険者を連れて高度4400mを飛行中、五頭からなるミンクソラクジラの群れを発見、その内の一頭に狙いを定め、網を打った。
ソラクジラは見事網にかかり、船を寄せて冒険者たちと共に銛を突き立て、仕留めることにも成功したのだが……。
「まずい、何か来る!」
船にソラクジラをつなごうとした矢先、一人の冒険者が危機をいち早く察知し、鋭く叫んだ。
次の瞬間、周囲の雲を吹き飛ばす勢いで現れたのは、全長10mクラス、鱗に覆われた漆黒の体、たてがみの生えた馬のような頭部を持つ怪鳥……シャンタク
シャンタク鳥は漁網がかかっていることなどお構いなしとばかりに両足でソラクジラを掴むと、網に繋がれたロープを引きちぎらんとする勢いで飛び上がろうとした。
当然、繋がっている船は大きく揺れ、乗組員は皆バランスを崩す。
「ちっ、クジラの血の匂いを嗅ぎつけてきやがったか! 追い払うぞ!」
尻もちをついた冒険者を立たせたケイフリーは、銛を握ってシャンタク鳥を迎え撃ち、その鱗に覆われた脚部にバシッと殴打を喰らわせる。
それに続けと言わんばかりに、冒険者たちもシャンタク鳥に銛を突きつけようとする。
しかし。
キギーッ!
すりガラスをひっかくような耳障りな声を響かせたシャンタク鳥は、疎ましそうにその銛を翼で打払い、力の差を見せつける。
そして冒険者たちが怯んだ隙に、漁網のロープを噛み千切り始めた。
「まずい、持ってかれるぞ!」
ケイフリーが応戦しようとするも、それを嘲笑うようにシャンタク鳥の翼が振るわれ、銛が勢いよく空の彼方へと吹き飛ばされた。
堪らずケイフリーが尻もちをついた途端、遂にロープが噛み千切られてしまい、ブチッという音と共に勢いよく甲板上にその切れ端が跳ねた。
呆気に取られている冒険者たちを他所に、シャンタク鳥は悠々とソラクジラを足で掴み、そのまま上昇して空の彼方へと消え去ってしまった。
しかも、飛び去るついでに甲板にボタッと糞尿を落としていくという、とんでもなく迷惑なおまけつきである。
シャンタク鳥は賢い。
間違いなく、こちらが嫌がることを完全に理解した上で、馬鹿にする意味で糞尿を落としていったものと思われる。
「畜生、やられた……!」
ケイフリーは甲板にでかでかとそびえ立つシャンタク鳥の糞を忌々しげに一瞥すると、冒険者たちにスコップを手渡し、手分けして糞の処分を行った。
しかし、甲板から漂う悪臭のせいで完全にソラクジラたちの警戒心が強まってしまい、以降はソラクジラたちに近寄ることすらできなくなってしまった。
結局その日はヒコウイカを獲ることもせず、そのまま失意の中帰港することとなった。
そんなことがあってからの、本日の漁である。
一応、昨日は帰港してからすぐに船体を洗って、糞とその臭いを奇麗に落としたつもりだが、まるでこちらの事を察知して事前に遠ざかっているかのように、全く魚群探知機に引っかからない。
怪しそうな雲の塊に何度かアプローチをかけてみても、結果はことごとく外れ。
よくあることではあるが、いざ現実としてこれが続き、連日不漁続きともなれば、プレッシャーは日々大きく圧し掛かり、心を蝕む。
(いつまでも冒険者たちを遊ばせておくわけにもいかねえ。今日こそは……)
と、この日何度目かとなる雲海へのアプローチを試みると、魚群探知機に魚影の反応が映る。
同一高度、方向は12時、距離は約1㎞。
その数、1、2、3……8、いや9。
(いや、多いな?)
違和感はそれだけではない。
成体であれば7mクラスの大きさとなるミンクソラクジラなのだが、その魚影はそれと比べるとやや小さく、せいぜい5m程しかないように見える。
ガス濃度感知器の反応も、群れの規模や距離を考慮するとやや低い数値を示している。
(……クジラじゃねえな。ったく、また外れか)
ケイフリーは悪態をつき、雲海から離脱するために舵を切ろうとし――目の端で急激にガス濃度感知器の数値が上昇していることに気が付いた。
同時に、ものすごい勢いで魚群探知機の魚影もこちらに接近してきている。
それは、第三晴嵐丸の航行速度よりも速く、明らかにこちらを「狩る」者の動きをしていた。
「……これはっ!」
まずい、と思い急いでアラームを鳴らし、キャビンの冒険者に緊急事態を告げる。
「敵襲だ!
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