水を差すは

 力量差を感じながらも怯まないエルクリッドとダインの姿勢に、シリウスは指に挟むカードを確認し手早くカード入れへ戻し入れ替えた。

 刹那にダンが天に向かって吠えると背負う円環が広がり、やがて帯のように細長い形態へ変わると蛇のごとく地を素早く這ってダインへと伸ばす。


「こんな使い方が……!? スペル発動ソリッドガード!」


「スペル発動ガードブレイク」


 驚愕しながらもすぐに防御カードを使うエルクリッドだが、シリウスのスペルによりその効果を打ち消されダインの前足と口にダンの帯が絡みつく。

 ぐんっと全身を使ってダンが帯を振るうとと共にダインも投げ飛ばされ、そのまま滝の方へと放り出され絶対絶滅の状況へ。が、目を大きくしたダインが帯の端に噛みつき逆に引っ張り、ダンを浮かせ道連れを狙った。


「スペル発動エスケープ!」


 エルクリッドとシリウスが共に同じスペルを発動し、ダインとダンの姿が光へ変わってカードの姿へ戻りながら手元へと帰ってくる。

 咄嗟の機転でダインが反撃し、それに対しシリウスも無理のないやり方をした。その一連の流れからまだまだシリウスには余力があること、ここまでは小手調べとシェダとリオの二人は感じつつ戦いを見守り続ける。


「強いっすね、あの人。エルクリッド、勝てますかね」


「それはまだわかりません。あのシリウスという男の戦術や意図が見えない限り無理な攻めは不利になり、エルクリッドもわかりながら攻め込んで炙り出しに来ている……が、難しいですね」


 敵が動かないなら動くようにするしかない。しかしそれも容易ではなく我慢比べとなればジリ貧になるのも明白だ。 


 特にエルクリッドは切札たるファイアードレイクのヒレイが魔力を大きく使うのもあり、畳み掛ける時が来るまでに魔力を残しておかねばならない。

 シリウスの戦い方がまだ見えない中で一気に攻め込むのは危険が多く、戦いの流れもシリウスの方へと傾いてるのは確かだ。


 それでもただ一人、ノヴァだけは大丈夫ですと言い切り、両手を握り合わせながらエルクリッドの姿を見つめていた。


「エルクさんは強いです、きっと勝ちます!」


 揺るがぬ信頼に思わずタラゼドも微笑み、それは少し険しい表情だったシェダとリオの表情を柔らかくする。

 エスケープのカードにより戻したアセスは強制的にダウン状態となる為、その点で言えば実質的な相討ちに持ち込めたと言えるだろう。無論、ダウン回復のスペル等がなければ、だが。


(ありがとダイン。さて……)


 ダインのカードを見つめ感謝を思いながらエルクリッドは次の手を考え始める。と、カードを早々に入れ替えたシリウスは既に魔力をカードに込め、召喚する態勢に入っていた。


「彫像に宿りし誇りを広げ天に舞え、エイル召喚」


 シリウスの次なるアセスは白色の岩肌を持つ魔物。否、白い石像の魔物ガーゴイルであった。

 宿る彫像により姿も変わるガーゴイルだが、エイルと呼ばれたそのガーゴイルは両腕の代わりに翼を持ち、くちばしと鉤爪を持つ足から鳥に近い姿をしている。


 空を飛ぶ能力の高さ、そしてガーゴイルという魔物の特性を加味しつつ、エルクリッドも次なるアセスを選び出す。


「お願いします、スパーダさんっ!」


 金色の風を断ち切り現れる幽霊騎士スペクターナイトのスパーダが大剣を担いでエイルを捉え、翼を広げ早々に宙を舞ったと同時に剣を構え臨戦態勢へと素早く移る。

 次の瞬間に急降下し爪を上げ襲いかかってきたエイルの攻撃を剣を横に構えて防ぎ、しかし勢いに押され踏み留まれずに押しこまれてしまう。が、スパーダも足に力を入れて少しずつ押し返し、やがて弾くようにエイルを突き飛ばす。


 刹那に二人のリスナーがカードへ魔力を込め、呼応するようにアセスもまた相手に向かって攻めに行く。


「スペル発動ウィンドフォース!」


「ツール使用スペクタースナッチャー」


 エルクリッドのカードは風属性アセスを強化するウィンドフォースのスペル、対するシリウスのカードは形を持たぬ相手を捉え引き裂く力持つツールのスペクタースナッチャー。

 銀の爪を装着したエイルに向かって剣を両手で持って走るスパーダに迷いはなく、触れる寸前で急停止し左腕を前へ出しエイルに掴ませた。


 次の瞬間に紙を裂くようにスパーダの左腕が鎧もろとも切り落とされるが、構わず下から上へ振り抜かれる大剣がエイルの頭部を切断し両者痛み分けとなって一度後ろへと下がった。


「スパーダさん!」


「問題ありません、それよりも次の手をお願いします」


「もう考えてます! 思いっきりよろしくです!」


 幽霊騎士スペクターナイトであるスパーダは鎧を媒介とし、身体を維持している。鎧の破損に加えて幽体を切り裂くスペクタースナッチャーの切れ味は通常以上の損傷となる。

 だが意識は相対するエイルに向けて動揺もなく、エルクリッドも即応する形で気持ちを切り替えカード入れに手をかけた。


 対するシリウスはエイルに目を配って状態を確認し、ガーゴイルという種族故に頭部の切断程度ではすぐ戦闘不能ではなく、だが油断ならないというのもまた事実である。


「スペル発動ヒーリング……まだ、やれるな」


 淡い緑の光がエイルを包み込み、声をかけるシリウスに頷くエイルが翼を広げ頭部の断面に橙色の一つ目を出現させ、新たな眼とし闘志を高めた。

 ここでシリウスがどう動くかは注目が集まる場面だ。勢いがついてきているエルクリッド達に真っ向から戦うか、相手に合わせず沈着冷静に対処するのか。


(清々しい気持ちにさせられそのまま突き進みたくなる、か……だが……)


 シリウスが静かにカードを引き抜き魔力を込めようとした、その時、何かを感じてシリウスは動作を止めて上の方へと意識を向けた。

 それはエルクリッドも同じ、スパーダも警戒はそのままに何かを感じ取り、シェダとリオもカード入れへと手をかける。


「皆さんどうしたんですか?」


「ノヴァ、離れないでください。来ます……!」


 一人きょとんとしていたノヴァをタラゼドが手を掴んで引き寄せつつ結界を張り、刹那、滝の量が増えたと共に小さなものが落下し祭壇へと姿を見せた。

 びちびちと元気よく跳ね回るそれは小型の魚。一見すると普通の魚と思いかけるも、硬質化した頭部と身体の大きさに見合わぬ口の大きさから一同の緊張は一気に高まった。


「レモラ……! って事は来るよ!」


 エルクリッドがカードをさらに引き抜いた刹那、鉄砲水の如く祭壇へと流れ込むはレモラの群れ。凄まじい数のそれを前に、リスナー達はそれぞれのカードに魔力を込める。

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