第73話 人は案外、欠陥だらけ

「どうして……あなたたちは……初対面の人間に……そこまで……」


 亜玖里さんは心底驚いた表情をしている。


「俺たちは《アオハル部》だから。《アオハル部》は人を助ける部活だから」

「何それ。意味わかんない」


 彼女はコテンと首を傾げている。


 それはそうだ。

 いきなり、こんなことを言われたら、誰だって困惑するだろう。


「これから俺たちと楽しく生きよう」

「どうやってあなたたちと一緒に過ごすの? 東京に住んでいるのでしょ? じゃあ、無理じゃん」

「そりゃあ……まあ……そうだが」

「適当なこと言わないで」

「ごめん」


 何をやっているんだ、俺は!

 どうして、いつも、その場しのぎの適当なことばかり言ってしまうんだ……。


「貴方は本当に情けないわね」


 攻守交代とばかりに、赤槻が前に出た。

 今回ばかりは、赤槻に負担をかけさせたくない、と思って、俺が全部やろうとしたのに……。

 また、赤槻に尻拭いをさせてしまった。


「別にそんな重く考えなくていいんじゃないの? 貴女だけが、欠陥ってわけじゃない。人って貴女が思っているよりも、ずっと、バカでくだらなくて、欠陥だらけの生き物よ。隣にいるバカみたいにね」

「うぐっ」


 最後の一言は傷ついてしまったが……。


 それでも、亜玖里さんは赤槻の話を真剣に聞いているように見える。

 俺には絶対にできない、ダウナー系の切り口からの説得。

 似た者同士だからなのだろうか、赤槻の言葉の方が刺さっているようだ。


 ……じゃあ、俺、要らないじゃん。

 という悲しい現実に背を背けつつ、赤槻のおかげで着実に良い方向に向かっていることを喜ぼう。


「まあ、それで言うと私もなんだけど」

「えっ」


 赤槻の告白に、亜玖里さんは心底驚いているようで、目を丸くしている。


「貴女や隣のバカみたいに私も欠陥品よ」

「嘘。あなたはどこからどう見てもちゃんとしている人間。こちら側の人間じゃない」

「驚かせるようだけど、言うわ。私ね……学校で人を殴ったのよ」

「そんな……」


 そのことを聞き、亜玖里さんは「ありえない」といった表情で赤槻を凝視している。


「本当よ」

「そんな……ひどい」

「そう。ひどい。私はひどい人間。この世界は、こんな人間で溢れている。決して貴女だけじゃない。皆、どこかしら欠陥を抱えて、けれど何とかやりくりして生きている。貴女もそんな深く考えないで適当に生きればいいんじゃないの?」


 亜玖里さんは赤槻の話を黙って聞き入っている。

 彼女の反応を見るに、どうやら神髄に触れているようだ。


「いや……でも、ここまでしっかり生きている時点でやっぱりあなたたちと私は違う。最最期にいい思い出になった。ありがとう」


 やっぱり、彼女の意思を変えることはできないのか。


 すると、赤槻はふぅ、と何かを覚悟したように、深呼吸した後に、言った。


「仕方ないわね。隣のバカに聞かれるのはしゃくだけれど、過去の自分のことを話すわ」


 赤槻の過去か……。


 そういえば、聞いたこと無かったな。

 それから、赤槻は自分の過去のことを話し始めた。

 開かずの扉が開かれたような、そんな気分だった。


「小学生の時、私は田舎から東京に越してきた。それを境に、私はイジメを受けたわ」

「どうして?」

「私さ、今より太っていて、体臭もきつかった。容姿だけではなく性格もキツくて。青山ならわかるでしょうけど、まあ、思ったことをすぐ口にする感じね。要するに、浮いていたのよ。周囲から」

「…………なんだか私と少し似ている」

「そう。似た者同士かもね。アニメのクサいセリフみたいで癪だけれど、だから貴女の気持ち、少しは分かるわ」

「死にたいと思ったことは無い?」

「あるわ」

「……そうなんだ」

「他の人とは違う、普通に生きられない、毎日が地獄。こんなの生きる意味なんて無いじゃないの」

「それ、凄い分かる」

「そうよね」


 赤槻と亜玖里さんが深いところで共鳴し合っている。

 これはやはり、俺なんて不要で、最初から赤槻に任せれば良かったのかもしれない。

 そう考えると、俺の存在意義が分からなくなり、虚しい気持ちになってくる。


「じゃあ、どうしてお姉さんは生きているの?」

「私が死んだら、私をイジメていたあいつらに負けたみたいで嫌だったのよ。私、負けず嫌いだったから」

「そっか。やっぱりお姉さんと私は違う。私はそんなに強くないから」

「いや、貴女は強いわ」

「なんで……そう思うの?」


「だって貴女は生きているもの」


 そうだ。赤槻の言う通りだ。

 亜玖里さんは強い。辛い思いをしながらも、こうして今まで頑張って生きてきたんだ。


 俺は再度、亜玖里さんに向かって、声をかける。


「亜玖里さん。こんな俺たちでも、なんやかんや生きているんだ。だから……俺はきみに生きてほしい」

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