第72話 欠陥品だろうと生きることはできる

「あなたが欠陥品……?」


 俺の言葉に、亜玖里さんは信じられないといったばかりに、首を傾げる。


「そうだ、俺もきみと同じく、欠陥品なんだ」


 だが、次の瞬間、亜玖里さんは俺の言葉を真っ二つにするように激昂した。


「嘘ばっかり! そんなの私を説得するための嘘に違いない! 私の気持ちなんて分かりっこない!」


 流石の俺でも、こう切り返されるのは分かっていた。


「うん、分かった。俺がどれだけ欠陥品であるかお話ししよう。

 俺さ、高校一年生なんだ。きみよりずっと大人。だけれど失敗ばかりなんだよね。俺、同じクラスに好きな人が居たんだ。向こうも、俺に笑顔で話しかけてくれたりして、これは両想いだなって思った。でも、それは大きな勘違いだった。

 ある日、俺はその子に告白して玉砕した。それから、勘違いイキリ陰キャとして、俺はクラス中で嫌われたんだ。

 どうだ? 情けなさすぎるだろ?」


 俺の話を聞いた亜玖里さんは、口をあんぐりと開けていた。

 あらぬ角度の話に、意外過ぎたのだろう。


「ふっ。バカみたい」


 亜玖里さんが初めて俺たちの前で笑った。

 どちらかというと嘲笑の類のような気がするが、彼女の笑顔を見られて嬉しい気持ちになった。


「そう。バカなんだ、俺。こんなバカな俺でも、楽しく生きているんだ。だからさ、思い詰めることなんてないさ」

「私よりあなたの方がダメだってことを言いたいの?」

「そういうこと。見た感じ、亜玖里さんは、俺なんかよりよっぽどちゃんとした人間だと思うけどな」

「そう……。じゃあ、私の人生を代わりに送ってくれる?」

「それは……難しいんじゃないか」

「ほら、やっぱり」

「確かにきみの代わりに送ることはできない。けれど……『これからきみの人生を共有することはできるんじゃないかな?』」


 亜玖里さんは俺の言葉に、一瞬、心を動かされたような反応を見せた。

 だが、それをすぐさま振り払って、自分の魂を俺にぶつける。


「うっさい! うっさい! うっさい! きれいごとばっかり並べて! それだけじゃないんだから! まだ、自分が欠陥品ってだけなら、こんなことをしようとしていない!

私は災害に巻き込まれた! 大事な居場所が壊された! それが、どれだけ絶望的かなんて、部外者のあなた達には分からないでしょ! ねえ、悔しいでしょう? 私の気持ちが分からなくて! だからさっさと帰ってよ、都会人の偽善者!」


 彼女の言葉は余りにも辛すぎた。

 どうして、神様はこんなうら若き少女に、ここまでの重荷を背負わせたのだろう。

 自分のことで神様を恨んだことなんて無かったが、この時初めて神様を恨んだ。


 言葉が……出なかった。

 彼女は俺なんかよりもずっと苦しんで悩んで、一人で戦ってきた。

 そんな人に、どんな言葉をかけていいかなんて分かりっこない。

 それこそ、神様でしか知りえないのではなかろうか。

 そして、彼女は決定的なことを俺たちに告げた。


「だから、私を楽にさせて……」


 ……生きるって何だろう。


 生きることこそが尊く、正しいことだと、普通の人はそう考える。いや、普通に生きていれば、誰だってそう考えるのは当たり前のことである。


 でも、普通では無かったら?

 亜玖里さんや俺たちみたいな“普通ではない人間”なら、一度は考える、必ずしもそうとか限らない。

 俺たちみたいな一般の枠組みから外れてしまった、普通の生活が難しい人間ならば、一度は考えたことがあるだろう。


 生きない方が幸せなのでは……?

 でも、その選択肢は誰であっても、到底辿り着かない。

なぜなら、死ぬのが怖いから。

 生きる辛さが、死ぬ恐怖を超えることなんて、どれだけ辛く悲しいことがあっても、まず辿り着かない。

 それほどまでに、死の恐怖は計り知れない。

 生物の根底から刻み込まれた恐怖に、勝てるものなど普通は存在しない。

 今は違うが、あの時の俺は、学校中から嫌われて、イジメられて、生きる希望を失っていた。


 それでも“死ぬ”なんて選択肢は考えもしなかった。

 それほど、死というのは、想像を絶するほどに怖い。

 だからこそ俺はあの時、生きるのは辛いけど、死ぬ勇気はないから、夢も希望も見いだせず、辛うじて生きていた、という言い方も出来るだろう。

 とどのつまり、死ぬのは怖い。


 でも……。

 目の前のうら若き少女、栗原亜玖里さんは、その恐怖を押しのけてまで、生きるという選択肢を拒絶している。

 つまりは、彼女にとって、生きる辛さが、死の恐怖を上回っているのだ。

 俺よりも遥かに辛い人生を歩んできた彼女の下した重い決断を、俺みたいなぽっと出の浅はかな人間が止めていいものなのだろうか。


 だけれど……。

 目の前で死のうとしている人を止めない、なんて、胸糞悪すぎるだろ!


「亜玖里さん!」


 俺は叫ぶ。


「俺たちと生きよう‼」


 なんとも場違いで、独りよがりな発言なのだろうか。

 勘違いイキリ野郎と謳われた俺らしい浅はかな言葉。


 でも、この日だけは……。


 勘違い野郎と一生罵られたって構わない!

 彼女を助けたい‼

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