第34話 15周年記念を企画
〔スナック茜〕は、今日は静かな一日だった。
いつものように、あかねは玲香にお店まで迎えに来てもらった。
「お疲れ様、ママ、今日は暇だったね、街も全然 パッとしなかった」
「金山さん、中沢さん、吉村さん、あと、島さんたちくらいね」
「金山さんって、ほとんど、毎日来ているよね」
「あの人は、税理士さん、うちの会計も金山さんにお願いしているの、
事務所が錦二丁目だから、歩いてもすぐね」
「そんな事より、智ちゃんと香奈ちゃんが
三越のティファニー店に行って、
貰ったピアスの相場を聞いてきたんですって、
ちょっと、一セット20万円もする物、あげたの」
「15年前に買った時は、7、8万円だったと思うけれど、
金相場も上がっているしね」玲香は澄まして言うのだ。
「れいちゃん、本当にあげてもいいの、
返してもらうよう 言ってあげようか」
「いいのよ、ママ、別にお金をあげたわけじゃないし、
私が使っていた物が必要なくなったから、使ってって!
あげただけだから、そんな、お金がうんぬんって、話じゃないし」
「それは、あんたがまだ、あの時から金銭感覚が完全に抜けていないから、
そんなことが言えるのよ、
ちょっと、この話、春樹にしたら大変じゃない。大丈夫」
「ママ、やばい、そうだよね、この話、絶対、春樹に内緒ね、
智ちゃんと香奈ちゃんにもよ~く言っておいてね、
春樹、本当に貧乏垂らしなんだもん」
「何、言ってるの、春樹は普通なのよ、あんたがおかしいのよ、
もう少し、自覚を持って反省しないとダメでしょう」
「は~い!」 玲香はあかねの小言が、なんだか、気持ちよかった。
れいちゃんと呼ばれていたのが、『あんた』に変わったのが、すごく身近に感じたのだ。
「それはそうと、あんたが、智ちゃんたちにブランド物の
ジュエリーなんかあげるものだから、それに目覚めちゃって、
給料上げろって言ってきたのよ。なんでもSNSでたくさん、
お客を引っ張ってくるから、その分、加算してだって」
「へぇ、やる気になってきたのね、良かったじゃない、ママ」
「良くないわよ、SNSだか、なんだか知らないけれど、
おかしな人たちが来たら困っちゃうじゃない、
前にも、一見さんが来た時、警察沙汰になって、大変だったのだから」
「そうなんだ、だったら、顧客を濃くすれば・・・・・」
「濃くするって、どういう事」
「ママ、さ~ スナック茜、始めてどれくらい」
「そうね、30歳の時に開けたから、15年かしら」
「じゃ、10周年記念とかやったでしょう」
「そんな事、考えた事もなかったわ。
あの頃は、私、一人で充分足りたから・・・」
「香奈ちゃんたちも気合いが入ってきたんだから、
ママ、もう ひと踏ん張りしてよ」
「15周年記念のイベントを企画して、
常連さんたちに新規のお客さんを連れて来てって・・・・・
招待すればいいじゃない」
「イベントって、なにをするの?」
「んんん・・とね、ちょっと待って、
ママ、お客さんって30人くらいは入れる」
「そうね、ギリギリね 28人は入った事があるけれど、限界かな」
「じゃ、28人分のリモコンのスイッチ付きライト球を買ってくるわ、
それをお客さんに渡して、小箱にはスイッチ球を28個分入れておくの、
そして、ママが小箱の中からスイッチ球を一つ取り出して、
スイッチを入れると、
お客さんの持っているライト球が4色に光る仕掛け、
それを手にしていたお客さんと、
私か香奈ちゃんか智ちゃんか、
ママがお客さんと口野球をするのってどう!」
「えぇ、私もするの、口で・・・野球・・・どういう事」
「ママがやらないで、どうするのよ、
別にキスをするわけじゃないからいいでしょう。
だから、お客さんがバットを口にくわえて、
私たちが紙ボールを口から吹き投げるの、
それをお客さんが上手く打ち返せたら
おめでとう賞、できなかったら残念賞、
なんか、粗品を用意しなくちゃ、どう、ダメ」
「口に咥えるバットって?」
「なんか、軽い 咥えやすい プラスチックのスプーンでいいと思うよ、
紙ボールはティッシュペーパーを丸めたものでいいんじゃない」
「その紙ボールを私が口に咥えて吹き出すの?上手くできるかしら!
やっぱり、私はカウンターから見てるわ」
「ママ、云っておくけれど、ここはママのお店よ、
ママが先頭切ってやらないでどうするのよ」
「大丈夫、スイッチ球の四カ所にボタンが付いていて、
赤と黄色と青と白があるの!赤はママ、青は私、黄色は智ちゃん、
白は香奈ちゃんって決めておけば、小箱からスイッチ球を出して、
ボタンのどれかを押すとお客さんのライト球が光るって仕組み
つまり、赤く光ったらママが相手をするの、
青だったら私が!お客さんと口野球をするの、いいでしょう。
ねぇ、ママ、みんな盛り上がるよ、きっと」
「もう、玲香が責任を持ってしてくれるなら、
私は何も言わないけど・・・・・」
あかねはあんまり乗り気ではなかった。
「じゃ、ママ、10日程 頂戴
それまでには、しっかりした企画を練るから」
と言っているうちに、茜の実家についた。
あかねは寄っていけと言ったが、
玲香は仕事中だと言って、街に戻った。
春樹が会社に戻ると、
事務所が何だか騒がしい
「課長、この6000円って、僕、払えませんよ!
こんなもん、詐欺じゃないですか!」
後輩が課長にぼやいている
課長が春樹の顔を見ると否や
「泉ちゃんも先月、フレックスビルで乗り逃げに遭ったと言っていたよな、
どんな子だった?」
「あ~ぁ、あの時の・・・・・
小柄な、二十歳前後のかわいい女だったと思いますけど」
「泉さん、僕も今日、やられて、3200円くらいだったんですけど、
30.40分くらい待っていたら6000円ちょいになってしまって、
あきらめたんですけど、会社が空転にしてくれないんですよ」
後輩がため息をついてうなだれた。
「俺も、いくらだったかな!なにしろ、直ぐに乗り逃げだと気が付いたからそんなにメーターは上がってないけどでも、3500円くらい自腹だったかな」
「おい! 加藤、 悪いけど、人相と、どこからどこ迄乗ったか、
報告書に書いてくれるか!みんなに注意事項として、
明日の朝礼で伝えないとな」
春樹はあの時の女はやっぱり詐欺だったかと納得をした。
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