第27話 無賃乗車
春樹は20歳前後の女性を千種区本山から乗せた。ショットカットのかわいい女の子だ。行き先は栄四丁目、池田公園と聞いていた。
午後5時頃、広小路をまっすぐ、西に下っていく。
そろそろ、渋滞が始まりつつある時間帯だ。新栄のフレックスビルの前で、信号待ちをしていると女の子が窓を開けて、いきなり大きな声を出した。
「あ〃」
「やまさ~ん」大きな声で呼ぶ、
「運転手さん、ちょっと、ドアを開けて、早く!」
春樹は言われたとおり、ドアを開けた。すると女の子は、小走りにやまさんと呼びながら走って行く。
「やまさ~ん」
その周辺にいた人たちはみんな振り返る。どの人だろうと、女の子を目で追うと、
「やまさ~ん」と、何度も呼びながら、
そのまま、その女の子はフレックスビルの中へ消えていった。
まさか、と思ったが、10分 経っても出てこない。広小路通りは交通量が多く、5分止めているだけでも気がとがめる。そんな中で時間だけが刻々と過ぎていった。メーターはもう、3000円を超えている。
春樹は料金メーターを止め、タクシー車両から出て、フレックスビルの中を探ってみたが、人も多く、お客さんの姿は見えない。エレベーターでどこかへ行ってしまえば、全く分からなくなる。
20分過ぎて、もはや、これまでと春樹は諦めた。後ろ座席には、チリ一つ置いてなかった。
以前も、柴田へ送った女の子の時も無賃乗車だった。角のファミリーマートで買い物をすると行って、入ったきり、待っていても出てこない。あの時はコンビニにも裏口がある事など全く気がつかなかったのだ。
それからは、お客さんが車から離れる際、必ず、なにかを預かるか、ここまでの精算をするかを心がけていたはずの春樹だが、今回の、「あ`」はとっさの事だった。新手口だ、やられたと思った。
玲香といつものローソンで落ち合うと、無賃乗車の事を話した!
「それって、警察で捕まえてくれないの?」
「えぇ、どうやって?」
「ほら、タクシーの中から指紋を取って、前歴があるか調べて、あったら、直ぐに逮捕!」
「そんな、3000円くらいの事で警察は指紋なんか調べないよ」
「だったら、ドライブレコーダーの映像を見たら、顔もわかるじゃない」
「だね、だけど、3000円くらいの事で、警察に行って、2時間も3時間も時間取られたら、仕事になんないから・・・・・」
「あ、そうか!そうだね!でも、悪質・・・・・私も今度、タクシーに乗ったら、やってみようかな、ハルキーーって大きな声で叫ぶって、たのしそう」
「勘弁してよ!本当に玲香だったらやりかねない!」
春樹は玲香と話をしていたら、詐欺にあった事など吹っ切れてしまった。
【春樹にクレーム】
8月8日、宮崎県で震度6弱の地震が起きた。その影響で東海地域でも南海トラフ大地震の発生する可能性が高くなったと、ニュースが騒がしく伝えている。
それもあって、今日は最悪の暇さだ。国は一週間分以上の食糧、飲料水、生活物資などの家庭備蓄を確保するよう呼びかけている流れでスーパーでは水や食料を買い溜めする人たちが大勢いた。それもあって飲み屋街には若者しかいない。
ようやく、中年のお客さんが乗った、9時~21時まで誰も春樹の車にはお客は乗っていない。
「ありがとうございます。シートベルトの着用をお願いします。どちらまで行かれますか」
「今池のドンキの横に着けてくれ」
「はい、ありがとうございます」
春樹は、栄の三越の前から今池までお客さんを送った。ドンキホーテの前にタクシーを止める。
「お客様、ありがとうございます。料金は1580円です」
「現金でよろしいですか、では2000円お預かりします」
おつりを釣り銭袋から出そうとしていると、お客さんが
「運転手さん、レシートだけくれ」
「ありがとうございます、では、領収書をどうぞ、どうも、ありがとうございました」と言って春樹はドアを開けた。
すると、お客が手を出して「おいおい、おつりは?」
「えぇ、お客様がレシートだけって言われましたので、チップだと思いました」
「誰が釣り銭をやるって言った、もういい」と言って怒って出て行ったのだ。
翌日、春樹は部長に呼ばれ大目玉だ。
「レコーダーも聞いたけど、お客さんにたてついてどうするんだ。そういう時は、すみません。申し訳ありませんと言って、釣り銭を返せばいいじゃないか、泉ちゃん、何年やってるんだ。そんな事わかっているだろ」
「はい、すみません。だけど、日本語もまともに話せない日本人が多すぎますよ、先日だって、2個目の信号機を超えたら、すぐに左の路地に入れって言うから、1つ目の信号機を超えて、2つめの交差点に行こうとしたら、
突然大声上げて、通り過ぎたじゃないってお客が怒る。どういう事って聞いたら、交差点には確かに四隅に信号機はある、つまり、交差点に入る手前の信号機がひとつめで交差点を渡った信号機が二つ目だって言うんだ、
もう、アホかって言いたかったけれど、だったら、交差点を過ぎたらって云えばいいわけで本当に訳がわからん、酔っ払ってもいないのに、どうしたら、そんな言い方になるのか、どう思います、部長」
「わかる、わかるけど、それでも、謝るしかないんだ」
「そんな訳のわからん戯言を会社がまともに受けるもので、
みんな、運転手はアホらしいって辞めていくんじゃないですか、クレームと言うよりは言い掛かりでしょ、はねつけましょうよ」
「まぁ、なにしろ、今は我慢時だ、すみません、すみません、申し訳ありませんって、仕事をするしかないんだよ、頼むよ、泉ちゃん」
春樹はまだ、云いたりなかったが、
「なにしろ、ひたすらあやまれ それしかないんだ!頼むよ」
〃やってられない〃そう、愚図りながら春樹は仕事に出た。
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