第22話 身も心も過去もすべて受け止めて
翌日、会社に行くと、臼井は来ていなかった。
富樫が春樹の所へ謝りに来た。
「昨夜はどうも、すみませんでした」深く頭を下げる。
「あれ、なんで、謝るの、関係ないんじゃなかった?それに謝るとしたら、俺じゃない、お門違いじゃないか、まぁ~いいけどさ」と言って、
春樹は仕事に出て行った。
その日、春樹は街でタクシーを流していても全くお客がいない、考えてみたら、ずーと、右車線を走っている。これではお客など拾えるわけがないと思った。昨日の事がずっしり、頭をひっかき回している。
昨日、修平に会いに行った時、
「お前のやった事が正しい、れいちゃんも喜んでいたんじゃないのか、それでこそ春樹だ、人間なんて、みんな過去を持っている。その過去をずっしり、引きずって生きている奴も大勢いる。問題は、周りの人々が、どう、受け止めてやれるかで、その人の生き方もまた、変わって来るんだ。だから、今、お前がれいちゃんを支えてやらないと、れいちゃんがかわいそうだ」と、言っていた。
とは云え、まさか、AV女優なんて考えられなかった。春樹はゲオでよくエロビデオを借りていた。でも、玲香が映ったビデオなど見た事もなかった、というよりはAV女優の顔など一々、覚えているわけが無い。
しかし、もし、玲香のビデオを目の当たりにしていたら、本当に付き合っていたのだろうかと思う、
過去は過去、そう、過去は過去だって理解しているはずなのに、自分がわからなくなった。
春樹はタクシーをセントラルパークの地下駐車場に入れると、スナック茜にトボトボ歩いて行った。
酒を飲みに行ったわけじゃない、飲めるわけもない。
なぜだかわからないが、足が勝手にあかねの所に向かっているのだ。
制服をタクシーの中で脱ぐとワイシャツ姿で錦に向かった。
お店には5人のお客さんがいた。春樹が知っているお客さんはいない。少し、春樹はほーとした。
春樹があかねの顔を見ると、一番奥の席に来いと手招きをしている。
「ちょっと、仕事中でしょう。どうしたの・・・・・昨日の事、聞いたわよ、大変だったようね」
春樹がウーロン茶を注文すると
「えぇ、もう、知っているんだ!なんか、疲れちゃった、なんだか、仕事も手につかないし、ちょっと変、急にママの顔が見たくなって来ちゃった」
「そう、れいちゃんから聞いたわよ、すごかったじゃない!しっかり、れいちゃんの事、守ったのね」
「だって、臼井の奴、昔の事を持ち出して、『やらせろ』ってひどくない。
カチーンと来ちゃって、気が付いたら殴ってた」
「そう、春樹を見直したわ そうよ、その臼井って奴、殴って当たり前よ、で、どうなった」
「どうなった、って?」
「だって、あれだけ質が悪いんだもの、首じゃないの?」
「まだ、わからない、会社は喧嘩両成敗って事で、けじめをつけたいらしいけど、社長次第だって・・・・・」
「でも、課長さんは春樹は優秀な人材だけど、臼井って奴は素行が悪いって言ってたんでしょう」
「よく、知ってるね、玲香はママに全部、話をしてるんだ」
仲が良すぎると思いながら話をつづけた。
「とは言え、社長の判断が出るまでは全くわからない、玲香がどうなるかもわからないしね」
「れいちゃんは被害者でしょう」
「問題は元、AV女優という観点からどう判断するか・・・・・なんだよね」
「そうねぇ、大変だ、でも、春樹がいれば、れいちゃんも安心だわ、しっかり、守ってあげてよ」春樹の手を両手で掴んであかねが言う。
春樹がつぶやいた。
「なんだけどな~なんだかな・・・・・いざ、自分にふりかかるとな~、過去は過去って自分で言ったくせに、なんだか、しっくりこないんだ。玲香が別人のような気がする。どうしてだろう、昔、何をやっていたのかと考えると、
玲香の顔をまともに見れないんだ。なんか、訳が分からない」
春樹の顔が蒼白くなっている。
それを聞いたあかねの顔色がどんどん変わって、急に春樹に怒鳴った。
「あんた、バカじゃないの、なによ、偉そうに、過去は過去なのよ、わかっているじゃない、それをなんで受け止める事ができないの」
だんだん声がうわずっていく、周りのお客さんたちはびっくりだ。だが、みんな、その成り行きを見守っていた。智美も加奈子も目を丸くしてみている。あかねが引きつった声で叫んだ。
「わかったわ、春樹、わからせてあげる、いい事、私は、私はねぇ、 元風俗嬢よ、ソープにも居たし、ヘルスにも在籍していたわ、男と交わした数、軽く千を超えてるわ。そんな女は、汚いの、ねぇ、乳首が真っ黒でしおれて見れたもんじゃない、ねぇ、どうなの、ねぇ、言いなさいよ。私の体、醜い? れいちゃんの体 醜いの?ねぇ、どうなのよ!あんた、昨日までれいちゃんが好きだって言ってたくせに・・・・・じゃぁ、あんたはれいちゃんの何が好きだったのよ、エロビデオに出てたからって何が気に入らないのよ。春樹もその辺の男と一緒ね、世間体ばっかり気にして、本当に大切なものを見つける事もできない!バカよ!バカ」
春樹は、あかねの感情に,どう、向き合っていいのか、言葉が出ない。
あかねは頭を整理すると、今度は低い声で話した。
「春樹、あんた何歳よ、39だっけ、いい事、れいちゃんと一緒になって、セックスをするとしたって、あと何年よ、50も過ぎたら、ほとんどの夫婦はセックスなんてしていないわよ、そこからよ、本当の愛は、心よ、こころ、こころがすべてなんだから」
あかねは一呼吸つくと春樹の目をにらみながら続けた。
「じじぃばばぁになって、総入れ歯になって、くちゃくちゃな顔になって、目もまともに見えなくなって、誰にも相手にされなくなった時、人生を振り返りながら、二人で手をつないで、支えあって生きてゆくのよ。心が通っていなきゃできない、そう、思わない、ちょっと、聞いてる、わかってるの、言っとくけど、れいちゃんはあんたにはもったいないほどいい女よ、もと、AV女優が何だって言うの。わかったわ、じゃ、こうしたら、私の妻は元、AV女優ですって、あからさまにしたら、隠すものが無くて清々すると思うわ、春樹、ハ・ル・キ・身も心も過去もすべて受け止めてあげなさいよ」
あかねはカウンターをたたいて春樹に迫った。鷹の目でじっと春樹を見ている。
「そうだよね、わかった、よく、分かったから、ママ・・・・・わかったから・・・・・うん、ママのおかげで心が治った。うん、もう、大丈夫 ほんとうにわかったから・・・・・」春樹は涙をぬぐうと・・・・・頭を上下に振った。
あかねは、何かがこみあげて来たような表情で・・・・・言う。
「そう、わかってくれた・・・・・じゃすぐにれいちゃんの所に行きなさい。
大丈夫よね!本当にわかってくれたわね!しっかり、受け止めてあげるのよ!じゃぁ、早く行きなさい」
春樹はあかねの言葉を心に刻むと、
「うん、大丈夫、身も心も過去もすべて受け止めるから、分かったから!ママ、精算」
春樹はウーロン茶の代金を払おうとするとまた、あかねがけしかけた。
「青酸、何が青酸よ、れいちゃんが青酸カリを飲んで
死んじゃったらどうするのよ、早く、早く行け」
あかねは大きな声で春樹を追い出した。
それを一部始終見てたお客さんたちは感慨無量!
「ママ、すごいわ、感動した」
「こころだよね」
「じじぃばばぁになっても心が無かったら、支えあって生きていけない、
そのとおり」
「いや、本当、いい勉強になった、セックスなんて人生のおまけみたいなもんだね」
「いや、本当、いい勉強になったわ」
「つまり、なんだ、六十を過ぎたばぁさんが、私、昔、AV女優だったのって言ったって、だから、なにって話か」みんな、ゲラゲラ笑った。
「れいちゃんって、あのスカンクさんだろ、例のお尻フリフリの・・また、会いたいなぁ」
それからしばらく、店では玲香の話で盛り上がっていたようだ。
春樹は売り上げ5000円にも満たない金額で会社に戻り、仕事が手につかないと言って早退した。マンションに帰ると、玲香は涙目で出迎えてくれた。
「ごめんね」玲香が言う。
「何言ってんだ、俺がごめんね、だ」
「よかった、あと5分遅かったら青酸カリ飲んでたよ」
「ママから電話があったのか?」
「うん、ママは私のママだから、ぜ~んぶ教えてくれる」
「そうか、良かった、はぁ~、死ななくてよかった」
「玲香、明日、千種区役所行って籍入れてこようか、それから、夕方、結婚祝いに澤正に行って、ウナギのコース料理を食べに行こう。ちょっと、贅沢だけど奮発するから」
「ハルキ、私の事、本当に、身も心も過去も・・・・・しっかり受け止めてくれる?」
「もちろん、身も心も過去も全て受け止める。ママにも誓ったから・・・・・
そして明日は、一日の幸せじゃなくて、永遠の幸せを手に入れような」
玲香は、拭っても拭っても涙が止まらなかった。
「永遠の幸せ、じゃ、うなぎ、毎日、食べなくちゃ」
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