第21話 玲香の過去

日曜日、春樹が仕事を終えて会社に戻ると洗車場の奥で、2人の同僚が玲香と何か話をしていた。

 もう、夜中の3時を過ぎている。通常、春樹はそのたまり場の前を知らぬ顔をして通り過ぎるのだが、なにやら話をしている様子がおかしい。

 春樹が玲香の視線を感じると、

「よう、どうした !」と言って2人に声をかけた。


「泉ちゃん 、これ見て、これ!」と言って、春樹に臼井がスマホの動画を見せた。


「なに、これ、エロビデオか?」

 春樹が言う、玲香は下をうつむいている。


「なんで、こんなもん、上野さんに見せてるの、いやらしいな、セクハラか?」


「何、言ってんだ、よく見ろよ、これ 上野だよ」 臼井が言う、


 春樹はスマホを覗き込んで・・・・・

「馬鹿を言うな、こんなもん、似ている奴ならいくらでもいるだろ」


「見て見て、見て、この首の後ろ、二つ並んでほくろがあるだろ。上野にも同じほくろが二つある、本人だからさ、だから、金を出すからやらせろって交渉してるんだ。泉ちゃんも乗っからないか、いいからだをしてるしなぁ、上野、3人、3万でどうだ」


 春樹は玲香の顔を見て聞き正した。

「これ、本当に玲香か?」

 玲香は春樹の顔を恐る恐る見て、

「そう、私、昔,AV女優だった」と言い切った。


スマホを見せた白井は、ほら、見ろと言わんばかりに、

「だろ、 タクシーなんかやってるより、よっぽど、こっちのほうが金になるだろ、やらせろよ、やらせないとみんなにばらすぞ!まだまだ、すてたもんじゃないし、なぁ!」と言った時だった。


春樹がおもいっきり臼井の顔を殴った。臼井は後ろに飛ばされるようにして、しりもちをついた。

 洗車場の近くと言う事もあって、地べたは水が溜まっている。臼井のズボンはべちゃべちゃだ。周りにいた同僚たちが集まってくる。


「お前な、ふざけた事を言うなよ、いいか、過去はどうあれ、今、一生懸命、タクシーの仕事をしているんだろう、そんな昔の事、持ち出して、やらせろって、どういう了見だ、お前、クソだな、お前のやってる事は、恐喝、売春だ」

 しりもちをついてずぶ濡れになっている臼井を上から押さえつけて春樹は言った。


「警察に電話してやる、いいか、泉、おまえこそ、暴行罪・傷害罪で逮捕だ、みんな見てただろ、現行犯だろ」

 臼井が血相を抱えて警察に電話をした。

 班長が出てきて、警察はまずいと云うが臼井はいう事を聞かない。


 臼井と一緒に居た富樫は『面白いもの見せてやる』と云うので、そこにいただけで、臼井とは関係ないと言っている。

 春樹が言った。

「呼べよ、警察でもなんでも呼べ、出るとこ出て話しようか、どこの世界に昔の事を持ち出して、やらせろだ。やらせないと言いふらす・・・・・何がやらせろだ、3人で3万、ふざけやがって、1回じゃ気がすまん、2回も3回も同じだろ、警察が来るまで、ぶん殴ってやる」


 課長と班長、そして、みんなで春樹を止めに入った。2台のパトカーがサイレンを鳴らしてやって来た。

 玲香はその場から動けないのか、じっと、春樹を見ている。


 警察が来ると、二人の警察官は臼井から話を聞いている。あと三人の警察官は春樹を囲むようにして事情聴取をしている。そして、今度は玲香の所へ警察官が行った。

 その警察官の所に課長が話を割って入って来た。


「会社で警察沙汰になっても困る。元をただせば、臼井がエロビデオ見せて、やらせろって云ったことが原因だ。泉さんは、本来、訳もなく人を殴るような人ではない。臼井の方がよっぽど素行の悪い人間だ。私だって、その場にいたら臼井を殴ったかもしれない。上野さんは女でありながら、タクシー運転手として仕事を頑張っている。どうか、ここは喧嘩両成敗と言う事で、おとがめは無しにならんだろうか」と、課長が警察官に頼んだ。


 すると、警察官が臼井を見て言った。

「しかし、殴ったのは事実だ、臼井さんがこれを取り下げると云うのであれば、話は別だが・・・・・」

 そして、その警察官が今度は玲香を見て言った。


「上野さん、この件を脅迫罪と強要罪で臼井さんを訴える事ができますが、

どうされますか、その場合、臼井さんは実刑2年は免れません」と言って、臼井を見た。


臼井は、その話を聞いた途端、慌てふためいて、

「あぁ、すみません、私が間違っていました。どうか許してください」


玲香は、あふれんばかりの涙をこらえて、

「泉さんはどうなるんですか、訴えるのですか」と臼井に迫った。


「すみませんでした。殴られても仕方ありません、訴えるなんてとんでもありません。私が悪うございました」と言って手をついて謝ったのだ。

 一応の決着がつき、警察官も引き上げていった。とは、云え、まだ、会社側の対応が残っていた。


 春樹は玲香に「先に帰れ」と言って事務所の中に入って行った。

玲香もここにいても気まずく、まっすぐ、家に帰った。


 早朝、6時に春樹は帰って来た。始末書兼報告書を書いた後、修平の所に行って話を聞いてもらっていたらしい。

 玲香のマンションに帰ると、玲香にほとぼりがさめるまで休んだ方がいいと言い聞かせた。

 春樹は今回の事が喧嘩両成敗となったとは言え、今後の事は社長の出方次第だと思った。

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