第5話 魔が差した事
春樹が瀬戸街道を流していると、ラジオが気になる事を言っている。
「くら寿司で迷惑動画を撮影・SNS投稿した男ら逮捕」
ちょうど、くら寿司の前を通り過ぎた時の事だ。
〃わけのわからん族が増えて来たよな、この店だったのかな!〃とつぶやいていると、対向車線から青いシエンタが右折をしようとしている。
しかし、こちら側は数珠つなぎになって車が勢いよく走っているために、対向車は中々右折できそうにない。
そのシエンタの後ろでは市バスが待っている、その後ろにも数台の車が列をつないでいた。
春樹は右折をしようとしているシエンタに、パッシングをすると道を譲って先に行かせた。
シエンタを運転している女性が挨拶をして右折して行く。すると、シエンタの後ろにいた市バスの運転手が、会釈をして「ありがとう」と手を上げた。
こんな風に互いの譲り合い精神があれば「SNSに自分勝手な投稿」なんてありえないと春樹は思った。
修平 あかねを送る
午前1時30分 修平が桜通り大津の交差点に差し掛かると、横断歩道で信号待ちをしている、あかねを見つけた。修平は車を止めると軽くクラクションを鳴らしてあかねを呼んだ。
「ママ、帰るの――送るわ!」
その声に気づいたあかねは、取り敢えず後部座席に乗り込むと、
「修平さん、いいの!すぐ近くよ」
「あれ、勝川じゃなかった?」
「あぁ~、あの時はね!実家へ父の様子を見に帰った時なの――」
「そうだったのか、そうだな!毎日、タクシーで勝川まで帰っていたら、えらい事になる」
「だから、そこの高岳を超えて、すぐの路地を入って、そう、まっすぐ行って!そこの公園の横のマンションなの」
あかねの誘導に従い修平はハンドルを切る、すると2kmも無い距離だ。
修平はマンションの前に車を止めると、あかねに話しかけた。
「ママ、こないだは、ありがとう!春樹がお酒を飲まないのにボトルを入れてもらって本当によかったのかな」
「いいの いいの、私も貴方達が入って来た時、ちょっと戸惑ったの。
まさか、来るとは思ってもいなかったし、お店の子たちにあんな事、知られたくないじゃない、お客さんが聞いたらどう思うかしら。なんか、ごまかせないかと・・・ボトルでごまかせたら安いもんだわ」
あかねが身を縮ませながら笑っている。
その顔をしっかり見ようと、修平は室内灯をつけた。酔った勢いもあるのだろうが、頬を染めて話すあかねが可愛く感じた。
「なるほどね、またなんで、あんな事になったの」
「本当にね、魔が差したのね!春樹が、あ`春樹なんて呼び捨てにしちゃ、まずいかしら、あの子の雰囲気が愛知学院の時の後輩にすごく似ていて、
その子と重なちゃったのね・・・・・」
「どういう事、元カレ!」
「そんなんじゃなくて吹奏楽部の後輩よ、弟みたいな子だったから・・・・・私、フルートを吹いていたの、その子によく教えていたわ」
「すごいね、フルートが吹けるんだ。1度、聞いてみたいね」
「もう、何十年前かしら!20数年前の話だわ」
若かりし頃を思い出したのか、話し方が楽しそうだ。
「春樹って、本当にその子に、よく似ていて、つい、呼び捨てにしちゃったけれど・・・・・」
「気にする事はないよ、春樹はけっこう、喜んでいたよ」
「ま~ヤダ・・・・・そんなつもりは全くないけど、困ったわ!ホントにね、自分でまいた種なんだけど・・・・・。あの時は、お店で喧嘩になるし、前の日は父が夜中に堤防を歩いていたみたいで、医者は、かるい認知症だって言っていたけど、だから、あの日は父の様子を見に行ったの」
「そう、お父さん、認知症じゃ、大変だな」
「なんだか、疲れちゃって・・・・・もう、どうでもよくなっちゃって!
それで、たまたま、春樹のタクシーに乗ったら、よくわからないけど、
なんて言ったらいいのかしら――何もかも、イヤになって、〃わぁー〃って暴れたくなったって言うのか――きっと、魔が差したのね!言っとくけど、あんな事、生れてはじめてよ!男に手を出すなんてサイテー、 みっともないったらありゃしない」
「んんぅ、でも、タイマーをかけていたんだって?」
「タイマーなんてかけていないわよ」
「でも、春樹が15分経ったからタイムオーバーって云われたって・・・・・」
「あぁ~ あれね、こんな事をやってたら、やばいと思って・・・・・
自分から手を出しといて勝手な話だけど、けりつけようと思って、
スマホの防犯ブザーを鳴らしただけ」
「そういう事か、なるほどね! まぁ~人間、誰でも、一度や二度、魔が差すって事はあるよ」
修平も魔が差したって、他人ごとではなく、自分も同じだと思った。あの時の事が頭を横切る。
「でも、こうして、修平さんと話ができてよかったわ。ちょっと、心が楽になった。ありがとう」
「おおぅ、なんか、困った事があったら、お父さんの事でも、ちからになるから」
今にも倒れそうな、あかねの〃力になりたい〃と修平は思った。
「ありがとう 料金いくらだった?」
「何言ってんだよ、お金を取る気で乗せちゃいないから、それに〔スナック茜〕の専属タクシーだし・・・・・はい、おやすみ」
修平はそう言うと車のドアを開けた。
「ありがとう、また、お店に来てね、おやすみなさい」
あかねが修平を見送ろうとするが、修平はそれを拒むとあかねを手で追いやった。
「――じゃぁ、また!」
あかねがマンションに入って突き当りのエレベーターに乗り込むまでをじーと見ていた。修平の記憶の棘が、恋愛は断ち切ると決めたはずだと・・・・・体内にチクチク突き刺さってくる。
もう、2時を過ぎている。早く会社に帰らなければ・・・・・運転中、思う!
感情をコントロールするんだ、心をセーブするんだ、ママを意識してはいけないと言い聞かせながら、修平は会社に戻った。
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