六
場所は相変わらず、天川大学附属病院の病室だった。
「あ、のぞみお姉さん!」
シミ一つない真っ白な医療用ベッドの上に座っている五、六歳ほどの少女が元気よく私の名前を呼んだ。
「ましろちゃん、体調はどう?」
「今日はとっても元気だよ!」
私が看護師としてこの病院で働くことになり、初めて担当した患者がこの少女だ。抗がん剤の副作用により吐き気や嘔吐などの症状が出てしまい辛く苦しい時もあるが、今日は心做しかとても嬉しそうだ。
「ほら、これお母さんが買ってくれたんだ!」
ましろは、両手で長方形の何かを得意げに見せてきた。
「これは…手帳かな?」
彼女の言う通り、可愛らしいピンク色を基調とし、デフォルメされた動物が描かれてある手帳だ。
「うん。かわいいでしょ!」
私が褒めると、とても嬉しそうに微笑んだ。
「良かったね。何か書くの?」
「もう決めてるんだ!それはね…
“たいいんしたらやりたいことリスト”だよ!」
「…いいね。きっと叶うよ。」
彼女はもう少ししたら退院できる。私もそう信じていた。
「そうだよね!なに書こうかな…」
ましろは早速手帳を開いて、何かを一生懸命書き込み始めた。
***
「あ…おねえちゃん…来てくれ…たんだ。」
連絡を受けてましろの病室に到着した時には、ベッドから自力で起き上がれず、しゃべるのがやっとのようだった。
抗がん剤の副作用で髪の毛が抜けてしまい、ピンク色のニット帽を被っていた。
「…ましろちゃんの頼みだからね。どこにいても飛んでくるよ。」
泣きそうになるのを必死にこらえて、笑顔を作って答えた。
「えへへ…大好きなおねえちゃんに、わたしたいものがあるんだ…そのたなの…一ばん上の引き出しに…」
ましろはそう言うと、震える指でベッド脇の備え付けの棚を指差した。
「分かった。…これはっ…!」
その引き出しを開けるとそこには、彼女が愛用していたあの手帳が入っていた。
「おねえちゃんに持っててほしいんだ…」
「…私が…?」
角などがボロボロになるまで書き込み、持ち歩いていた大切なものを家族ではない、赤の他人が受け取って良い物なのか。
「ましろがどうしても貴方に持っていて欲しいと聞かなくて…」
困った子ね。とましろの母親は優しくわが子の頭を撫でた。
「のぞみおねえちゃんと…一緒にいれた時間が…私には一ばんながくて…たのしかったから…」
「っ…!」
まひろちゃんは、初めて担当した患者で、右左も分からず、失敗したり、迷惑かけたりしていた。それでも、まひろちゃんに話しかけたり、お姉ちゃんと呼んでもらえるほど心開いてくれた…しまいには、大切な手帳まで預けてくれるなんて…。
「わたしのこと…わすれないでねっ…!」
その言葉が止めとなり、その手帳を抱きしめながら、抑えていた涙が溢れ、止まらなくなってしまった。
忘れないよ、絶対に。
***
「……。」
看護師の記憶から離れ、隣を見ると、雪色の髪に隠され顔はよく見えないが俯いているシロが目に映った。
「シロ…?泣いているのか…?」
またやってしまったかと、心配して声をかけたが、
「あ、ごめんね…ちょっと…疲れちゃった。…先に戻ってもいいかな…?」
取り繕ってはいるものの、明らかに動揺した様子だった。
「そうか…無理をさせてすまない…私も直ぐに戻ろう。」
シロを気にかけたいのは山々だが、私はこの後“彼岸の送迎人”としての仕事がまだ残っている。
「へーき、へーき、まだ仕事は終わってないでしょ…?」
そう言い残すと、シロは逃げるように蘇芳へと帰っていった。
「……。」
ヒガンは酷く嫌な胸騒ぎを感じた。
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