五
「……。」
「あのーヒガンさん…?」
先程から、不機嫌なオーラを醸し出しつつ押し黙っているヒガンに耐えかねて、私は声をかけた。
「以後、私の事は、呼び捨てにしてくれて構わない。敬語も不要だ。」
「えっと…ヒガン…でいい?」
急にどうしたのだろうと一瞬考えたが、嫌ではなかったので彼の提案を受け入れた。
「っ…ああ!」
そう確認を取ると、先程までの険しい表情から打って変わって満足そうに微笑んだ。出会った時は、近寄りがたい雰囲気だなと感じていたが、案外愛嬌があるようだ。
「それでヒガン、彼は?」
突然現れたと思ったら、颯爽と帰ってしまったから。分かったことと言えば、遊という名前と、ヒガンとの仲がよろしくないことぐらいだ。
「…ユウは…我々、“彼岸の送迎人”の宿敵と言っても過言ではない。と言うのも、彼は、記憶を喰らう“
「記憶を喰らう…。」
非現実的な単語に思わず、私の口から零れた。
「そうだ。我々が仕事をするのに必要なのは、記憶だ。あの少年の時にも記憶を見ただろ?」
記憶がなければ未練も何も思い出せないままだ。だからこそ、“彼岸の送迎人”は“懐喰”を敵視しているのかと納得がいった。
「なるぼど…。じゃあ、私は…!」
とある不安がよぎってしまったのだ。
私の記憶は“懐喰”によって食べられたのではないか、と。
「…おそらくだが、ユウがやった訳ではないと思う。あいつは裏でこそこそやる事を嫌っている。先ほどのも、私が介入してもいいように互いの気配が感じ取れる範囲にいた。懐喰は一切思い出せないように、完全に記憶を消し去る事ができる。シロ、其方は何も思い出せてないのか?」
それなら遊の言動にも合点がいく。ヒガンが素早く駆けつけたのも、遊の残した言葉も。
「…確か、あの子の記憶を見た後、何か思い出したような…白くて…寂しかった。」
それはおそらく、あの少年の記憶ではなく、私の記憶だ。
「おそらく、其方は生前、酷いストレスやトラウマで一時的な記憶喪失になっているだけだと思われる。私の勝手な憶測だから、確証はないが。」
「…そうなのかも。」
そうだとすると、私はその記憶を思い出していいのか不安になってきた。
「取り敢えず、ユウの言葉には耳を貸すな。」
ヒガンの普段より冷ややかな声音に、茜色の瞳には怒りの炎が見えたような気がした。
「うん…。」
と、返事したのはいいものの、私の心はどこか遠くにあった。
***
それから数日経ったが、一向に私の記憶は戻ることはなかった。
「さてシロ、今日も渡ろうか、此岸へ。」
「うん。」
また、私たちは“時渡りの門”の前で、お互いの手を取って、門を潜った。
「ここは…病院?」
今回は前に来た、住宅街ではあるものの、広々とした敷地に巨大な乳白色の直方体に近い建物が鎮座している。
「珍しくもないな。彼岸…というか、蘇芳に最も近い場所と言っても過言ではない。」
高さとかではなく、病院そのものが。
「
「そうだ。どうしてもこのような場所は迷人が多い傾向にある。致し方ない事ではあるが。」
「そうだね…」
圧倒的な死亡場所である病院は、
そんな事を話しながら歩いていると、エントランスへと辿り着いた。
「少し病室を回ってみよう。」
***
なせか覚えているような気がする。
病院と言えばの清潔感のある純白を基調とした内装を見た瞬間、一瞬何かが見えた気がした。膨大な量の映像が頭の中をすり抜けたような。
「シロ、居たぞ。あそこだ。」
ヒガンが示した先にいたのは、一人の女性看護師だった。
年齢は三十代ほど、肩よりも長い髪を後ろで綺麗にまとめている穏やかそうな人だった。
「うっ…。」
その人を見た途端、ズキズキと頭が痛み出し、呻き声を上げてしまった。
「シロ、どうした…?」
額を抑えて下を向く私に、ヒガンは心配そうに見つめた。
「う、うん。大丈夫だよ、ヒガン。少し頭痛がしただけだから…」
ヒガンに心配をかけたくなかった。だから、誤魔化してしまった。
「あの、大丈夫ですか?あっ…つい癖が…誰にも見えていないと言うのに。」
「大丈夫です。ありがとうございます。」
私を見兼ねて声をかけてくれた彼女が今日の迷人のようだ。
「私が…私が見えるのですか…?」
私が反応すると、彼女は驚いたが、それよりも、やっと見つけてもらえたという喜びで感極まって声が震えていた。
「ああ、私は“彼岸の送迎人”と言って、其方ら迷人の
「初めまして、シロと言います。」
ヒガンに紹介された私は、名を名乗り、一礼をした。
「私は望。ここ、天川大学付属病院で看護師をしていました。そこで…貴方、シロさんと言ったかしら。私が担当した女の子に少し似ている気がするわ…あの子が今も生きていたらこんな感じかしら。」
急に私の方を向いたかと思うと、知り合いに似ていると言われ、なぜか心臓の鼓動が早まったように感じた。
「その子が其方の
「どうなのかしらね…。似たような患者の担当になった事はあったのに…あの子は、私が初めて担当した子だからかしら…。」
そう言うと懐かしそうに、空の方向に目を向けた。
「取り敢えず、其方の記憶を見せてもらおう。そうすればおのずと見えてくるはずだ。」
「ええ、お願いします。」
彼女はヒガンの提案を受け入れ、私たちは彼女の記憶に触れた。
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