後編 こうしてひとつの国が滅んだ

 俺たち一行は一か月ほどかけてオージン公国へと移動し、冒険者として活動を始めた。元々王国でもそれなりのランクの冒険者だったのでオージン公国での冒険者登録はスムーズに済んだ。

 俺達の他にもサイゴノ砦からオージン公国に来ていた同僚達も結構いて、皆一様に考えていたのは、あのボンボン達では砦を守れないので王国から離れた方が良いと考えての事だった。聞いた話によると一旦王国に戻った者達も大半は家族や親しいものを連れて王国を離れることを勧めるために王国に戻っていたとの事だった。


 実際に戦場、最前線でサイゴノ砦を攻める軍団と戦って生き延びたものだからこそ分かる。あの砦を攻めていたのは間違いなく魔王軍でも相当に強力な一団で、完成された砦での防衛戦だということと砦の傭兵達が強かったことで薄氷の上を渡るような綱渡りを繰り返して死守していたことを理解している。


――――だからあの砦は遠からず落ちるし、王国は滅びる。


 実戦経験のないお飾り騎士にあの砦を任せるという判断をしてしまった事と、それを止める事が出来なかった時点で王国は詰みなのだ。


 それからの俺達は無理のない範囲で依頼を受けて冒険者稼業をして過ごした。元々十分すぎる貯金があるので、腕がなまらない程度に本当に無理をしない程度にだけれど。


「やぁ、ユーグ隊長、それにシェリー。貴方達もこの国に来たんですか」


「今はもう砦の小隊長ではないので隊長は不要だ。そちらも変わりないようだな、マット」


「お久しぶりです、マットさん。我々亡霊掃討隊もこの国のお世話になる事にしました。宜しくお願いいたします」


 ・・・というように砦の防衛隊時代の同僚達が他にも流れて来ていた。砦では司令直轄の特務部隊だった精鋭の亡霊掃討隊までここに流れてきてるのか、王国には本当に誰も残らなかったんだなぁ。

 後から来た同僚たちの話だと、王国の絶対防衛線、阻止限界点だったサイゴノ砦は今は騎士学校上がりのボンボンが箔付けに赴任するお飾りの砦として運用されているようだった。それを説明する時の奥歯にものの詰まった様な物言いは、言葉にせずとも“あれはもう駄目だと思う”というあきらめと確信なのが感じる。話を聞いているだけで俺もそう思うから。


 そして程なくして、号外の新聞がバラまかれた。そこには案の定サイゴノ砦が魔族に奇襲されたと書いてあった。思ったより遅かったのは油断を待っていたのか、軍全体の立て直しを図っていたのかはわからないけれど、今の王国でサイゴノ砦を守る事は無理だろう。

 そレから数日後の新聞の記事では、“ハゲールフリート”と名乗った魔王残党軍はサイゴノ砦を陥落させて砦にいた貴族のボンボン達も皆殺しにされたようだ。

 ハゲールフリートは俺たちと何度も死闘を繰り広げた『サイゴノの悪夢』の異名を持つ猛将を筆頭に、隻腕の魔獣使いとそれに従う巨大な赤蟹、さらに別方面で海上の戦線から合流した海兵隊を率いる女将軍等もいてもしも俺達がいても防衛が大変であろう猛将が揃っていた。・・・残念でもなければ当然の結果だな・・・。

 ちなみに砦にいた貴族のボンボンは首を切断されて砦の壁面にさらし首として吊るされているようで、挑発と示威を兼ねてだろうけれど成人してるとはいえ子供を吊るし生首にされたボンボンの親達は顔真っ赤で戦準備してるだろうなぁ。


 そして王国軍は慌てて砦を奪い返しに軍を編成したが、守りに入ったサイゴノ砦は堅牢で、何より魔王軍との戦いで有能な将兵を失い再建途中の王国軍ではサイゴノ砦を奪還することなど不可能だった。結果として甚大な被害を出すだけで何の成果も得られなかった王国軍は、あろうことか各国に去った元サイゴノ砦の傭兵を再度呼び戻す書簡を飛ばしていた。


『サイゴノ砦に努めていた元傭兵達に告ぐ、直ちに王国に戻り、命を賭してサイゴノ砦を奪還するように。これはセコケチール王国国王の王命である』


 そんな上から目線の書簡が(一応)冒険者ギルドに張り出されていたけれど、オージン公国のギルドスタッフや冒険者含めて皆の笑いものにされていた。


「はぁ~っ?今更戻るわけねーだろバカかよあの国王」


「そうだ、つーか俺達別にあの国に仕えてるわけじゃねーしな」


「そうそう、捨て銭渡して追い出しておいて今更やっぱり戻れとか図々しすぎるんだよ、というか何で上から目線なんだよこの文書。バカがよ!」


 この国に流れてきている元砦の傭兵達の反応も、呆れる、怒る、馬鹿にするのどれかで全く相手にしていない。

 そう、俺達は別にセコケチール王国に仕えているわけでもなければ雇用関係にあるわけでもない。今の俺達はオージン公国に所属する冒険者なので、何の縁も義理もないのだ。


「―――エーゴゥ国やタティン国等、他の国に流れた元サイゴノ砦の傭兵達の反応も、同じようですよ」


「わっと、びっくりしました。レーチェル秘書官!貴女もここに来ていたのですね」


 いつのまにか近くに来ていたのはレーチェル秘書官。更迭されてしまった砦の先代司令官の秘書官を務めていた人で、眼鏡のよく似合う有能な美女だ。


「えぇ、マット隊長がこの国に来ていると聞いたので・・・♪今はギルドで受付をしています」


 そう言いながらつつつ・・・と寄ってくるレーチェルさん。スタイルが抜群に言い美人なのでこの人にぴっとりくっつかれると緊張してしまう。


「それと、勇者ロイ・レアムはセコケチール国王に報酬を蔑ろにされて王国を去った後にここからほど近いエーゴゥ共和国に拠点を移し、今はレッグス共和国王の庇護を受けてパーティーの女の子達と元気に暮らしているようですよ。セコケチール王国には二度と関わらないと激怒しているとか」


 大功ある勇者ロイが元気に過ごしているというのは良いニュースだし王国と絶縁しているってのも良いニュースかな。勇者ロイは魔王軍が送り込んできた12騎の精鋭竜騎兵を3分もたたずに全滅させるような猛者だしエーゴゥ共和国は世界で一番安全だと思う。王国の白い流星は共和国の白い流星になったんだねー。


「ちょっとレーチェルさん、隊長にべたべたくっつかないでください!」


 そう言って俺とレーチェルの間に割って入ってきたのはノエルだった。引きはがされたレーチェルと、引きはがしたノエルが無言でにらみ合っている。おお、こわいこわい。


「お嬢さんたち!朴念仁の隊長より、俺の方がお買い得だぜ?」


 剣呑な雰囲気の美少女&美女に、ヘラヘラ笑いながらアニッシュが茶々を入れる。ノエルとレーチェルはじーっとアニッシュを見た後、声をそろえて答えた。


「「やっぱりセール品よりブランド物よねー」」


 女性陣の容赦ない言葉にアニッシュはがっくりと項垂れた。でもよくやったアニッシュ、お前の犠牲のお陰で場がリセットされたぞ!後で一杯奢ってやろう。


「・・・ふむ。書簡の無礼さはさておいても、今サイゴノ砦に戻ってもみすみす死にに行くようなものですからね。一度俺達をお払い箱にしたあの国のために命をかけたいかと言われたらお断りですよ」


 賑やかなやり取りの間もじっと張り出された書簡を見ていたラリーが俺の心を見事に代弁してくれた。


「つまりセコケチール王国は、上層部の無能さによって滅ぶってわけですか。罪のない王国民は気の毒なんで、早いところ見切りをつけて王国から逃げ出してほしいッスけどね」


 そんなため息交じりのアニッシュの言葉には、俺も全面的に同意なので頷きながら答える。


「そうだな、王国の住人達には出来る限り生き延びて欲しいな。あの国の上層部や貴族の連中はどうなってもいいけれどな!!!」


「「「「それな!!!」」」」


 ラリー、アニッシュ、ノエル、レーチェルの声が見事にハモったので思わず笑ってしまった。


 ――――それから数日後、王都が陥落し王族たちは散々に嬲られ拷問された挙句公開処刑されているとか。そんな、王国がハゲールフリートに占領されたことを告げる号外が街に飛び交っていた。あっさり落ちたなー。


 俺達だけでなく勇者もまた、王国を見限ったのか助けに行かなかったようだ。今勇者が何を考えてどんな気持ちで王国の末路を眺めているのかはわからないけれど溜飲さげてるといいね。

 ちなみにオージン公国はサイゴノ砦が襲撃された時点で既に防衛を固めるように動いており、各地の砦に守備兵を駐屯させるだけでなく国境付近の警邏や巡回を密にして、万全の構えを取っている。防衛用巨大ゴーレムや、都市一つの魔力を集めて撃つ超巨大魔力砲台ゲルドルバも用意していて守りは完璧だ。そもそもこの国は重要拠点を無能な貴族のボンボンに任せるようなことはしていなかったけれどね。


 もしこの国が侵攻されたとしても恐らく元サイゴノ砦組の猛者たちも防衛線に加わるのと、エーゴゥとも同盟関係にあるのも心強い。慢心はいけないけれど充分に守り切れると思う、多分勇者ロイも救援だしたら来てくれるだろうし。

 今の王国の末路は、用済みになったら理不尽に捨てるなんてことをした王国の上層部の自業自得だ。だから敢えて言おう・・・ざまぁであると!

 そう心の中で呟いて、元王国の惨状を書いた号外をポケットにしまいながら、俺はパーティーの仲間達が待つ飲み屋に向かって歩くのだった。


今夜の酒は、きっと美味いな!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る