第10話 共鳴

扉に刻まれた《共鳴》という文字を、ミレアはじっと見つめていた。


 そこには静けさがあった。ただの沈黙ではない。空気の振動が、どこか遠くで別の誰かと呼応しているような、そんな——妙に落ち着かない静寂だった。


 ミレアが扉に触れると、軽やかな音とともに扉は自動的に開いた。淡い光が差し込み、彼女の身体を柔らかく包む。


 中は、まるで水の中のようだった。


 空気が重たく、しっとりと肌にまとわりつく。けれど湿ってはいない。逆に、どこかあたたかく、眠気を誘うような感覚がミレアのまぶたを撫でた。


 天井はなく、空は薄い青に滲んでいた。床の素材は分からない。ただ、踏みしめるたびに足元から“何か”が反応して、柔らかな振動が足裏を駆け抜ける。


 「……誰か、いるの?」


 声に出した瞬間、それに呼応するように、反対側の空間が震えた。


 水面に映ったように、もう一人の影が現れる。


 それは、自分だった。


 いや、正確には“自分と似た、他人”だった。


 向かい側に立っていたのは、ミレアによく似た少女。けれど、その髪はやや長く、瞳の色も淡い藍色。表情は柔らかく、静かにこちらを見つめている。


「……あなたは?」


 ミレアが尋ねると、少女は口を動かした。


「わたしは——あなたじゃない。でも、あなたに触れたいと思ってる」


 声は、直接頭の中に響いてきた。音ではない。感覚だった。


 その瞬間、ミレアの心が軽く震える。


 他人の中に、何か“自分に似た”何かを見出す感覚。恐怖ではない。むしろ、懐かしさに近い。


「共鳴って……こういうこと?」


 ミレアが一歩踏み出すと、向こうの少女も同じように一歩前に出た。


 距離が縮まる。

 そのたびに、空気がふるえる。

 感情が、うっすらと混ざっていく。


 まるで、温かい湯に静かに手を沈めていくように。


 ミレアの視界がふと滲んだ。

 そこに現れたのは、少女の“記憶”だった。


 ——寒い雨の日、ひとりで傘を差していたこと。

 ——誰かの声に怯えて、声を出せなかった時間。

 ——けれど、それでも誰かとつながりたいと願った夜。


「……あなたも、わたしと同じなの?」


 ミレアが問いかけると、少女は小さくうなずいた。


「だから、触れてみたいと思ったの」


 二人の手が、そっと伸びる。


 ゆっくりと、慎重に、ためらいがちに。


 そして——指先が、触れた。


 その瞬間。


 空間が震えた。


 鼓膜ではなく、身体の内側が震えるような、共振。

 体温、呼吸、脈拍……すべてが同期する。


 彼女の想いが、感情が、ミレアの内側へ流れ込んできた。


 ——好きって、言えなかった。

 ——怖くて、嫌われるのが怖くて。

 ——でも、本当は、もっと……ずっとそばにいたかった。


 その感情が、洪水のように流れ込んでくる。


 ミレアの目から、ぽたりと涙がこぼれた。


「……わたしも……怖かった」


 絞り出すように声を出す。


「でも、あなたと……触れ合えた気がする。たとえ、それが一時でも」


 少女は、そっとミレアを抱きしめた。


 肌の温度が、静かに重なる。


 心臓の鼓動が、重なる。


 ——共鳴。


 それは、感じることの“肯定”だった。


 やがて、少女はふっと身体を離し、優しく微笑んだ。


「あなたなら、次へ行ける。……もっと深く、感じて」


 その声とともに、少女の身体が光に包まれて消えていく。


 ミレアの前に、新たな扉が現れた。


 その扉には、深紅の文字でこう書かれていた。


《疼き》


 ——感じることが、止まらない。

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