私を、もう一度恋人に逢わせて下さい……!-②

「アレは早急に手を打たないとヤバいかも」


 知里を帰宅させた後、彼女の右肩にのしかかった〈瘴気〉のことを晴華に聞くと、そんな回答が返ってきた。


「アレは正確にはまだ〈瘴気〉じゃないんよ。なんてーか、〈瘴気〉と〈正気〉の中間? に近くて、堕ちかけてるって言うんかな、霊ちゃんサイドがギリ平静を保ってるカンジ。だからまだあのコに害は及ぼさないと思うケド、直にもう〈悪霊〉に堕ちるよ」


「〈除霊〉はできないのか?」

 晴華が難しい顔をする。

「場所が悪いね。右肩ってのが厄介過ぎてムリ」


 スピリチュアルな世界では、左肩には悪い霊が、右肩には良い霊が憑くものと言われている。それは陰陽道的にも正しく、右肩に憑く霊は〈守護霊〉であり、〈守護霊〉は、憑依者を他の〈悪霊〉から護る役割を担ってくれる。


 どんな人間にも〈守護霊〉は存在し、この〈守護霊〉が護ってくれるが故に普通の人が日常生活で〈霊障〉を負うことは無い。逆に言えば、〈守護霊〉のいない人間は〈悪霊〉によって重篤な〈霊障〉を受けやすい。


 そしてその〈守護霊〉がいるはずの右肩に〈瘴気〉が視える、ということは――。


「あのコは、〈守護霊〉が〈悪霊〉に堕ちかかってるんよね。だから仮に〈除霊〉したとしても、護ってくれる〈守護霊〉がいないから霊的には丸裸同然っしょ。そんなん〈悪霊〉から見れば憑りついて下さいって言ってるようなもんよね」


 それが今回の事態の厄介さだ。


 〈守護霊〉が〈悪霊〉に堕ちかけている。ただの〈悪霊〉であれば〈除霊〉すれば終わりだが、〈守護霊〉が相手だと〈除霊〉してしまえば他の〈悪霊〉の格好の的となってしまう。


 俺は思いついた二つの方法を提示してみる。


「〈除霊〉した後、他の霊に守護してもらうのは?」

 一つ目の手段を口にするが、晴華はうーんと唸る。


「霊が〈守護霊〉に成るには条件がいくつかあるんだけど、まずは何より霊と本人の相性なんよね。そこら辺の霊捕まえてきて、〈守護霊〉やってって言っても普通は霊が拒んじゃう」


「なら〈守護霊〉の〈浄化〉は?」


 〈悪霊〉に堕ちかかっている、つまりまだ堕ちてはない霊ならば、悪い部分だけを取り除き〈正気〉を取り戻させる〈浄化〉を行える可能性がある。


 しかし晴華はこれにも首を振らなかった。


「〈浄化〉ってのはそうそうできるもんじゃないの。霊が堕ちるってのは、フツーそれなりの期間、未練や恨みを募らせた結果起こるんよ。だから〈浄化〉にもそれなりの時間をかけてじっくり未練や恨みを晴らしていかないと結局また堕ちることになる。しかも今回は〈守護霊〉。どんな未練や恨みがあるか判ったもんじゃないっしょ」

 つまり、俺がすぐさま思いつくような方法では解決には至れないわけか。


「まぁ〈霊障〉が悪い方にばかり作用するとは限らんし、放っておいていいんじゃね?」

「おい」

「ジョーダン。そんなスゴまないでも」

 軽い調子で言い放ってくる晴華を睨みつけた。


 けれど確かに晴華の言う通り、〈霊障〉は一概に悪い作用ばかりを起こすものではない。


 そもそも〈霊障〉とは魂の歩合だ。


 魂は本来、〈彼岸〉――あの世――のものであり、〈此岸〉――この世――に肉体という器があるからこそ人間は〈此岸〉に存在できる。肉体が死亡すると魂は自然と元の住処である〈彼岸〉に渡る。


 本来〈彼岸〉の存在である霊が何らかの理由で〈此岸〉に留まり、それらが人間の魂に干渉することで魂の割合が少しずつ〈彼岸〉に渡っていく。これが〈霊障〉と呼ばれるものである。


 〈霊障〉を受けた人間は霊に過敏となる。そして〈霊障〉の度合いによって受ける効果は変化していく。


 最も軽度なものはいわゆる〈霊感〉として作用し、幽霊や〈守護霊〉、オーラといったスピリチュアルな存在を感じ取れるようになる。


 更に〈霊障〉が大きいと霊的存在を視る事ができる、〈見鬼〉と呼ばれる存在になる。


 ここまでは特異体質で済まされる範囲の、障りとも言えない軽度なものだ。晴華の言う悪い方向に作用するばかりではない、とはすなわちこのことだ。


 しかし同時に〈霊感〉や〈見鬼〉は、霊を呼び寄せやすい体質にもなる。自衛手段がなければ新たな〈霊障〉を受けてしまう事にも繋がる。


 そして〈霊障〉が大きくなればなるほど、魂をその根源たる〈彼岸〉に送ることとなり、魂が〈彼岸〉に近付く程に〈此岸〉との結びが弱くなる。老衰していくお年寄りを想像すれば分かりやすいか。そして〈此岸〉との結びが完全に解けて魂が〈彼岸〉に渡った時、人は死ぬのだ。


 つまり重篤な〈霊障〉を受けてしまえば、最悪死に至る。知里の右肩にのしかかる〈瘴気〉は、まだ直接彼女を攻撃していない様子だが、このことを考えるとやはり放ってはおくわけにはいかない。


「なんとかならないのか?」

 晴華はもう一度「うーん」と唸る。


「無くは無いケド……オススメはできない、かな。それよりも、あのコに〈霊感〉や〈見鬼〉が発現してもいいように、霊から身を護る手段を教えた方が手っ取り早いし。それなら〈守護霊〉を〈除霊〉しても、新しい〈守護霊〉が憑くまでの繋ぎにもなる」


 イッセキニチョーと晴華がブイサインを掲げる。だが、俺は首を縦に振れなかった。


「俺やお前ならそれでいいかもしれんが、普通の人は霊なんかみたら卒倒するぞ」

 俺のように、産まれつき〈見鬼〉はまだいい。晴華も安倍晴明の生まれ変わりとして、そういう存在には慣れているだろう。


 でも、後天的に〈見鬼〉となった一般人は苦痛を覚えるだろう。自分にしか見えない存在に四六時中視界をうろつかれては、精神衛生上よろしくない。


「無くは無いと言ったな。その方法を試すしかないだろ」

「そりゃそうなんだけど……」


 首を縦に振らない晴華だったが、やがて一つ溜め息を吐いた。


「まぁ、実践するのはセンパイだし? ウチが止めてもってカンジかな」

 そう言って、晴華は俺に具体案を示した。


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