私を、もう一度恋人に逢わせて下さい……!-①

「あ、センパイおか~……誰ですかその女?」


 生徒会室に到着一番、待ってましたと言わんばかりにあいさつしてきた晴華が、俺の後ろをもじもじと付いてきた丸眼鏡の女子生徒を見て警戒心を露わにした……おい、宙にセーマンを描くなセーマンを。


「依頼主だ。名前は……」

 なんだっけ? と振り向くと、丸眼鏡の女子生徒は「すみません!」と頭を下げる。


「二年G組の古部知里ふるべちさとと申します! すみません、あいさつが遅くなってしまって……」

 おどおどと謝る姿に毒気を抜かれたのか、晴華が警戒を一段階解く。


「んで? センパイはこういう小動物女子が好みなん?」

「そういうんじゃねぇよ。言ったろ。依頼主だ」

「依頼?」


 晴華が怪訝な表情を浮かべる。

「センパイがお悩み相談とかやってたんって、去年までの話よね? なんでまた今更……」


 そう言いながら知里をまじまじと見―その右肩に視線が留まり、何かを察した様子を見せた。


「……ふーん。まぁ座ったら?」


 最初に見せた警戒心とはまた別種の警戒を表しながら知里をソファーへと促す。

 流石は安倍晴明の生まれ変わり。話の飲み込みが早くて助かる。


 いや、もしかしたら晴華には俺以上に何かが見えているのかもしれない。


 俺の後ろに隠れておずおず俺を見上げる知里を、俺からも座るように促す。

 恐る恐ると言ったようすで、知里は晴華の対面のソファーに座り、俺もその横に座ったが、

「センパイはこっち」

 もの凄い剣幕で睨まれ、自らの横に座るようにソファーの横を叩く。


 俺は恐る恐る立ち上がり、ゆっくり晴華の横に座った。


 分からん……。

 俺が頭を捻っていると、知里がおずおずと口を開いた。


「すみません。副会長さん、そちらの人は……?」

「あぁ。現会長様だ」

「えっそうだったんですか!」

 目を丸くして驚き、また「すみません」と謝った。


「そーゆーこと。だからセンパイはウチのモンだから、ね?」


 晴華はたわわな胸を張りながら妙な宣言をする。最後の「ね?」が嫌な圧を感じさせた。

「は、はぃい……」

 知里はまるで鬼に出くわしたように青ざめて小さくなってしまう。


 話が進みそうにないので、本題を切り出す。

「……それで、俺に相談って」

「その前にセンパイ?」

 俺の出鼻を挫いて、晴華は「ん」と手を差し出してきた。

 ああ、そう言えばまだ持ちっぱなしだったなと、タピオカミルクティーとストローを差し出した。


「さんきゅっ」

 晴華は嬉々として受け取り、ストローを差して飲み始めた。


「それで知里さん、話ってのは?」

「えと、その―」

「ちょ、センパイ! コレ氷ほとんど溶けちゃってるじゃん!」

 もう一度本題に入ろうとした矢先、味うっす! と晴華が苦言を呈してくる。

「そりゃ十五分も経てば氷は溶けるだろ……」

 涼しさを見せ始める晩夏の頃と言っても、日差しはまだまだ暑い。


「あーこんなことなら水咒符持たせとけば良かった……」

 晴華はぶつぶつと文句を言うが、一切合切無視する。


「悪いな。続けてくれて構わない」

「あ、はい、すみません……」

 知里はおずおずと話し始める。



 ――私には一歳年上の恋人がいるんです。別の学校の人なんですけど、え? 出逢いですか? それはちょっと……恥ずかしくて……すみません。出逢ったのは一年くらい前なんですけれど―あ、その前にこの話をしないといけませんね。……実は私、始業式の直前に入院をしてしまいまして、夏休み明けに復学したんですけれど―はい、なので会長さんが今は副会長さん、という話を知らなかったんです。それで、入院してから、その人と連絡が取れなくなってしまって……連絡しても既読はつかないし、それでどうしたんだろう? って思ってたら、いてもたってもいられなくなって……!



「愛想尽かされたんじゃないの?」

 晴華がスマートフォンを弄りながらにべもなく言う。


「そんなことありません‼」


 知里は声を張り上げて否定する。一瞬、しん……と辺りが静まり、次いではっとしたようすで「すみません……」と恥じながら謝った。


 居心地の悪い沈黙が室内を満たす。


 どう助け船を出そうか迷っていると、ぽつりと知里が呟くように続けた。


「すみません……でも彼に限ってそんなことはないです。確かに、私が入院してから一度もお見舞いには来てくれませんでしたし、連絡しても既読も付きませんでしたが……けれど! けれど、彼は私を捨てるような真似は……絶対に……っ!」

 そこまで言って堪え切れなくなったのか、知里は両手で顔を覆ってしまう。


 すすり泣く声が、しんしんと響く。


「……世の中〝ゼッタイ〟なんてナイっしょ」


 晴華が吐き捨てる。


「おい」


「この世に変化しないもんなんてないの。ショギョームジョーってやつ? 常に移り変わり、やがて消えてくもんよ。特にオトコとオンナってのは―」

「晴華!」

 追い打ちをかける晴華に、怒気を乗せて放つ。


 言葉は最も単純にして難解なしゅだ。誰でも扱えるが、誰も正しく扱えない。時として人を立ち上がらせる力にも、時として人を縛る枷にもなる。人を変えるのはいつだって誰かのことばだ。


 晴華はまだ何か言いたげだったが、つまらなさそうにまたスマートフォンを弄りだした。


 再三の沈黙。しかし今度は誰も話そうとはしない。


 窓から差し込む西日が痛い。空調の効いた室内にいるのにも関わらず、照り込む日差しがじりじりと肌を焼く。そんな中でも外からは運動部の威勢の良い掛け声が聞こえてくる。


 時折耳に届く野球部の打球音が五回目に達した時、知里が伏せていた顔をゆっくりと持ち上げた。


「大丈夫か?」

「はい……すみません。お騒がせ致しました」

 赤くなった目尻を擦りながらも、知里は本題を切り出す。


「――それで、会長……いえ、副会長さんにお願いです……! 私を、もう一度恋人に逢わせて下さい……!」


 切実さのひしひしと感じられるその願いに俺は迷う。


 知里の願いを叶えるのは恐らくだろう。けれどその結果を果たして彼女が受け入れられるかどうか。


 俺の『お悩み相談』の範疇を越えているとうそぶいて断るのも可能だ。これくらいのことで警察は動いてはくれないから一縷の望みとして俺に頼ってきているのだろうが、断られたからといって食い下がりはしないだろう。


だがそれも気になる点が残る。


 知里の右肩にのしかかる黒い靄。紛れもない〈瘴気〉であるそれを放置してしまえば、最悪、それにより霊的な障害―〈霊障〉を残す結果ともなり得る。


 そして〈霊障〉を受けることの辛さは、誰よりも分かってるつもりだった。


 だから迷いはしたが、結論は決まっていた。


「わかった。君と恋人を逢せよう」


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