アルティメット転生不具合~魂と肉体が上手く同期しなくて、スキルが全く使えません~

飯塚摩耶

-前章-オレ死んじゃった! そして復活へ

「あっ、やっべ」


 顔を合わせた時、女神様はギョッと目を剥いて、そんなことを言った。

 薄布を何重にも重ねたようなヒラッヒラのドレスを着て、宝石を散りばめた頭飾りを着けている。腋が開いているのは、いい趣味だと思った。


「はい? あの……なにが?」

「……間違えちゃいました」

「は?」

「あなたじゃなかったです」

「は??」

「久々に、やっちゃったぁ……」


 ここに至るまでのことを、思い出してみる。


 俺は、ごくごく普通の営業サラリーマンだ。今日も夜の8時ごろまで仕事をして、夜マックで腹を満たし、ぼちぼち電車に乗って帰るところだったのだ。

 ところが駅のホームまでの階段に足を乗せたところで、急に胸がキュウッと苦しくなった。

 洒落ではない。

 あっと思う間に俺は倒れており、半分ふさがった視界に地面を間近に眺めていた。


(待って、心臓が動いてねぇ。これ、ちょっとマズいかも)


 そんなことを、漠然と考えた。俺は、いやに冷静だった。

 時間帯のおかげもあって人通りは多かったはずなのだが、みんな足を止めたり、助け起こしてくれたりはしない。チラっとでも見てくれれば、まだ良い方で、誰も彼も厄介ごとに巻き込まれまいと、努めて無視してホームへ向かっていった。


 みんな、仕事帰りだもんな。疲れてるよね、わかるよ。

 内心そう呟いたのが、最後の記憶。


「申し訳ありません。あなたは死にました」

「なんで!?」

「ですから、間違えちゃって。眼か、もしくは手が滑っちゃったのかなぁ」

「かなぁって……軽いな!? なんなの!」

「私はエヴァー・ガードナー。生と死を司る女神です」

「あ、これは、どうもご丁寧に……私は、こういう者で」

「どうもどうも。えーと……伊藤弘樹いとうひろきさん」


 ついクセで、名刺を渡してしまった。

 ていうか、別に名前を訊いたわけじゃないんですけども。


「……もしかして、あんたのせいなの。あの心臓発作」

「平たくいえば、そうですね」

「軽ぅ!? え、俺、今どうなってんの!?」

魂魄こんぱくのうち、こんの部分が、肉体から遊離した状態です」

「平たく!」

「幽体離脱、的な?」

「的な……は、はあ……そうすか。だったら早く帰してください」

「いえ、それが」


 指さされた方へ顔を向ける。

 集った親戚一同の前で、今まさに、俺の体が入った棺桶が、炎に包まれようとしていた。


「今から戻すことは一応、可能ですけど」

「瞬間バーベキューでしょうがぁ!?」


 結局、俺は自分の体が燃え尽きるのを、為すすべなく、空から見守っていた。


「ご愁傷様です」

「……あんたのせいなんだよな?」

「まぁ、でも、初めてではありませんから」

「あんたの都合を聞いてんじゃないんだよ!」


 そういや言ってたな、久々にやっちゃったとか。

 たまに間違えて殺してんのかい……ダメだろ。


「失礼ですね。私が毎日、どれだけの生と死に対応していると思っているんですか? 世界中の案件を、私ひとりで負っているんですよ。それを思えば、失敗なんて、ほとんど無視できるレベルです。0.001%未満ですよ」


 胸を張られてしまった。

 たしかに、数字から判断すると優秀なのかもしれない。

 ……でもハズレくじを引いた当人に言うことじゃないよね?


「だから、すみませんって言ってるじゃないですか。お詫びに、お好きな条件で生まれ変わらせてあげますから」

「なにその、作り直すからいいでしょ、みたいの」


 飲食業かよ。

 てか、できるんだ、そんなこと。


「できますよ。だって私、生と死を司る女神ですもん」


 だから胸を張るな。デカいんだよ、無駄に。

 揉むぞ。


 ……そんな度胸ないけど。


「それって元いた世界限定で?」

「あれっ、食いつきが早いですね。けっこう皆さん、このあたりで激怒されたり、泣かれたりするんですけど」

「わかってやってんのかい」


 ……まぁ、別に、なぁ。

 俺の人生なんて、もう、ほとんど仕事するか寝るかみたいなもんだったし。

 実家との関わりも薄く、友人もいなくて……趣味と言えるほどのこともなくて。

 家ではボーっとSNSを眺めるのがせいぜいで……こんな生活が、あと四十年近く続くのかって、うんざりしてたとこもあった。

 死ぬのは苦しいだろうと思ってたし、死後どうなるかも不透明なのが怖くて、なんとなしに生きてはいたけれども……。


 うん。

 いざ死んでみれば別段、惜しい人生でもない。


「どっかで間違えたのかなって思ってたし。やり直せるなら……それはそれでいいかもだなぁ」

「おっポジティブですね! そうそう、終わったことは気にしない! ここは宝くじに当たったと思って、夢を膨らませてください! いよっ、選ばれし者!」

「あっはっは、殴っていい?」

「さて、さっそく転生の準備をしましょう。私も暇じゃないですから!」


 こいつマジ美人じゃなかったらボコボコよ、いまごろ。

 俺が睨んでいるのに気付いているのかいないのか、女神様は中空に巻物を出し、ちょちょいと指を走らせた。


「それで、どうします? 元いた世界にしておきますか? 国とか、親の世帯収入とか、性別とか、いろいろ選べますよ。タイミングによっては、推しのアイドルの子供として出生できたりとかも可能です」

「……いや推しとかいねぇし。元いた世界は、やめときたいかなぁ。就活とか、もう絶対ェしたくねー」

「オッケーです。じゃあ異世界ですね。最近だと剣と魔法の世界が人気ですかねー」


 人気とか、あるんだ。


「剣と魔法? そこに生まれたら、俺、魔法とか使えるってこと?」

「ですね。もしも記憶を引き継ぐなら、難しいですけど。その場合は、魔法に関するスキルをつけておけば、解決ですかね」

「どういうこと?」

「んー、魂魄こんぱくの話になるんですけど」


 女神様は、説明を始めた。

 魂魄ってのは、要は情報のことで、それが精神のものと肉体のものに分かれているらしい。


 前者がこん。後者がはく


 魂は俺が人間として積み上げてきた思い出、つまり〝記憶〟のこと。


 魄は、肉体に染みついた〝経験〟のことだ。例えばスポーツに精通していたなら、それに適した体の動かし方とかを憶えていて、意識せずに実践できるだろう。


「ここにあるのは魂だけですから魄の方は転生先で一から構築し直していくことになります。ただ、これも難しくて、前世の記憶を保持していると、どうしても前世の常識に寄っちゃうんですよ。その結果、魔法とか、その世界ならではのルールに適応しづらくなってしまいます。そのギャップを埋めるため予め転生先の肉体にスキル情報を入れておくのが、おススメです」


 人工的な魄を使って、本能を追加しとくって感じか。

 そうすれば何も学ばなくとも、例えば魔法が使えるようになる。

 魚が生まれながらに、泳ぎ方を知っているみたいに。


「生まれとか環境は、どう選べばいい?」

「あー、異世界の場合は、それは選べないですね。スキルが、けっこう強力なので。実力主義で出世しやすい風土でもありますし、あんまり問題にならないっていうか。もちろん最低限、劣悪な環境にならないようには、配慮します」

「ガチャになるのかー」

「別に、指定しても構いませんけど……」

 と、女神様は苦笑した。「その場合スキルは選べませんよ。ふたつにひとつです」


 さて、どうするかな。


「……なんか、パリスの審判みたいだ」


 ギリシャ神話の、小話である。

 神々の結婚式に招かれなかった、諍いと不和の女神エリス。彼女は怒って、宴会の席に黄金のリンゴを投げ入れるのだ――「最も美しい女神へ」と書き添えて。

 「これは私のだ」と争ったのは、三柱の女神。

 神々の女王、ヘラ。戦いの女神、アテナ。美の女神、アフロディーテ。

 これを見かねた主神ゼウスは、トロイア国の第二王子パリスに、審判を委ねるのである。

 女神たちはそれぞれ、自分を選んだ暁には、見返りを約束した。


 ヘラは「広大な土地と財産、権力」を。

 アテナは「戦場での栄光と名声」を。

 アフロディーテは「この世で最も美しい女」を。


 パリスはアフロディーテの提示した条件に惹かれ、彼女を選ぶ。そして、スパルタの王妃であり、絶世の美女であったヘレネと恋に落ちるのだ……。

 もちろん、これにはオチもあり、パリスはヘレネを手に入れるものの、それがトロイア戦争の引き金となる。10年に及ぶ戦いの末、彼の故郷は滅びてしまうのだ。


「美人の嫁、とかってアリ? オーダーとしては」

「え? どうですかね……あ、だったら魅了スキルがオススメかも! どんな美人もメロメロにできますから、より取り見取りです!」

「い、いや、言ってみただけ」


 これは無いな。

 そもそも何の理由もなく自分に恋して寄って来る女とか、冷静に考えて怖いし。

 となると武勇か、権力だな。

 まぁ、この場合は、スキルか、生まれか、ってことになるわけだけども。

 ちなみに子供の頃は、「なぜパリスは武勇を選ばなかったのか」って不思議だった。栄光さえ手にしていれば、彼を好いてくれる美人だっていたはずなのに、と。


「でもなぁ、うーん……」


 しかし武勇ってことは戦うってことだろ? 

 危険な目に遭って、もしかしたら痛い思いだってするかもじゃん?

 俺もうアラサーだし、今さら出世欲とかもなかったわけで……

 そういうマッチョに頑張る系のことって恥ずかしいっていうか……ちょっとなー。


「うーん、でもスキルによってはチートで楽とかできんのかな……」

「できます、できます。なんならオススメのスキル構成、こっちで用意しちゃいましょうか? 最近、姫騎士に転生した方のチョイスがバランスいいなーって思ってて」

「最近⁉ 久々って話は⁉ 立て続けに失敗してんじゃねぇか、あんた!!」

「いちいち揚げ足、取らないでもらえます? 人はねぇ、失敗を重ねて成長していくんですよ」

「短期間で同じ失敗してるんでしょ? それって成長してるって言うかね?」

「ちくちく言葉だぁーなんっかモチベーション下がっちゃったなー……いいのかなー私にそんな口きいて? うまく転生できるかどうかは私にかかってますけどー?」


 うっっっっぜ!!!!!


「わかった、わかった、いいよもう。任せるから、平和に生きてけるように、上手いことやってくれ」

「むぅ……なんですか、その態度? もっと誠実にお願いしてほしいな」

「うっせぇな! だいたい全部あんたのせいだろうが! いいからさっさと転生させてくれ、あんたの相手はウンザリだよ!!」


 あからさまにむくれて、作業に取り掛かったらしい女神様。

 やれやれ……。


 間もなく俺の全身を、

 いや、意識を、真っ白な光が包み込む。


 苛立ちと、安堵とを覚えながら、正直、俺は少しだけワクワクしていた。

 ずいぶん久しぶりに。


 新しい人生は、きっと……

 少なくとも、これまでよりは、楽しいものになることだろう。

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