第4話 『召』

 狭霧先生は、一瞬だけ私たちのほうを見て(気のせいかも)、話を再開する。


「我々人間だけでは、力が足りない。何か、人間を超越した存在を、味方につけるべきだ。そう考えた私たちの祖先は、当時、友好的であった一部のスペクトル──いわば妖怪に、協力を頼みに行きました。マガイモノが食らう感情は、人間のものだけではないので、スペクトルは人間の祓う力を、人間は彼らの能力の一部を分けてもらうという、相互関係を築いたのです」


 『祓い屋』と『スペクトル』を線でつなぎ、『契約』と書いて丸で囲う。


 そして、そこからさらに矢印を引いて、『マガイモノ』に対し、『対抗』の文字を追加した。


 祓い屋としての必須条件は二つで、一つ目は、神札を自在に扱えること。


 二つ目は、スペクトルとの契約。


 これまた葵も紅も、早めに相棒が見つかったのに、私はまだ。


 こんなんで祓い屋の学校に通ってるとか……。


 私が、祓い屋の血を引いてるからなんだけど、普通の学校に通ったほうが楽しい気がする。


 誰が好きで、明らかに向いてないことの勉強なんてするんだか。


 先生は生徒に見えるように、左手の甲に指をそえる。


「召」


 シュッと、マッチに火をつけたときみたいな音がして、彼女の左手から、白い煙が流れ出す。


 煙は私たちの列の前で、丸くなったと思うと、まるで空気にとけるみたいに、晴れていった。


「わあっ! すごい……!」


 姿を現したのは、馬くらいの大きさの、個性豊かな体を持つスペクトルだ。


 サルの顔にタヌキの胴体、トラの四肢にヘビの尾……!


 『ヌエ』だ!


 契約してるスペクトルにも、彼らの生活があるから、四六時中行動を共にできるわけじゃない。


 けど、人間側が必要としたとき、そのスペクトルがオッケーすれば、こんなふうに呼び寄せることが、できるんだって。


 煙に包まれて登場するんだ!


 すごいよ、カッコいい!


 内心、大興奮の私に、凪忌が苦笑いする。


「スペクトルと契約している人が多いと思いますので、私の子を見ると分かるでしょう。大きさ、見た目、性格。スペクトルも、我々と同じように自我を持って生きているので、彼らを尊重し、対等に接すること。そして、それぞれの能力に合った、共存の仕方を見つけること。祓い屋としての素質の一つです」


 一区切りついた狭霧先生に、ヌエがのそのそ近づいていく。


 ここ、三階だけど大丈夫なのかな……?


 その大きさだと、重さもけっこうあると思うんだけど。


 そこはちゃんと、祓い屋の学校なだけあるのか、床はきしみすらしてない。


「ヒュー」

「ヌーちゃん、ごめんなさい。わざわざ緊急でもないのに、呼び出してしまって……。いいんですか? ヌーちゃんは優しいですねぇ!」


 頭をこすりつけて甘えるヌエに、こすりつけ返す教師。


 何を見せられてるんだ……。


「祓い屋の結婚率は、けっこう低いらしいですよ」

「えっなんで?」

「スペクトルとの結婚は、法で認められていないからです。仕事の特性上、苦楽を共にしますし、恋をしてしまうことも、少なくないのだとか」

「へえー! そうなんだ!」


 まあ、あのゾッコン具合を見れば、そういうこともあるかって、納得できるよ。


 好きに、種族も見た目も関係ないっていうのは、まさにこのことだよね。


 どう反応していいのか分からない、ビミョーな空気に気づいた先生が、こほんっとセキ払いをする。


「……とまあ以上が、祓い屋としての基本です。ではあらためて、本日の内容に入ります」


 狭霧先生が体を離すと、ヌエは名残惜しそうに、喉を鳴らす。


 邪魔にならないように、扉のほうへ歩いていき、丸くなって寝そべった。


 こう見ると、本とかで読んだ、獰猛さは感じられないなあ。


 ひなたぼっこするネコみたいで、ちょっとかわいいかも。


「契約とヒートについて、ですね」


 先生は神札を外し、黒板の文字を消す。


「契約というのは、先ほどお話ししたように、人間とスペクトルの、マガイモノに対する対抗手段です。しかし、実際には、互いの力を分け合うといっても、微々たるものでしかないため、それぞれが役割を分担して、マガイモノを祓います」


 たしかに、人間だけ、スペクトルだけで、マガイモノを祓うなんて、聞いたことがない。


 時間稼ぎくらいはできるって、そんな感じだったと思う。


「ヒートについて、説明できる人はいますか?」

「はい」

「千里さん」


 名指しを受けて、千里さんが立ち上がる。


「人間と契約状態にあるスペクトルが、暴走することです。その原因として、お互いの力の相性の悪さ、そもそもの、力の性質の違いによって起こる、拒絶反応などが挙げられます」

「ありがとうございます。大方そのとおりです」


 千里さんが座ると、先生は説明を引きついだ。


「ヒートは、千里さんが説明してくれたように、種族が違う故の、拒絶によって引き起こされる、暴走状態のことです。アレルギーの発作のようなものだと、思って大丈夫です。しかしヒートは、スペクトルだけでなく……」


 狭霧先生の声が、一枚の壁をはさんだみたいに、小さく遠のく。


 最近、ふっと思うことがあるんだ。


 私は月詠の子どもだから、祓い屋の学校に通ってる。


 でも、私自身に、祓い屋としての力も、適正もない。


 言っちゃえば、向いてないんだよ。


 これからどうがんばったって、私が祓い屋になれることは、ないのに。


 どうして私は、こんなところにいるんだろうって。


 きっとこの感情こそが、正解なんだ。


 ムリして、向いてない場所にとどまる必要なんて、ないに決まってる。


 キーンコーンカーンコーン……。


「終わります」

「起立!」


 えっ? もう終わり!?


 頬づえをついて、ぼーっとしていた私は、慌てて立ち上がって、頭を下げる。


「翠さん、大丈夫ですか? 途中からあまり、身が入ってなかったようですが……」

「大丈夫だよ。今日はすごいものが見れたし」

「だいぶ最初じゃないですか」


 私が先生の呼び寄せをマネすると、凪忌は、あきれたように眉を下げた。


「……あんな変哲のないものの、どこがいいのやら……」

「え? なんて?」

「っ! いえっ……! なんでもありません」


 そんなに焦らなくても……。


 本当に、聞こえなかっただけなのにな。


 まあ、凪忌がいいって言うならいいか。


 私はひじをつかんで、ぐっと伸びをし、次の授業の準備をする。


 そういえば、荒木くん戻ってこなかったな、なんて、考えながら。

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